2.農民と勇者
――アルフレッド・ヴォーダイムは、まさに選ばれし勇者だった。
幼少期からその才能を認められ、剣術では世界中を席巻し、魔法においても専門家を唸らせていた。齢が二十を数えた時からは、騎士団に入り研鑚を積んだ。
そしてこの度、ついに女神様より『勇者』として天啓を受けたのである。人類の裏切り者である魔王――リクを打倒せ、と。
誰もが否定しなかった。
彼こそが『勇者』に相応しいと、異論を唱える者はいなかった。
「待っていてください、王女クリスティーナ様――必ず帰ってみせます!」
さらに彼には、将来を誓い合った女性がいた。
それはミルドガッドの王女であるクリスティーナだ。子供の頃より仲の良かった二人は、自然と恋仲になっていた。そのことは国王も承知である。
その上で国王はアルフレッドに試練を与えたのだった。
この国難を救った暁には、クリスティーナとの婚姻を認めよう、と。
「必ずや、私は魔王を倒す! そして――」
――この国を、いいや。世界を救ってみせるのだ。
彼は心の内でそう改めて決意をした。自身ならば必ずや、魔物に支配されしこの世界の窮地を救うことが出来ると。果てには国王となり、安寧の世へと導くことが出来るのだと。彼の過去に憂いはなく、現在にも迷いなく、そして未来には希望が満ちていた。
「ついに、たどり着いたぞ! 魔王の巣食う城よ!!」
やがて、数日の旅の果てにアルフレッドは到達する。
それは広大な森に囲まれていた。寂れた場所に存在し、迷い込んだ者を喰らうかのような錯覚をもたらした。その感覚は勇者の心にある闇がそう囁くためか――否。彼は、その悪しき心を振り払った。そして、剣を抜き放ち駆け出す。
「勝負だ! 魔王リク!!」
飛び出し、叫んだ。
木々の隙間を駆け抜けて、ついに目の当たりにすることになる。
人類の仇敵――新たなる魔王、リクの姿を。
それは、自分と違わぬ人間の姿形をしており、
「いざ、尋常に――」
「…………ん?」
「――へ?」
『農作業』に勤しみ、気持ち良さそうに額の汗を拭っているのだった……。
◆◇◆
「……いま、俺のこと呼んだ?」
「え、あ――はい」
リクが鍬を片手に土を耕していると、彼に声をかける者があった。
なにやら剣を携えて勝負だの、何だのと言っている物騒な男性である。見目麗しい剣士であるその者は、リクの問いかけに対して呆気に取られたような表情で応える。文字通り目を丸くして、少し遅れて肯定するのだった。
「ごめんな。いまちょっと忙しくてさ! 思ったより土の状態が悪いから、肥料の準備している間に、出来る限り耕してるんだよ」
「あ、そうなのか。それはすまない――ならば、しばし待つ」
「なんか急いでるみたいだったけど、ホントに悪い! もう一時間ほどしたら肥料の調合も終わると思うから! それが来たら、話を聞くよ」
「あぁ、いや。込み入っているのなら、日を改めるが……」
「いやいや、それは申し訳ないよ。見た感じ遠くから来てくれたみたいだし――あぁ、そうだ。サタンナが入れてくれたお茶があるんだけど、飲む?」
「いいのか? ここ数日、走ってばかりで喉が渇いていたのだ」
「うん。遠慮しないで、そっちの岩にでも腰かけて待ってて」
「ありがとう。感謝する」
「いえいえ」
男性はリクに導かれるまま、手近な岩に腰かけて茶を啜った。
その茶には毒などは含まれておらず、むしろ活力を回復させるような、そんな効果が付与されている。数日の旅で疲れた足腰が軽くなるのを、男性は感じている様子だった。リクはそれを確認してから、改めて作業を開始する。
「ところで、ここは魔王城だと聞いたのだが……」
「ん――そうだけど、どうかした?」
しかし、僅かな沈黙も耐えられなかったらしい。
鎧をまとった男性は休息も程ほどに、リクへとそんな疑問を投げかけた。それに対して、今度は手を止めずに答えるリク。
「いや。そんな場所で、いったい何を育てているのかと、な」
「あぁ、ジャガの実だよ。これはどんな気候でも育ってくれるからね。村を出る時に、せっかくだからって村長が持たせてくれたんだ」
「ふむ……。善き人なのだな」
「あぁ、そうだよ!」
ザック、ザック……。
彼らの会話の隙間を、土を掘る音が埋めていた。
「しかし、手間がかかるのだな。魔法を使えば容易いものを……」
「それだと、一つ一つの味が落ちるからね! やっぱり自家栽培をするんだったら、まずは自分の手でやるところから始めないと……!」
「なるほど。たしかに地方の特産品は、どれも美味だな」
「あ、やっぱり分かる? 美味いよなぁ」
「そうだな。それでは――茶もなくなったし、そろそろお暇するとしよう」
男性はおもむろに立ち上がると、そう言って一つ頭を下げた。
「たいへん美味しい茶だった。作った者に感謝を伝えてくれ」
「帰るのか~……残念だな。でも、ありがとうな!」
「いいや。こちらこそ、だ」
そして『それでは、また』と言って、男性は去っていった。
その後ろ姿を見て、ようやくリクはこう口にする。
「ん……? ところで、結局なんだったんだ?」――と。
首を傾げるが、答えは出なかった。
しばしの間を置いてから、まぁいいかと、そう言って作業を再開する。
「リクさん! 肥料の調合、終わりました!」
「お、待ってたよ。サタンナ!」
と、その時。
ちょうど良いタイミングでサタンナが姿を現した。
リクはその手に抱えている袋を見て、歓喜の声を上げる。
こうして、まるで何事もなかったかのように一日は過ぎていった……。
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