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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

嘘売り屋(州と一夜の短篇18回)

作者: メイ

 

「お主は(あやかし)の贄にされとったのよ」



 目覚めるとそう言われた。あまり良くない私の目では薄暗闇にいた先人が男性だということくらいは解る。見えていれば派手な女物の羽織を紺の着物に、黒髪の男が枕元に胡座をかいて、煙管を吸っているのが見えたろう。林檎の匂いがした。


 何を。


 言葉は声に成らず、彼との間にある布団に落ちる。はくはく。口だけを動かす俺に、ポリポリと頬を掻く美丈夫は長い髪を束ねている赤い髪飾りを弄りながら、ふうと息を煙と吐いた。ああ、林檎の匂いが強くなる。あの煙は林檎の匂いがするのか。禁断の果実、知恵の実、禁忌の象徴。



 はくはく。思い出せない。私は誰で、彼は誰なのか。

 何故、私は布団に寝て、動けず、喋れもしないのか?

 何故、眼前の男は私を知っていて、こうなった理由を知っているのか?


「こりゃァ、初っぱなから話した方が良いかねぇ…。聡湖(さとこ)、お主と出会った辺りから」



 パン!

 軽く手を打つと、男はにやりと笑って「それでは時間がないので手短に」と前置きを業らしくして語り始めた。






 昔々、とあるところに小さな村がありました。村は竜神さまを奉り、小さいながらも平和に暮らしておりました。


 ところがある夏の日、村に流しの薬屋が現れたのです。村の向こうにある町へ行きたいのだが、どうにも目の調子が悪い。森で迷う前に何泊かさせて欲しかったのです。

 村に風邪が流行っていたものですから、村長は村のために喜んで受け入れました。お代を払えば、薬屋の秘伝の薬で村に流行っていた風邪はすぐに治りました。

 空いた時間に薬草を教え、共に食事をとり、歌を歌う薬屋のことを、人見知りの村人たちも段々と打ち解けていきました。




「日照りが続くなあ」


「竜神さまに御供えモノをせにゃなあ」


「もう村の娘を差し出すのは嫌だ」


「ああ、じゃあ……イイ時に村に来たべ」



 オシマイ。短く締めると男は目を細めて笑った。


 ぼんやりとした頭で聡湖(さとこ)は布団を押し退けようとするが動けない。異常な状態ではあったが、飛び起きたい反面、不思議と心は静かだった。まだ覚醒しておらず、ふわふわとしているせいで現実味がないのかもしれない。聡湖は他人事のように思った。はくはく。動かしてはみるが、まだ声も出ない。


「俺はその竜神さまを殺して、お主を助けてやったの」


 男が言葉を紡ぎ、また煙を吐く。林檎の甘い、甘い香りが部屋に充満していく。男に聞きたいことがあるのに。香りに誘われるように、聡湖はうつらうつらと微睡み始める。ドウシテ、こんなに眠いの。


「おい、まだだ。寝るな」



 男の声が心地よい。駄目だ。聡湖はゆっくりと抗いながら、微睡みへ落ちていく。男の止める声がする。最中、聡湖は林檎の匂いに包まれて悲鳴が聞く。男の声ではない。つんざく女の悲鳴。


 ああ、可哀想な声。と、聡湖は思う。


 聞いたことのある、ような。きっと誰かに裏切られた声だ。信じてた人達に裏切られ、嵌められる。眠らされ、連れていかれて、気付いた時には手足を縛られてどうにもならない。背筋をなぞる冷たい悪寒。震える可哀想な声、背けられる顔、手足の指をぎゅっと縮めて、僅かも動かない。息さえ途切れ途切れになって、小さな声でドウシテを繰り返す可哀想な声。


 情ケダ。

 楽ニシテヤルベ。



 どんっ。



 衝撃が先に来た。それから真っ白な痛み。浮遊感に世界が反転した。今ならわかる。持ち上げられて、どこかへ放られていたのか。ぼやけた視界の端にある赤いあれは何だろう。胴体が、あんなに遠くに。ドウシテ。赤いあれが顔にかかる。拭き取りたい。



 赤い、ぬとぬとした、あれ。


 あれは。


 私の……。




「聡湖、お止め」



 はくはく。今の夢は、と言いたかったが、声が出ない。聡湖は微睡みで夢を見ていたようだ。はっと男の声で意識が戻る。胸が早鐘を打つ。



「お主にはもう売った。それ以上はお止め。」




 お前は助かった。

 もうお眠り。




 こくん。聡湖は今度は己で目を閉じた。


 跳ねていた鼓動は治まり、何故だか根拠のない「眠れる」自信があった。そうだ、もう大丈夫。聡湖にあったふつふつと胸に巣食う不安が薄まる。怖くない。そう、私は助かった。大丈夫。あれは夢。


 ありがとう。男に伝えたかった。届いたかどうかわからぬまま聡湖は永遠の眠りについた。




 聡湖は光に包まれる。



 一時して光が収まると、布団はもぬけの殻になった。逝ったのがわかったのか、障子が開き、(あるじ)が現れる。林檎の匂いに眉をひそめ、口許を袖で覆う。



「ご苦労であった、嘘売り屋。我が水源もこれで清く在れるというもの」


「なんのなんの、竜神殿。いつでもどうぞ」


「人間の血で汚しただけでなく、魂までこびりつかせよって。浄化に往生したわ」


「水源の浄化が終わったなら、次は村へ行かれるんで?」


「無論。我が水を荒らしたのは重罪。穢らわしき者共を押し流してくれよう」


「ではもし討たれたら御呼びください。未練なく逝ける嘘をご用意致します」


「……()ね」


「はいな」



 派手な男は赤い髪飾りを弄りながら、林檎の煙を吐く。文字通り男の姿は煙に巻かれて消えていった。


■ネタバレだよ!■





登場人物紹介


聡湖(さとこ)

目が悪いどじっこ薬屋。

村人たちと土を掘ったり、牧場を作るサブクエストをやろうと思ったが時間切れでうっかり生け贄にされるバットエンド直行。

別エンドでは毒草をから毒薬を作ったり、村人達に復讐、竜神と結ばれたりする。


■嘘売り屋■

古川さんに頂いたファンアートから林檎の煙を吐き出してばかりのお兄ちゃんに変身。

口調が定まってないのは彼の隠された右腕に封印されし闇が時折姿を魅せるからだという噂。


■竜神さま■

ツイスターゲームが大好きな竜神さま。

ツイスターゲームを愛している。でもすぐにシートが泥々になる。残念。

村近くの鍾乳洞が水源で、水源を汚されたり信仰されないと力が弱る。浄化をセルフで出来るがすごく疲れるのでツイスターゲームが出来なくなるから好きではない。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 序盤に「俺」が来て、「む? どちら?」とちょっと思いました。 [一言] おはようございます! つぶらやこーらです! 拝読しました! この手の話は、歴史を考えさせられます。 他にもどの…
[良い点] しんみりして終わってからの、後書きのインパクト。 [一言] いつの時代かどこかの土地で、実際あったような話です。 その『うそ』は、穢れを落とすためだけではなく、優しさでもあるのでしょうか。…
[気になる点] 一人称「俺」がでてきて、視点が少しばかり混乱しました。 [一言] 嘘売り屋という発想勝ち! やられた!! こういう雰囲気が大好きさんは大勢いると思います。わたしもその一人で、題名だけで…
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