3.勇者(噛ませ)は、村人に喧嘩を売る。
「――で、お茶を飲んで帰ってきたの?」
「はい。大変に美味でした」
「…………」
「…………」
場所は再び、謁見の間。
今回は兵士は控えておらず、いるのはアルフレッドと国王だけ。
玉座に腰かける国王は真顔で勇者に訊ね、勇者はそれに真剣な面持ちで応じた。
「え、ちょっと待って? ……ごめんね、もう一度確認するね?」
「はい。いかがいたしましたか、国王様」
「え、なに? アルくん馬鹿なの?」
「? 馬鹿、とは?」
「やめてー? そんなきょとんとした顔して、首を傾げるのやめてー?」
間の抜けた会話が繰り広げられる。
「いや、さ。キミは魔王を倒しに旅に出たはずじゃん? それが、敵さんからお茶をいただいて帰ってきた。こっちの気持ち分かる? ねぇ、いまどんな気持ち?」
「そうですね――数日前までは疲弊し切っていたのが嘘のように、今では活力に満ちています。また膝の古傷も完治しており、感謝すらしています」
「えー……? 感謝って言った? いまこの子、敵に感謝って言っちゃった?」
思わずのけぞる国王。
しかし、その理由が分からないといった風なアルフレッド。
「それ、どうなの。勇者として」
「ですが国王――魔王城にいたのは、ただの農民でした。邪な気などまったく感じられず、さすがの私もそのような者を斬るなどできません」
「んー、とね? たしかにそうなのかもだけど、キミが倒さないとなのよ? これってほら、神様からの信託だからさ。こっちとしても、殺ってもらわないとさ。国王としての私の立場とかもね、色々と……ね?」
「なるほど、たしかに……」
そこまで言われて、ようやく思案顔になる勇者であった。
国王はホッと胸を撫で下ろし、さらに一気呵成にと、アルフレッドに告げる。
「ほら、さ。アルくんが魔王討伐した暁には、次期国王の座も用意されてるわけだし。クリスティーナもきっと喜んでくれること、間違いなしだよ!」
「……! クリスティーナ様!」
その名前を聞いて、アルフレッドは声を上げた。
まるで少年のように瞳を輝かせて、恋し人のことを想うのである。
「では、改めて告げよう。アルフレッド――魔王リクを討ち果たすのだ!」
「はっ! 必ずや!!」
そしてもう一度、気持ちを新たに旅立つのであった。
◆◇◆
――魔王城。
中庭には見事な畑が作られており、リクとサタンナはその一角でしゃがんで土をいじっていた。青年は何度も頷き、少女はそんな彼を見て笑顔を浮かべる。
「芽が出てきたね。成長が早いのは、サタンナの調合した肥料が良いからなのかな――これなら、収穫が楽しみだね!」
「私はリクさんの仰る通りに作っただけで、一番すごいのは貴方だと思います。毎日欠かさずに水やりなどの世話をしていたのですから」
「そんなことないよ。田舎だと当たり前だし」
「ふふふ、その当たり前が凄いのです!」
サタンナに賞賛され、リクは少し恥ずかしそうに頬を掻いた。
村にいた頃は当たり前にやっていたことで、ここまで褒められるのは初めて。だから青年は不思議な気持ちになって、少女の綺麗な笑顔を見つめ返すのだ。
もっとも、その光景などは――魔王城にあるまじきものであったが。
「それじゃ、私はお茶を入れてきますね!」
「うん。ありがとう、サタンナ」
「ふふ、いえいえ!」
ホンワカとした空気の中。
サタンナは調理場に向かって駆けていった。
一人残されたリクは、芽生えたばかりのジャガを見つめて微笑む。
「魔王! 今日こそはお前を、討つ!」
「…………ん?」
そんな時だった。
青年に向かって聞き覚えのある声が投げかけられたのは。
見れば、中庭の入口に立っていたのは先日やってきた剣士だった。彼は鋭い視線をリクへ向け、剣を構えている。雰囲気は前回とは打って変わって、攻撃的。
「あぁ、キミはこの間の!」
だけどもリクはそれに気付かずに、好意的な挨拶をするのだった。
それを受けた男性は表情を変えない。そのことでようやく、青年は異変に気付いた。しかし鍬を構えることはなく、相手のことを静観する。
「……魔王、リクよ。先日は世話になった――だが、今日は覚悟してもらおう!」
「………………」
そうしていると、男性はそう言って血気盛んに躍りかかってきた。
振り下ろされる剣筋は、まさしく閃光の如し。しかし、リクはそれをいとも容易く回避してみせた。そして苦笑いをしながら、こう提案する。
「あの、さ。ここは畑だから、別の場所で戦わない?」――と。
せっかくサタンナと耕した場所だ。
そこを荒らされたくはない。リクはそう思ったのだろう。
だがしかし、剣士は目を血走らせて――。
「このような畑、知ったことではない!」
「あ……っ!」
――芽生えたばかりのジャガを、踏み潰した。
そのことにリクは思わず声を上げる。呆然とし、男性を見た。
「どうだ、これで少しはやる気になったか……!」
「………………」
挑発を続ける男性剣士。
青年は答えずに、踏み躙られたジャガを見つめた。
そして、しばしの沈黙の後に鍬を構え、地を這うような声で言うのだ。
「作物を粗末にするな――殺すぞ」
その瞬間、彼のまとう空気が変わった。
リクの変化に素早く気付いた男性は、剣を構え直して息を呑んだ。そして、気持ちを落ち着けるようにして深呼吸をする。いまのリクは――。
「これが、新たなる魔王――!?」
――危険な存在だ、と。
脳がひたすらに警鐘を鳴らしていた……。
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