3.動く、動く――。
タグにシリアス、追加しようかな……。
ミルドガッド、夜の歓楽街。
その一角にある酒場――とりわけ高級で、女性が接客する――にて、一人の男が豪遊をしていた。着ている衣服こそ、そこまで派手ではない。しかし注文する食事や酒の種類、その他にも諸々の経費が馬鹿にならない額になっていた。
「うい~、ひっく……! なぁ、ナタリーちゃん? 俺様と、今晩どう?」
「もぅ、アガドルさん? このお店は、そういうの禁止ですよ? ふふっ」
露出の多いドレスを身にまとった女性店員は、男性――アガドルに微笑みかける。それは、やんわりとした拒否を示しているのだが、彼は完全に酔っていた。
そのサインに気付かずに、さらにナタリーという女性に身を寄せる。
いやらしい手つきで彼女の太ももをさすった。
「ひひひっ、良いじゃねぇか。俺様が指名するようになって、懐の方はそのデッカイ胸みたいに潤ってんだろ? 少しぐらい、恩返ししても――」
「だ~め、駄目ですよ? 今度、とっても美味しいお酒、用意しますから」
「……へっ、そうかい。まぁ、良いさ! おい、ワインが切れてんぞ!!」
アガドルは、仕方なしと手を引いて怒りを厨房へ向ける。
店中に響き渡るような怒声は、他の客を凍りつかせるには十分だった。
だがしかし、それを咎める者はいない。この店において、アガドルに意見できるものはいないのだ。店員も客も、誰もが押し黙るしかなかった。
それでも、ただ一人だけ。
たった一人だけ、そんな彼を諌める者があった。
「あら。アガドル神官長補佐――本日はずいぶん、溺れておられるのですね?」
それは、一人の女性だった。
知る者は知っている。その名は――ヴァネッサ。
世界各地の教会を束ねるミルドガッド本部の、麗しき神官長だった。
「あぁ、これはこれは神官長殿。貴女も今日は、飲みにきたんですかな?」
「いえいえ。私はお酒を飲めませんので、別件です」
「へへ、神官長みたいな良い女が酒を飲めねぇとは勿体ない。あわよくば溺れさせて、お持ち帰りさせていただきたいところだが……」
「ふふふっ、相変わらずお世辞とご冗談が上手なようで」
「いや、これは本音ですぜ? 上手くいけば、しっぽりと……へへっ」
そんなヴァネッサを目の前にして、アガドルは酔っていることもあってか饒舌になる。トロンとした目を、上司に当たる女性のしなやかな肢体へ向けた。
しかし相手はこれといって気にした様子もなく、話を続ける。
「今日は少しだけ、お願いがありまして。よろしいでしょうか?」
そして、有無を言わせぬ語調で述べてアガドルの隣に腰かけた。
その言葉の強さから、ただごとではない、と察したのだろう。アガドルは少しだけ水を喉に流し込み、神官長へと向き直った。そして、ニタリと笑う。
「また――『汚れ仕事』ですかい?」
「ふふ、察しが良くて助かります」
彼の言葉に、ヴァネッサは口元を隠しながら笑った。
「少々、困ったことになりましてね? 早急に排除してもらいたい者がいるのです。今回は生け捕りなどという、生ぬるい案件ではありませんよ」
「ほほぅ、そりゃ面白い……」
続けて出てきた言葉。
それを耳にしたアガドルは、目を細めた。
「『あの子』は、いまどこに?」
「あいつなら巡礼に出てますわ。じきに戻ると思いますが、なにか?」
「いえ。最悪の場合、彼の中に封印してあるものを解き放ってもらおうかと」
――が、その言葉に彼は眉をひそめる。
「アレを、ですか? ご冗談を……」
「冗談でこのようなことは、言いませんよ?」
酒を煽ることで誤魔化そうとしたが、ヴァネッサは逃がさなかった。
鋭い視線を送って、こう念を押すのである。
「まさか、今になって情が移ったなどと、のたまうワケではありませんよね?」
「けっ――見くびらねぇでくだせぇ。そんなの、とっくの昔に捨てましたわ」
「ふむ。ならば、いったい何をためらうのですか?」
「逆の理由ですよ。アレを解放したなら――」
しかし、視線を受け流してアガドルは嗤った。
「――この世界は丸ごと、俺様のものになる。そういう話でしたよねぇ?」
呪詛のような音を喉から漏らしつつ、彼――アガドル・リオンハートは言う。
それは、誰にも理解できない妄言だった。
「えぇ、構いませんよ? ふふふふふっ!」
そう――ヴァネッサを除いて、は。
◆◇◆
「お世話になりました! リクさん、サタンナさん!!」
「気をつけて帰るんだよ? いいね」
「お元気で!」
翌朝、魔王城にて。
一晩を一つ屋根の下で共にした三人は、別れの挨拶をしていた。
エミリオ・リオンハートは、お土産にとサタンナに押し付けられた野菜でバッグいっぱいにして、少しだけ苦笑いを浮かべている。
「昨晩のことは忘れません! きっと、恩返しに参ります!!」
少年はそう言って、深々とお辞儀をした。
その様子を見てリクとサタンナは、顔を見合わせて笑う。
「あぁ、それじゃ。いつでも来ていいからね」
「お待ちしています。エミリオさん!」
「はい、それでは!!」
彼らからの返事を受けて、満面の笑みを浮かべエミリオは踵を返した。
そして駆け出し、しかしすぐに立ち止まって振り返る。
二人に向かって最後に、もう一度だけ手を振った。
「ホントに、ありがとうございましたーっ!」
そう言って、また走り出す。
王都――ミルドガッドへ向かって。
しかし、この時の三人は思ってもみなかったのである。
この先に待ち受ける、過酷な運命の存在など……。
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