1.家族、そして勇者(噛ませ)の登場。
「さーて! それじゃ、本格的に活動を開始しますか!」
「ほ、ホントに良いんですか!? そんなことしたら、リクさんも危ない――」
「でも、あのままだったらサタンナが危険だったでしょ? 俺は世界中で魔物が大量発生している原因を排除できればいいし、サタンナは身を守れる! これって――アレだ。一石二鳥、ってやつでしょ?」
「いえ、あの……それにしては、リクさんのリスクが大きすぎるという話なのですけど。これって、簡単に言えば世界に対して喧嘩を売ったのと同じですよ?」
魔王城の中庭で、大きく伸びをしているリク。
暢気な彼とは対照的に、サタンナはどこか緊張したような、しかしそれでいて呆れているような。とにもかくにも、得も言われぬ不思議な表情になっていた。
「世界に喧嘩を売る? ……それって、どういうこと?」
青年はそんな少女の顔を覗き見て、首を傾げる。
きょとんとした顔を向けられた方は大きくため息をつき、説明した。
「状況はいたってシンプルです。リクさんは曲がりなりにも魔王と呼ばれている私から、世界支配の権利を譲り受けたのです。これはまず、人間側からしたら魔族の味方についた、と考えられても仕方ありませんよね?」
「ふむふむ。なるほど……」
「続けてもう一方の勢力――つまりは、魔族陣営です。魔神たちを頂点とする彼らにとっても、私たちは敵対する存在に他なりません」
「そうだね。ザークみたいに、いつ襲いかかってきてもおかしくないね」
「ということは――」
――どういうことか、分かりますよね?
サタンナはリクを上目遣いに見上げながら、そう念を押すように言った。
それに青年は一つ、大きく頷く。さすがにそこまで説明されれば、世間知らずな彼にも状況は理解できた。自分たちが四面楚歌だ、ということを……。
「ん、でもさ。少し気になることがあるんだけど……」
「どうされたんですか?」
だがそこで、何か引っかかったらしい。
「女神様たちは、どうして人間のことを助けてくれなかったの?」
「それは……」
そして、少女にそう訊ねた。
なぜ魔神の対極――すなわち女神と呼ばれる者たちは、人々を救わなかったのか。その単純な問いかけは、そこまでスラスラと話していたサタンナを口ごもらせた。彼女はしばしの間を置いてから、首を左右に振る。
「――分かりません。ここ数年は、何故か女神たちも沈黙を続けています」
「ふーん、そうなのか。田舎には、情報入ってこないからなぁ……」
やや沈んだ声色のサタンナに対して、どこかあっけらかんとした雰囲気で言うリク。彼はまたも大きく空を仰いで、深呼吸をした。
「まぁ、とりあえず! サタンナのことは、俺が守るから安心して!」
「えっ……!?」
そのまま続けて、ニッと笑ってそう言う。
あまりに不意打ちだったためだろうか、少女は円らな目を見開く。頬には朱が差して、どこか瞳も潤んでいるように感じられた。
「だって、俺たちはもう『家族』みたいなもの、だろ? 守って当然だよ!」
「え、あの……『家族』、ですか?」
「あぁ、そうさ!」
屈託のない笑顔で、魔族の少女にそう告げる青年。
あまりにも明るいそれに、サタンナは自然と目を細めてしまった。
「『家族』……」
そして、噛みしめるかのようにその言葉を繰り返す。
少女にはおおよそ、家族と呼べる存在はいなかったのだ。この城にも、彼女以外に住んでいる者はいない。たまの訪問客も、自分を監視にきたザークのような魔族の幹部たちだけ。リクのように自身を暖かく迎えてくれる存在は初めてだった。
「さぁ、そうとなれば――やることは決まってるね!」
「……? やること、ですか?」
さて。そんな温もりを感じていると、だった。
リクは腕を組んで、何度も頷きながらこう宣言する。
「まずは、この中庭に――」
そして、それはサタンナの言葉を奪うには十分ぶっ飛んだ内容だった。
◆◇◆
それから数日後。王都――ミルドガッド。
「良いか、アルフレッドよ。ついに女神様より信託が下った。これよりお前は勇者として、かの魔王城に赴き人類に反逆せし者共を殲滅するのだ」
「はっ――国王様! このアルフレッド、心得ております!」
王城の豪華な謁見の間。
そこで、人類待望の勇者が誕生しようとしていた。
場には多くの兵士と、一番奥に髭をたくわえた国王らしき人物。しかし最も注目すべきは、それらの視線を一身に集めている一人の青年だろう。
アルフレッドと呼ばれた彼は、金色の髪に白銀の鎧を身にまとっていた。
端正な顔立ちに、蒼き瞳が輝いている。スラリとした体躯をしており、見た者すべてが納得するであろう――勇者の中の勇者が、そこにいた。
「では、行くがよい! かの人類の仇敵――」
そんな彼に、国王は大きな声でこう告げる。
「新たなる魔王リクを打倒せよ」――と。
次回の更新は、明日の昼ごろです!
よろしくお願い致します!!
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