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不幸少女と死神メジロ  作者: 武池 柾斗
第五章 少女たちの決意
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5-6 救出

 メジロはすぐに見つかった。


 彼女は南区に入っても走り続けている。だが、その速度は普通の人間よりも遅い。メジロの疲労は相当に溜まっている様子だった。


「メジロ!」


 奈津は死神の少女に呼びかけながら急降下する。

 メジロが奈津の存在に気付くと同時に、奈津はメジロの前に着地した。


「奈津! なんでここに!」

「莉多さんを止めるためでしょうが! さっさと行くよ!」


 奈津は彼女の体を抱き、間髪入れずに飛び上がった。


 メジロは奈津の登場に戸惑ったが、奈津はそんなことなど気にも留めなかった。彼女は片手で不幸因子を吸引しながら、西区へと向かっていく。


 契約主を手に入れたことで、奈津の力は飛躍的に向上した。飛行速度も不幸因子の吸引範囲も大きくなり、エネルギーの操作能力も強化されたようだった。


 飛行しながら、奈津はメジロに語りかけた。


「メジロ! わたしはこれから不幸因子を集めて莉多さんを止める。結衣さんと小夜さんが頑張ってくれてるうちにやるよ! わかった!?」

「わかったけど、奈津はいいのかい?」


「なにが!?」

「その、ぼくが君を殺してしまったこと。それと、憎んでいた人間を助けてしまったこと。君は、僕と一緒にいられるのかい?」


 メジロは泣きそうなほど悲しい表情をしていた。

 奈津はそれを消し去るかのように声を上げる。


「それがどうしたの! もうどうだっていい! わたしはこの街を不幸因子から守るためにここにいるの! だからメジロ、力を貸しなさい!」


 その言葉を聞いたメジロの目に光が宿る。

 口調こそ厳しいが、奈津がメジロのもとに戻ってきたことには変わりなかった。


「いいよ。ぼくも死神として、莉多とカラスさんの暴走を止めないといけない。だから、ぼくは奈津を利用する」


「おっけー! 存分に使って!」


 奈津とメジロは視線を交わし、大きく頷いた。


 神崎親子の件もあって分裂していたが、二人は再び一つとなった。未来ある少女を殺してしまったことも、死神に殺されてしまったことも、今は些細な事。二人の目的は、莉多とカラスによる支配を食い止めることで一致した。


 後手に回ってしまったが、反撃の機会はいくらでもある。


 奈津だけが、莉多に太刀打ちできるほどの力を持てる可能性がある。奈津が限界近くまで不幸因子を吸引できれば、勝機はある。結衣と小夜が時間を稼いでくれているが、この二組だけではいつ倒されてもおかしくない。だが、ここにもう一組加われば、状況は改善する。


 奈津は飛行と吸引を続けながら、不幸因子の感知を行った。


 葉月を探す。彼女は北区での活動中に行動不能に陥った可能性が高い。ある程度の目星はついていたため、感知に専念しなくてもスズメと葉月を発見することができた。


「メジロ! 葉月さんとスズメさんを助けに行くよ!」

「わかった! でも、場所は把握しているのかい?」

「北区の真ん中あたり! 二人とも弱ってるから急ぐよ!」


 奈津は西区での吸引を中断し、葉月たちの救援に向かった。


 五区の不幸因子は、その大半が莉多に支配されている。そのため、奈津はうまく吸引することができず、なかなかエネルギーを溜め込めなかった。だが、葉月が戦いに加わることで莉多の集中が途切れれば、奈津にも吸引のチャンスが訪れる。


 北区に突入したところで、奈津はもう一度感覚を研ぎ澄ませた。


 葉月とスズメの位置が、先ほどよりも明確に感じられる。二人がその場から動く気配はない。この状況で待機するなどあり得ない。行動不能に陥っていると見ていい。


 奈津は葉月たちのもとへ翔け下りた。


 車道の真ん中で、葉月とスズメが倒れていた。その周りには事故車が散乱していて、通行止め状態になっている。火災は落ち着いてきたが、まだ燃えている建物もあった。


 奈津とメジロは葉月とスズメのそばに降り立った。


「葉月さん! スズメさん! 聞えますか!」


 二人の頬を叩きながら、奈津は呼びかける。


 意識はあるが、苦しそうな表情だった。二人とも体内のエネルギーが極端に減っていて、葉月に至っては胸に穴が開いている。魂が破壊されていないのが不思議に思えるくらいだ。とても自力で動ける状態ではない。


 葉月は小さく目を開け、奈津に視線を向けた。


「なっちゃん……莉多、さん、が……」


 彼女は必死で口を動かす。


 以前のように元気で明るい葉月の面影は、どこにもなかった。それでも彼女は、自分に起こった出来事を奈津に伝えようとしていた。


「わかってます。だから、莉多さんを止めます」


 奈津は断言して頷き、葉月の言葉を遮った。


 莉多とカラスを止めるためには、葉月の力が必要不可欠だった。だが、このままでは葉月とスズメは動くどころか存在そのものが消えかねない。なんとかしてでも、二人を回復させなければならない。


「成功するかわからないけど、やってみるしかない……」


 奈津は右手を葉月、左手をスズメの胸に当て、深く呼吸をした。


 体内の不幸因子に意識を向け、それを出来る限り活性化させる。あの世のエネルギーが手のひらに集まり、二人の体に浸透していく。奈津は慎重に不幸因子を操り、損壊した部分の修復を始めた。


 正常な部分を参考にしながら、失われた箇所を形作っていく。少しでも操作が狂えば、魂に異常をきたしかねない行為だった。それでも、このまま魂そのものが消えてしまうよりはいい。


 結果は、成功だった。


 奈津は恐怖心を抱きながらも、葉月とスズメの体を完全に修復することができた。続いて、動力源としての不幸因子を二人に渡す。


 対処は完璧だった。


 葉月とスズメに力が戻る。二人は起き上がり、自らの手に目を向けた。


 信じられないものを見ているような気分だった。もうダメだと思っていたが、奈津の手によって奇跡的な復活を遂げることができた。もしかしたら、数時間後に莉多が治しに来たかもしれない。だが、彼女が支配者になる前に立ち上がれたのは大きな幸運だった。


「ありがとう! なっちゃん! でも、どこでそんな力を……?」

「まあ、いろいろありました」


 葉月は喜びつつも怪しむような表情を浮かべていたが、奈津はそれを受け流した。まともに答えている時間などない。葉月にはやってもらわなければならないことがある。


「それより葉月さん、スズメさん。二人はこのまま結衣さんと小夜さんの救援に向かってください。莉多さんを足止めしてくれてますが、あの二組だけでは足りません。葉月さんとスズメさんの力が必要なんです。お願いします」


 奈津は早口で言い終え、小さく頭を下げた。

 葉月の反応は速かった。


「いいよ! 行く! でも、なっちゃんはどうするの?」

「わたしは……不幸因子を集めてから行きます。できるだけ、多く」


 そう応える奈津の顔には、ある種の覚悟が表れていた。

 葉月はそれ以上追及しなかった。


「わかったよ! なっちゃんが来るまで、葉月たち頑張るから!」

「お願いします、葉月さん」


 葉月の表情に、以前の明るさが戻っていた。

 奈津には、それがとても頼もしく思えた。


「じゃあ、行こう! スズメ!」

「わかりましたよ、葉月」


 スズメは落ち着きのある声で葉月に応え、鳥の姿に変化した。彼女が肩に乗ったのを確認すると、葉月は奈津を一瞥してから飛び立った。


「さてと、わたしたちも行こうか」


 神速で莉多討伐に向かう葉月を見送り、奈津は無言のメジロを抱きかかえた。

 そして、再び不幸因子の吸引をするために、街の空へ飛び上がった。





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