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不幸少女と死神メジロ  作者: 武池 柾斗
第二章 不幸因子の行方
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2-2 調査開始

 奈津とメジロはひとまず拠点に戻り、四時間ほど休憩をとった。


 普段より長めに体を休めたことで、昨夜の疲労は完全に取り除くことができた。これからは一日四時間休憩になりそうだ。調査と黒塊戦で活動量が多くて疲労が溜まるのはもちろんのこと、緊急事態に対応できるよう常に万全の状態でいる必要があった。


 休憩が終わると昼過ぎになっていた。

 奈津とメジロは調査を開始し、まずは西区を見回ることにした。


 不幸因子の感知に気力を使いながら、自分の担当区域を時計回りに一周してみる。微量の不幸因子はあるものの、それらが動く気配はない。昼間は不幸因子の漏出が少ないため、それを使って犯人を見つけるのは困難だった。


 次は人を観察することにした。


 西区をもう一度時計回りに飛びながら、街の人々に注意深く目を向ける。あの世のエネルギーを纏っている人物は見当たらない。不幸因子の存在すら知らないような人間ばかりだった。


 二周目の調査を終え、奈津は拠点に戻る。

 空は薄暗くなり、もうすぐ日没を迎えようとしていた。


 これから、不幸因子の本格的な漏出が始まる。調査は夜を迎えてから本番のようだ。昼の調査では何も見つからなかった分、夜で挽回したいと奈津は思っていた。


 やがて日は沈み、街に黒い霧が発生した。


 奈津はビルの屋上に立ったまま、不幸因子の感知に専念していた。小夜のように五区すべてを見ることは出来ないが、西区のみであれば奈津にも正確な予測は可能だった。


 精神を集中させ、感覚を研ぎ澄ます。


「今わかるのは、北側の不幸因子が薄いこと、西側がやや濃いこと、南側にはほとんど出ていないこと、東側はいつも通りの濃さであること、中央は全く出ていないこと。これくらいかな……」


 奈津は肩に留まっているメジロへの報告も兼ねて呟く。


 ここから、不幸因子に動きがあった場所に出向く。それまでは待機。昼間のようにやみくもに探しても何も得ることはできないだろう。


 続いて、奈津は他の遣いたちの動向を確認した。


「葉月さんは北区を飛んでる……小夜さんと結衣さんは南区で歩いてる……莉多さんは東区での吸引を終えて北区に向かってる……」


 他の四組もそれぞれの役割に専念しているようだ。自分だけ動いていないのは少し気が引けたが、これは調査の手法だから問題ないと、奈津は自分に言い聞かせた。


 莉多が北区に入り、しばらくすると葉月に接触した。

 それを察知し、奈津はため息をついた。


「莉多さんなら理解してくれるだろうけど、そうじゃないときのために言い訳の一つくらい考えておこうかな……」


 自信の無さが言葉になって漏れてくる。


「必要ないだろ」


 メジロは奈津を励ますようにそう言った。


「そうだといいけどねえ~」


 奈津はメジロの言葉を有難く受け取り、再び不幸因子の感知に専念する。


 不幸因子が少しずつ濃くなっているが、これは自然の範囲内。調査の大ヒントになるわけでもなく、自分から吸引に行く必要もない。莉多の到着を待ち、彼女に吸収してもらえばいいだけのこと。


 調査前は莉多一人に吸引させるのをあれだけ反発していたのに、始まったら驚くほど冷静に任せようとしている。そんな自分の変わりように、奈津は鼻で笑った。


 そして、北区での吸引を終えた莉多が西区に入った。


 その時だった。


 西側と東側の不幸因子が南側に向けて動き出した。

 奈津はすかさず莉多にテレパシーを送る。


「莉多さん! 南側はわたしが行きます! あそこに何かあるかもしれません!」

「わかったわ。私は西区南側以外で不幸因子を吸引するわ」

「お願いします!」


 莉多との連絡を終え、奈津はすぐにビルの屋上から飛んだ。


 不幸因子の移動先を予測し、猛スピードで翔けていく。南側で黒塊が発生するのか事故の誘発が起きるのかはわからないが、先回りして不幸因子を全部吸い込んでしまえば問題ない。感知が早かったおかげで間に合いそうだ。


 だが、奈津の目論みは外れた。


 西側から来た不幸因子と東側から来た不幸因子が、それぞれ別の方向に向かい始めた。


 どちらか片方しか先回りできない。おまけに、これから起こるのは黒塊の形成ではなく事故のほうだ。一秒でも行動を間違えれば死人が出る可能性が高い。


 西のものと東のもの、奈津からの距離は同じ。

 奈津は不幸因子を感じて即決した。


「西のやつから行く! 西のほうが濃い!」


 メジロに向かって叫ぶように言い、奈津は方向転換した。


 一度落ちた速度を再び最高にまで上げ、不幸因子に向けて猛進する。すぐに追いついた。不幸因子はまだ上空にある。こっちの事故は確実に防げる。


 奈津は不幸因子の進行方向に回り込み、両手をかざして吸引した。

 吸引はすぐに終わった。


 だが、もう一つのほうはすでに下降を始めている。

 奈津は急発進し、不幸因子を追った。


 街に下りた不幸因子は二つに分岐し、それぞれ違う人間の体内に侵入していった。一つは交差点の横断歩道で信号待ちをしているスーツ姿の男性へ。もう一つは走行中の白い普通自動車の運転手へ。これから何が起こるのか、奈津とメジロにはすぐに理解できた。


 不幸因子にとりつかれた自動車が速度を急激に上げる。


 交差点の人々はそれに気を向けようとしない。不幸因子にとりつかれた男性は足元を見ていて暴走車の存在にすら気がつかない。


 自動車は交差点に差し掛かる。進行方向には青信号。

 そこで、目標の男性が横断歩道を歩き出した。進行方向には赤信号。


 運転手も歩行者も不幸因子によって一時的に自我を失い、普段はするはずもない最悪の行動をとる。このままでは二人とも事故によって命を失ってしまう。それどころか、周囲の人々にまで被害が及ぶのは明らかだった。


 奈津は交差点の上空まで一気に翔け抜け、急降下した。


 一人横断歩道を渡る男性と、彼に迫る暴走車。それに気づいた人々が悲鳴を上げる。もはや彼は助からない。誰もがそう思っていた。


 そこに、奈津が降り立った。


 男性の目の前に着地した彼女は、すぐに男性を歩道側へ突き飛ばした。男性自らが後ろに跳んだかのような軌道で、彼は歩道に吸い込まれていく。


 次は暴走車。


 奈津は数センチ浮き、目前に迫る白い車を体で受け止める。しかし、車はそれだけでは止まらず、奈津を道路の奥へ押し込んでいく。体内の不幸因子を使って力をわずかに増幅させるが、スピードが少し弱まる程度。このままでは別の被害者が出てしまう。


 なんとかしてこの車を完全停止させなければならない。

 焦る奈津の視界に、ガードレールが映る。


 ――これだ!


 奈津は全力を込めて車の進行方向を変え、ガードレールに接触させた。強烈な衝撃が車を襲う。助手席の窓が割れ、車体とガードレールが互いを破壊し、その音は周囲に響き渡る。この衝突のおかげで、車がさらに減速した。


 あともう一息。


「メジロ! 中に入ってブレーキを踏んで!」


 奈津は車を硬い白帯に押し付けながら、肩のメジロに指示を出した。


 メジロはそれをすぐに理解し、鳥の姿のまま飛び立った。割れた窓から助手席へ突入し、少女の姿に変身。不幸因子を使って右手から黒い縄を伸ばし、運転手の右足に巻き付けた。


 縄を操り、運転手の右足をアクセルから引き離す。そして、その足をブレーキペダルに叩きつけた。


 車体が大きく揺れた後、暴走車は完全に停止した。


 奈津はすぐに助手席のドアに行き、窓枠から両手を車の中に伸ばした。メジロは運転手の左手を取り、奈津に近づける。その手は奈津の両手に包み込まれた。


 奈津は運転手の体内にある不幸因子の吸引を始めた。

 三秒ほどで吸引は終わった。


 メジロは運転手の息があることを確認し、鳥の姿に戻って車外に出た。奈津の肩に留まり、周囲を確認する。自動車の暴走から数十秒しか経っていないため、辺りは静かだ。だが、すぐに騒がしくなるだろう。後のことは人間の領域だ。


 奈津は交差点の男性のもとへ飛んだ。


 自動車は交差点からそう遠く離れていなかったため、すぐに到着した。男性は突き飛ばされて仰向けになったまま、意識を失っていた。彼の周りには人だかりができていて、頬を叩きながら呼びかけている若い男性もいた。


 奈津は人だかりの中心に降りた。


 救助対象の男性に両手で触れ、不幸因子の吸引を始める。運転手よりも量が多く、完了まで五秒かかった。暴走車を止めるのがもう少し遅くなっていたら、また別の事故を引きつけていたかもしれない。


 とりあえず、救助はこれで完了だ。

 奈津は上空へ飛び、街を見渡した。


 他の遣いはそれぞれの役割に徹している。莉多は西区の吸収を終え、南区で動いている。だが、黒塊大量発生については何も情報を得ることができていない。まだまだこの夜は続きそうだった。


「結局、何もわからなかったな……」


 奈津はそうぼやいて、拠点に戻っていった。





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