4.春到来ですか?
「――で、見事に負けて帰ってきたわけだ。アルくん」
「はい。完膚なきまでに叩きのめされて参りました」
「なにを清々しく言ってるの? 馬鹿なんだね?」
三度、謁見の間。
やはりそこにはアルフレッドと国王だけ。
二人は向かい合い、静かな空間で淡々と言葉を交わしていた。
「え、なに? そんなに強かったの。『農民』だって言ってなかった?」
「いいえ。彼はただの農民ではありませんでした。私の剣技はまるで通用せず、かすりもせず、しかし反対に相手は的確に攻撃をしてくるのです」
「えー、キミの実力は人類随一のはずなんだけど。それでも、そこまでボコボコに――って、あれれー? おっかしいぞぉ~?」
「いかがなさいましたか? 国王様」
その最中に、突然に国王が大きく首を傾げる。
アルフレッドはどうしたのかと、何故かぶりっ子している相手を見た。
「ボコボコにされたのに、どうして傷一つないのかなぁ~? もしかして、アルくん戦ってきたって嘘ついてるんじゃないのかなぁ?」
そして、国の長はそう言う。
たしかに彼の言葉の通りであった。帰ってきたアルフレッドには傷一つなく、むしろ出ていった時よりも元気に、活力に満ちた表情だったのだ。
憂いなどとは程遠く、そこには反対に――。
「アルフレッド様!」
――その時だった。
アルフレッドの後方、すなわち出入口からそんな声が聞こえたのは。
それは彼のよく知る人物のそれだった。その声の主の名前は、クリスティーナ。この国の第一王女であり、アルフレッドの幼馴染である。
長いブロンドの髪に、瑠璃色の瞳。
端正な顔立ちをしており、また気品も感じられた。
「魔王に敗北したとお聞きしました! その、お怪我などは……!?」
そんな彼女は動きにくそうなドレスであるにも関わらず、素早く、一直線に勇者のもとへと駆け寄る。そして立ち尽くす彼に後ろから抱き付いた。
「わたくし、心配で心配で……!」
王女は涙する。
そこに邪な気持ちなどない。心から、勇者の身を案じていた。
それこそが、この二人の関係性。互いが互いを尊重し、心配し、そして喜びを分かち合ってきた。だからこそ今回も、クリスティーナはアルフレッドを――。
「あぁ、アルフレッド。わたくしに、その顔を――」
「あー、いえ。そういうの結構ですので」
「――見せ……へ?」
慰めようとした。しかし何故か、彼はそれを拒んだ。
クリスティーナは唖然として、幼馴染の顔を見上げるのだった。するとそこにあったのはまるで、ただ目上の人物として彼女を見る目。
少なくとも、幼馴染みたる王女に向ける目ではなかった。
「え、アルフレッド……?」
「申し訳ございません。王女――私はもう一度、魔王城に赴かねばなりません」
そして、そんなことを言って出ていってしまった。
国王とその娘を、その場に残して。
「……どゆこと?」
静まり返った謁見の間で、国王はポツリとそう漏らした。
◆◇◆
――それは、数日前。魔王城でのこと。
「これで懲りたか? 懲りたら、二度と作物を荒らすんじゃないぞ?」
「………………はい。申し訳ございませんでした」
リクとアルフレッドの戦いは、一方的なままで終わった。
力量差は一目瞭然であり、勇者の心は早々に折れてしまったのである。とはいっても、身体中に痣が出来ており、顔も腫れてしまっていた。
うな垂れたアルフレッドは、大きくため息をつく。
「これでは、勇者失格だ……」
完全に意気消沈していた。
これでは、国に帰っても呆れられるだけだ、と。
まるで役に立たない勇者だと、国民に馬鹿にされるのが目に見えている。成功だらけであった彼の人生において、この挫折はとても大きな意味をもっていた。
したがって、彼に立ち直る力はすでになく――。
「なにをされているのですか!? リクさん!!」
「あぁ、サタンナ。ちょっとした喧嘩だよ」
「えぇ、喧嘩!?」
その時だ。鈴の音のような、少女の声が聞こえてきたのは。
アルフレッドは、そのボロボロな面を上げる。するとそこにいたのは、
「……………………あぁ」
天使がいた。
勇者は、思わずこう口にする。
「可憐だ……」――と。
そんな相手は、彼と目が合うとすぐに駆け寄ってきて。
「大丈夫ですか? これ、薬草を煎じたお茶なんですけど、飲みますか……?」
そう訊いてきた。
アルフレッドは断る暇もなくそれを受け取る。
「あの、貴女の名前は……?」
「私はサタンナです。そんなことよりも、いま治癒魔法をかけますね……!」
「あ……あぁ。ありがとうございます」
そして、されるがままに処置を受けるのだった。
勇者はこの時に、自分の中で大きな心変わりがあったことに気付かない。無自覚なそれは、今後大きな波をもたらすであろうことを、知りもしなかった……。
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