第2話
「起きて下さい! ……様!」
誰だ、人が気持ちよく寝てるってのに。この枕、最高に気持ちいい。それになんだかいい匂いが……
オレは、安眠を妨げる人物に不快さを隠さずにごねる。
「うるさいな……」
「カオル様! 起きてください!」
枕を揺するな。ああもうわかった、起きるから!
仕方なく、重い瞼をこじ開ける。
「んっ、おはよー……」
「おはようございます、カオル様」
寝起きでぼんやりとしていた思考がクリアになるにつれて、状況を理解し始める。どうやらオレは、エレベーターに乗っていたつもりが、いつのまにか寝てしまっていたらしい。
―――ということは、あの不思議な出来事は全部夢だったということか。そうだ、あれは夢だ。現実じゃない…
まぁあれが夢じゃないのは今の状況的に分かっている。はあ、現実逃避はこれぐらいにしておこう。
オレは、今知らない人に膝枕された状態で横になっている。あれが夢だったら、今女性に膝枕されたりしない。
オレにそんなことをしてくれる人はいなかったからな。そんなことで判別するオレって…悲しくなんかないやい。
そんなことはどうでもいい。オレは今仰向けになっているにもかかわらず、天井が見えてない。見えるのは、柔らかそうな大きな膨らみ。この状況下で考えられるのはあれだけだろう。
ほう、これは素晴らしい……
「カオル様、起きられたのであれば、その、周りの方の視線が……」
「ん?ああ、すまない。」
よく見れば近くに人がいた。日本人だろう男一人、女子二人の三人。三人ともオレよりも年下であろう外見をしている。恐らく、オレの他に召喚された人たちだろう。そのれと、確実に日本人じゃないメイドさんらしき人も三人いて、それぞれ勇者達のそばにいる。計六人はじっとこちらを見ていた。
たしかに、これは恥ずかしいだろう。オレはもう少し味わっていたいが、要望通り起き上がる。頭を上げる際、当然お胸には当たらないよう配慮する。
「ここは、何処だ?」
今更だが思わず呟いてしまう。ここはあのエレベータの中ではない。周りを見れば豪華な装飾で溢れた煌びやかな、とても大きな部屋だということがわかる。鎧を着た兵士っぽい人たちも、離れたところにたくさんいるし。
さらには一段高いところにこれまた豪華に飾られた椅子がある。玉座、とかいうやつだろう。ゲームとか、アニメだったら『謁見の間』と呼ばれそうな部屋だ。
「ラナン王国の王都エンリルです。この部屋は、王城の謁見の間です。」
膝枕してくれていた人が答えてくれた。ほらね、やっぱりそうだよ。ラナン王国なんて聞いたことないし、おそらくこれはあれだろう。
「此度召喚された勇者様方には国王様との謁見を行ってもらいます。」
召喚、勇者。もうね、この二つのキーワードで全て分かっちゃうじゃん?みんなも理解したね?いわゆる異世界召喚だ。大事なことだからもう一度言う。異世界召喚だ!
オタクだったオレとしては、これは素晴らしいこと だ。普段のオレならテンションマックスになってただろう。
しかし、オレには一つ心配なことがある。夢だと現実逃避した出来事、分解だの、再構築だの言っていたあれだ。あの、「デシタラ、魔王二致シマス」という言葉通りになっていたとしたら…
角が生えてり、牙があったり、翼があったりなど、思いつく限りの魔王が持ってそうな特徴を探したが、今のところは見当たらない。
「見た限りは大丈夫、か?」
「何か、不安なことでもおありですか?」
額や歯を触ったり、全身を確認したりして、はたから見たら挙動不審だったのだろう。オレをさっき膝枕してくれていた人が心配して声をかけてくれた。
いかん、しっかりしろオレ!まだそうと決まったわけじゃない。
「いや、だいじょう…っ!」
オレはここで初めて、質問に答えてくれていた人物をしっかりと見た。その人はメイド服を着ていた。聞いてるだけで人を安心させるような心地よい声。腰ほどまで伸ばされた艶やかな黒髪。ウエストはキュッとしまっているが、フリフリとしたメイド服でもわかるほど出るところは出ていて、女性として完璧(オレの勝手な判断)なバディ。そして何よりオレの目を引いたのは、その整った顔立ちだ。
清楚で上品な雰囲気でいながら、地味にならない。そんな形容しがたい容姿をしていた。
「大丈夫、ですか?」
「あ、ああ大丈夫、大丈夫!」
「何か不安や質問があればなんでも聞いてくださいね。できる限りお答えしますので。」
「ありがとう、そうするよ」
なんとか思考停止から再起動したが、はっきり言ってどストライクだ。こんな素敵な人に膝枕してもらっていたとは……思い出したら恥ずかしくなってきた。今オレの顔は真っ赤になっていることだろう。
ん?待てよ。そんなことよりもっと奇妙な事があるじゃないか。なんでもっと早く気づかなかったんだオレは。
「あの、質問いいかな?」
「はい、なんでしょう?」
嫌な顔一つせず応答してくれて、なんていい人なんだろう。いかんいかん、割と大切な質問なんだ。しっかりしろ、オレ。あれ?これさっきもやったな。まぁいいや。
「あのさ、自己紹介なんてしてないのに、なんでオレの名前知ってるの?」
「それは……」
「静粛に!」
彼女がオレの質問に答えようとした時、野太い声が部屋中に響き、辺りが静まり返った。声の発生源は、でかい両開きの扉の前にも立っている顔以外の全身鎧で包んだ男(声で判別)だった。
質問を遮られてイラッとしたが、「それは後ほどお話しいたします。」と小声で言って、彼女も話すのをやめたので、オレも口を閉じる。全員が静かになったのを確認した鎧男は、またよく通る声で話し始めた。
「国王様の準備を終えられた。これより国王様が入室される。召喚されし勇者らも皆こうべを垂れよ。」
は?何を言ってるんだ。なんで知らない世界の王様に頭を垂れなきゃいけないんだよ。
鎧男の発言にさらにイライラが募っていると、膝枕してくれていた彼女が小声で、「今は従ってください」と言ってきた。どう意味なのか聞きたいがよく見れば、オレよりも年下であろう他の勇者たちもそばにいるメイドに何か言われ、片膝をつく形になっかと思えば、頭を下げ始めた。
恐らく高校生だろう年下たちがやっているのを見て、イライラは消えていないがここはおとなしく従っておくことにして、オレも片膝をついて頭を下げる。
「国王様、入場!」
頭を下げているから見えないが、扉が開いた音がした。レッドカーペット的なものは見えるから、今その上を歩いているのだろう。
「面をあげよ。」
かなり時間がかかって、偉そうな態度の声が部屋に響く。
「カオル様、まだ……」
メイトさんが何か言おうとしていたが、色々あって我慢の限界だったオレは、話を聞かずに立ち上がった。
「はあ、全くめんどくせぇな」
「ほう……」
「えっ?」
王様が呟くのと、オレが他に立っている人がいないのに気づくのはほぼ同時だった。
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