プロローグ 俺は村人なんですけど。
「お、おお、お前に世界の半分をやろうではないか!」
「え!? 俺はただの村人ですよ!?」
世界の北方に位置する魔王城。
そこでいま、一人の少女――魔王、サタンナ・エルヴンフィードは震えていた。桃色の髪をした小柄な彼女。漆黒のドレスに身を包み、頭に二本の角を生やした紅き瞳の女の子。そんなサタンナの前にいるのは、十代後半くらいの一見平凡な人間だった。
「む、村人……だと……?」
そんな彼が口にした言葉で、魔王は凍り付く。
「ば、馬鹿な! ただの村人がこのような――」
そして、大慌てで村人(仮)に手をかざした。
すると少女の頭の中に浮かんできたのは、概念的な、いくつかの文言。
それをサタンナはステータスと呼んでいる。彼女は手をかざした相手の身体能力や潜在魔力を測定することが出来るのだ。その結果というのが……。
「――馬鹿げた力を保持しているはずがないでしょーっ!?」
……そうなのである。
彼女の前に現われた青年は、桁違いの力を持っていた。何かの間違いかと思って、もう一度測定してみても出てきたのは同じもの。
具体的に、ランクで例えるなら。
筋力:EX
敏捷:EX
魔力:EX
等々……。
どの能力も、カンストしていた。
そのことに恐れおののき、とっさにサタンナの口から飛び出したのが冒頭の台詞。自身が保持している世界の半分を上げるから、どうか見逃してほしい。
そんな気持ちを込めて。威厳……? そんなの知りません、と。
だけども、村人(化物)はどうもピンときていないらしい。
首を傾げて魔王にこう言うのだった。
「あぁ、きっと農作業ばかりしてたから力がついたんですよ」――と。
人畜無害そうな笑顔を浮かべて。
そんな彼を見て、サタンナは叫ぶのだった。
「そんなわけないでしょおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
◆◇◆
青年――リクは、発狂する少女を目の当たりにして不思議そうな顔をしていた。
『どうにも北の方に、世界を支配している悪い魔族の王様がいるらしい』と、そんな噂を聞いて彼は鍬を片手に交渉しにやってきたのである。
そんな悪いことばかりしてたら駄目ですよ、と――たしなめるために。
「(ん~? でも、思ってたのと違うなぁ……)」
だがしかし、いざ到着してみるとそこにいたのは小さな女の子。
リクはどこか拍子抜けしてしまうのだった。てっきり、見るも恐ろしい屈強な化物が現れるものだと、そう思っていたのだから。
本来なら、彼女が本当に魔王なのかと、そう疑っても仕方ない。
「(あぁ、でもこれなら話し合いに応じてくれそうだな!)」
でも、リクは「まぁ、いいか」と流すほどに天然だった。
一つ大きく頷いてから、青年は涙目で頭を抱える少女に話しかけることにする。
「あの~……とりあえず、これ以上は悪さしないでもらえます? 魔物が作物を荒らしたりして、こっちは生活が困窮してるんですよ」
まるで、相談するかのように。
そうすると少女は肩をビクリと跳ね上がらせ、悲鳴を上げるように叫んだ。
「わ、私にそんな権限はないんですぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?」――と。
「ん……? それって、どういうこと?」
いよいよ泣き出した少女に、またもリクは大きく首を傾げるのだった。
……。
…………。
………………。
そして、サタンナが泣き止むまで小一時間ほどして。ようやく二人は自己紹介を済ませ、リクはサタンナから事情を聞くことができた。
ハンカチがぐしゃぐしゃになるほどに泣き腫らした少女。そんな彼女の語った内容を総括して、青年はこう口にする。
「えっと、つまり――サタンナはお飾りの魔王で、スケープゴートにされてただけ、ってことかな? 本当はただの弱小魔族で、いま世界中で魔物が悪さをしてるのも知らなかった、と」
「はい……そうなんです。私には何も権限はなくて、ただ世界を支配しているように見せていればそれでいいって、ただそれだけの存在だったんです……」
「ふむ。なるほど……」
リクはサタンナの返答に呟き、顎に手を当てて考え込んだ。
どうやらこの少女は現在、世界各地で魔物が発生している事件の数々とは無関係のようだった。そうなってくると、青年の思惑は外れたということになる。
「ぐすっ、すみません……」
「あぁ、いや。サタンナは悪くないんでしょ? 謝らなくていいよ」
そんな彼の心中を感じ取ったのか、少女は謝罪を口にした。
でも青年はそれに対して首を左右に振って、慰めるように頭を撫でる。柔らかな桃色の髪の感触に、思わずリクは目を細めるのだった。
「でも、少し困ったな。そうなると、どこに行けば……」
……この災害と云ってもいい状況を解決できるのか。
青年は頭を捻った。いま世界では魔物が溢れ返り、村や町が滅び、多くの人々が犠牲となっているのだ。それをどうにかしたい一心で、リクは村を飛び出した。魔王を説得ないし倒すことが出来れば、この世界を救うことが出来ると考えて。
「さすがにサタンナも、それは教えるわけにはいかない……よね?」
「うぅ、ごめんなさい……」
リクの言葉に、またも謝罪を口にするサタンナ。
これの意味するところはいったい何なのか。教えられないことへの肯定なのか、はたまた元々教えられてないことへの後ろめたさなのか。
だがそのどちらにせよ、これ以上は少女に話を聞くことは出来そうになかった。
「なら、旅をしながら情報を集めるとする、か……っと」
ならば仕方ない。
そう思ってリクは立ち上がって、大きく伸びをした。
そして、少しの間ではあったが時間を共にした少女へ別れを告げようと――。
「あぁん? サタンナァ、その人間はいったい何だァ!?」
「ん……?」
した、その時だった。
部屋の出入口の方から、下卑た声が聞こえたのは。
「ひっ……!」
サタンナが、それに反応して怯えた声を発する。
リクは少女の様子を確認してから、下品な声のした方へ目を向けた。
「まさか、俺らを裏切ったわけじゃねぇよなァ……?」
そこに立っていたのは、一体の魔族。
筋骨隆々な肉体を強靭そうな鱗で覆い、大剣を背負っている。蛇のような舌をだらしなく垂らし、血走ったような眼でこちらを見ていた。言葉を発するたびに鋭利な牙の隙間から炎を漏らしており、それはまるでこちらを威嚇しているようだ。
「ザーク……様っ!」
サタンナは、その魔族を見てそう名前を口にした。
「ザーク……? 強いの?」
「つ、強いなんてものじゃないですよ!! ――あの方は魔族四天王の一人で、その中でも最も力を持っているのです! まず戦ってはいけません!!」
リクのとぼけた声に、サタンナは困惑する。
そして、ザークの恐ろしさを力説した。先ほど計測したリクのステータスはきっと、何かの間違いだったのだ。この人をここから、逃がさなければならない。
そう、本気で考えていた。
「殺されてしまいます! ザーク様は、とても恐ろしい方なのです!!」
「んー、でも。逃げるとしてもなぁ……」
しかし青年は、どこか間の抜けた返答。
「(逃げるにしても、出入口の前を塞がれたらどうしようもないよね)」
だとすれば、どうするか。
その時にはすでに、彼の中で答えは出ていた。
「リクさん、逃げ――」
「大丈夫だよ。俺は、こう見えて村で一番強かったんだ」
「え……! リクさんっ!?」
少女の呼びかけよりも先に、リクは駆け出す。
そして、一瞬のうちにザークへと肉薄した。手には鍬を持ち、それを勢いよく振り上げる。そこに戦闘スキルなどは微塵もない。ただ、力任せな一撃。
ザークはそれを見て、一笑に伏せた。回避など必要ない。
「クハハ。そのような農具での一撃、痛くも痒くも――」
そう考え、言葉を発した。直後だった。
「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
断末魔が木霊した。
サタンナは思わず目を背けたが、しばしの沈黙の後にそれを見る。
果たしてそこにあったのは――。
「…………う、そ」
頭を潰されて、魔素へと還っていくザークの姿だった。
塵となって消えていく同胞の姿に、少女はただただ呆然とするしか出来なかった。だが対照的にリクはあっけらかんとした表情で振り返り、声をかけてくる。
「ね。言ったでしょ?」――と。
そんな彼を見て、しかしすぐに正気に返ったサタンナ。
彼女は自分の置かれた立場を思い出して、こう呟くのだった。
「あ……私は、これから……どうすれば……?」
そう。そうだった。
彼女にとっては、死活問題が迫っていた。
ザークが死に、一人残されたサタンナに向けられるのは嫌疑だろう。そうなれば、どのような裁きが下されるか想像するのも恐ろしい。
「(あー……そうか。そうだよな)」
そのことに、リクも感付いた。
少しだけ考え込む。そして数秒の間を置いてから、ポンと手を打った。
「――そうだ! サタンナ、一ついいかな?」
「え……?」
青年は何かを決意した表情で、おもむろに少女に手を差し伸べた。
相も変わらず呆然とするサタンナ。そんな彼女に、リクはこう告げるのだ。
「なら、いっそ……俺にちょうだい! 世界全部を!」――と。
初めましての方は初めまして。
あざね、と申します。
第一話は22時頃に投稿します。
応援のほど、よろしくお願い致します!
<(_ _)>