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不幸少女と死神メジロ  作者: 武池 柾斗
第五章 少女たちの決意
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5-4 抵抗

 莉多と結衣はその場から動かず、睨み合った。


「あら? 結衣、なにをしているのかしら? 私は不幸因子を吸引してという指示を出したはずだけれど」

「莉多……てめぇ、アタシたちを騙してたな!」


「なんのことかしら」

「とぼけんじゃねえ! さっき自分で言ってただろうが! 葉月を殺しながら!」


 結衣は金髪のポニーテールを振り乱しながら、莉多に怒声を浴びせる。

 鳥の姿で彼女の肩に留まっているタカも、静かな怒りをぶつけていた。


 莉多は力を抜くように笑った。


「見られてしまっては仕方ないわね。そう、確かに私はあなたたちを騙していたことになるわね。でも、私が怪しいってどうして思ったのかしら?」


「小夜が言ってたんだよ。不幸因子の発生地点にてめぇが居たから怪しいって。だからアタシが様子を見に来たんだ」


「そう、小夜がね……」


 莉多は苦い表情をしながら東区に目を向けた。


 不幸因子を大量に発生させた時点で、小夜の感知能力は意味を成さない。怪しまれたところで、葉月のエネルギーはすでに奪っているため問題はない。一つ問題があるとすれば、結衣と小夜の不幸因子は戦って取り出さなければならないという点。


「東区の不幸因子が動いていない? ……小夜とフクロウが支配しているのね」


 おまけに、相手は力を増している。

 倒せないことはないが、時間はかかりそうだ。


 結衣と小夜からエネルギーを奪わなくても、世界中の死神を圧倒できるだけの力はすでに持っている。だが、裏の支配者になるには絶対的な力が必要だ。そのためにも、やはり二人の不幸因子を手に入れなければならない。


「いいでしょう。まずはあなたから不幸因子を奪ってあげるわ、結衣」


 莉多はそう宣言すると同時に動き出した。

 とっさに結衣は構えるが、防御以外の選択肢を取れなかった。


 莉多はスピードに乗り、結衣の顔めがけて右拳を突き出す。結衣はそれを右手で防ぐが、莉多はすぐさま左の正拳突きを繰り出した。間一髪でそれを左手で防げた結衣だったが、あまりの威力で大きな隙が出来てしまう。


 莉多は突き出した両拳をすみやかに戻し、右足で結衣のわき腹を蹴りつけた。結衣の体は為す術もなく飛ばされ、無防備な体勢を晒す。莉多は結衣に接近し、正面から胸めがけて右手を突き出した。

 だが、それは届かなかった。


 体表に触れる直前で、結衣は両手で莉多の手首を掴んだ。右手を封じられ、勢いを殺しきれなかった莉多の体勢がわずかに崩れる。結衣はそれを見逃さず、両足で莉多の腹を蹴り飛ばした。


 二人の距離が開く。

 莉多と結衣は再び向き合う。


 莉多は余裕の笑みを浮かべ、結衣は荒い呼吸をしている。結衣が不利なのは一目瞭然だった。


「ふふ、さっきの勢いはどうしたのかしら?」

「クソッ! 化け物め……」


 結衣は歯を食いしばった。


 彼女は先ほどの組み合いで莉多との力の差を思い知らされた。不意打ちではひるませることもできたが、まともに戦っては防御に専念することさえ難しい。戦闘を得意とする結衣でも、莉多との対峙は恐怖以外の何物でもなかった。


「結衣。あなたの戦闘能力は素晴らしいわ。このまま、私の護衛として働く気はないかしら? そうすれば、あなたから不幸因子を奪うのをやめてあげるけど」


 莉多の口から突然、勧誘の言葉が飛び出す。

 結衣は眉をひそめた。


 彼女は少し迷ってしまう。莉多に従えば、恐怖の対象と戦わなくて済む。痛い思いをしなくて済む。このまま戦えば、ほぼ確実に撃破寸前まで追い詰められるだろう。


 結衣は少し考えた後、鼻で笑い飛ばした。


「断る。誰がてめぇの手助けなんかするかよ。死んだ人間の分際で社会を支配するとか、悪霊か何かだろうがよ」


 結衣は強い口調で恐怖心を誤魔化した。


「そう。なら、おとなしく不幸因子をよこしなさい」


 莉多は結衣に冷たい視線を突き刺す。


 彼女の殺気を感じた結衣は、すぐに戦闘態勢に入る。だが、まともに戦っては勝ち目など無い。結衣にできるのは時間を稼ぐことだけ。外の区域から死神が応援に駆け付けるまで、死ぬ気で持ち堪えなければならない。


 一瞬の静寂の後、莉多が翔け出した。


 彼女は結衣の顔に向けて右拳を放つ。だが、全力ではない。結衣はそれを確認した瞬間、囮の攻撃であることを察した。結衣は莉多の打撃を両手で受けながら、その勢いを利用して後ろに飛び下がった。


 結衣と莉多の距離が一瞬にして大きく開く。

 予想外の行動に莉多はバランスを崩し、結衣への追撃に移れなかった。


 結衣はこの距離を保つつもりでいた。もし莉多の追撃を受けても、同じように離脱すればいい。いつ失敗するかもわからない戦法だが、正面から殴り合うよりは遥かに時間を稼げる。


 上手く距離をとれ、結衣に一瞬の油断が生まれた。

 そして、莉多はそれを見逃さなかった。


 莉多は右手を振り上げ、不幸因子を放出した。彼女の手から放たれた黒い縄は猛スピードで結衣に迫り、その体を縛り上げる。


「クソ! なんだこれ!」


 捕えられた結衣は、拘束を解こうと抵抗する。


 しかし、体が思うように動かない。莉多が不幸因子を使ってくるなど、結衣は微塵も考えていなかった。意表を突かれ、どうすることもできない。もはや、時間稼ぎなど出来る状況ではなかった。


 莉多は伸ばした不幸因子を体内に戻し始めた。


 結衣の体が引っ張られ、莉多との距離が徐々に縮んでいく。結衣は無駄だとわかりつつ、力の限りもがいた。破壊者になりつつある莉多にエネルギーを渡してしまうことが、結衣は悔しくて仕方がなかった。


 不幸因子の引き戻しが速くなる。

 結衣は覚悟を決めた。


 そのとき、白い影が豪速で現れ、結衣と莉多の間を翔け抜けていった。そして、不幸因子の拘束が切れ、結衣の体が解放される。


 白髪の少女が側に駆け付けた。


「結衣……大丈夫?」

「小夜! すまねえ、助かった」


 二人は小さく頷き合い、莉多に視線を向けた。

 小夜の救援に莉多は多少驚いたが、すぐに状況を受け入れた。


「ふふ、わざわざ小夜のほうから来てくれるなんてね。手間が省けて助かるわ」

「莉多……不幸因子を、復讐に使うなんて……許せない」


 涼しい顔をする莉多に対し、小夜は両拳を握り締めて敵意を剥き出しにする。言葉は遅いが、一言一句に抵抗の意思が滲み出ていた。


「これは復讐なんかじゃないわ。腐った社会を作り直すのよ。薄汚い豚のための世界から、善良な人間のための世界に変わるの。素晴らしいでしょう?」


 莉多は真剣な表情で小夜に語りかける。

 それを聞いた小夜は、眉間にしわを寄せた。


「確かに……素晴らしい……でも、やり方が、良くない……だから、止める」


 彼女はそう言って、肩に留まっていたフクロウに目線を送る。

 フクロウは人の姿に変わり、その周囲には不幸因子が渦巻いていた。


「ワタシと、結衣で……莉多を、食い止める」

「ああ、やってやろうじゃねえか!」


 臨戦態勢を取った小夜とフクロウの隣で、結衣は両拳を合わせて再び戦う意志を見せる。タカは人の姿に変わり、フクロウとともに不幸因子の操作を担う。


 あくまでも反抗しようとする二組を見て、莉多は邪悪に口元を上げた。


「何分持つかしら。楽しみだわ」


 そして、莉多とカラスは二組に襲いかかった。





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