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不幸少女と死神メジロ  作者: 武池 柾斗
第四章 歪んだ世界
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4-5 反逆

 意思は固まった。自分の信じることも。自分がこれから為すべきことも。迷いの果てに、ようやくわかった。


 奈津の右手が伸ばされ、莉多が口元を上げる。


 そして、奈津は莉多の手を払いのけた。


 莉多は驚きのあまり目を見開く。奈津は木箱を後ろに蹴飛ばしながら立ち上がり、険しい目で奈津を睨み付けた。


「冗談じゃない! 支配者層が腐っていても、それがあなたの独断で殺していい理由になんかならない! 神にでもなったつもりか! あなたも奴らと同じだ! 自分の利益しか考えない、クズな支配者と同じだ! 不幸因子でこの世を満たしたら、無駄な犠牲がたくさん出る! それこそ、あなたの言う善良な人間も殺すことになる。あなたみたいな虐殺者と同じにしないで!」


 奈津の慟哭が周囲の空気を震わせる。

 莉多は眉間にしわを寄せながらも、口元だけは笑っていた。


「変革に犠牲は付き物よ。それに、私はもう死神みたいなものよ」


「ふざけるな! 死んだ人間が未練ったらしく、現世に干渉しようとしてんじゃないよ! この世は生きてる奴らのモノだ! わたしたちがやっていいのは、不幸因子を吸引することだけ! わたしは何があっても不幸因子からこの街を守るって決めてるんだ! だから、わたしはあなたとなんか組まない!」


 奈津の信念が路地裏にこだまする。

 それを聞いた莉多は不敵に笑う。


「神崎親子を見殺しにしようとしたあなたが、人々を守ろうとするのかしら? 遣いの掟を破ろうとしたあなたが」


「メジロのおかげで死なせずに済みました。だからもう関係ありません」


 奈津は動じず、莉多の双眸に視線を突き刺す。


 神崎親子のことは、奈津の心の中ですでに決着がついていた。憎悪の対象であることには変わりないが、それでも救うべき命だった。二度と同じ過ちを繰り返したりはしない。


 莉多は残念そうに肩を落とした。


「そう。それなら、奈津は指を咥えて見ていなさい。そして、私が支配する世界で不幸因子の吸引だけをして、限界量に達したらおとなしく転生しなさい」


「絶対に止めてみせます!」


 双方の敵意がむき出しになる。

 莉多は奈津を見下すように微笑む。


「無駄よ。いくら不幸因子を操れるようになったからとはいえ、一年分の不幸因子しか持っていないあなたが、十年分近く吸った私に敵うわけがない。葉月、小夜、結衣とは違って、あなたには将来がある。あなたには働いてもらいたいから、ここで失いたくないの」


「やってみないとわからないですよ」


 奈津の決意は固かった。


 例え無駄な抵抗であったとしても、奈津は最後まで莉多の野望を阻止しようとするだろう。仲間にするどころか、最大の障壁になりそうだった。


 莉多は大きくため息をついた。


「そこまで言うなら、しょうがないわね」


 彼女はそう言った直後、目を見開いた。


 莉多は予備動作無しに右拳を放つ。奈津はそれを認識することもできず、莉多の右拳は腹部に直撃した。莉多はそのまま腕を振り切る。奈津の体が浮かび、後方へ吹き飛ばされた。


 奈津の体が地面を転がり、地面の水が弾かれる。


 完全な不意打ちだった。だが、最小限の動きで放たれた攻撃だったため、ダメージは小さい。莉多が実力行使に出るなら、奈津も黙ってはいられない。


 彼女はすぐに反撃に出た。


 転がる途中で体を起こし、地面を蹴って莉多に迫る。不幸因子を使って力を強化したことで、奈津の速さは格段に上がっている。奈津はそのスピードを利用して、莉多の首めがけて右手の手刀を繰り出した。


 しかし、それを受けてしまうほど莉多は甘くなかった。


 莉多は首の右側に迫った奈津の右手首を左手で掴んだ。一歩引きながら奈津の右手を左へ受け流し、奈津の体に引っ張られる前に手を離す。


 渾身の一撃が軽くあしらわれた。

 だが、奈津は次の一撃へ移行する。


 体が右側に持っていかれるなか、奈津は軸を左足に変えて踏みとどまる。莉多に躱された勢いを利用し、莉多の腹部に向けて右足を突き出した。


 奈津の蹴りは莉多の腹を捉える。

 手応えはあった。しかし、莉多は余裕の笑みを見せていいた。


 莉多は奈津の右足を両手で掴み、上に放り投げた。奈津の体は綺麗な放物線を描きながら半回転し、コンクリートの道路に正面から叩きつけられる。


 水しぶきが上がる。

 奈津はせき込みながら、上半身を起こそうとする。


 そのとき、莉多が右手から不幸因子を放った。その黒い霧は奈津にまとわりつき、縄状に変化して彼女の体を縛り上げた。手首から足首までを強固に締め付けられ、奈津はその場から動けなくなってしまった。


 莉多は奈津に歩み寄る。


「これでわかったでしょう? あなたでは私に勝てないわ。この世が不幸因子で満たされるまで、ここで遊んでいるといいわ」


 悔しそうに顔を歪める奈津を見下ろしながら、莉多は邪悪に笑う。

 奈津は莉多を睨み付ける。


「こんなまわりくどい事なんかしないで、さっさと殺せばいいでしょうが!」


「ここで奈津を殺しても、中途半端に不幸因子が出るだけで何の得にもならないわ」


 奈津は歯を食いしばった。


 遣いを撃破すれば、溜めた分の不幸因子が一気に放出される。だが、奈津は一年分の不幸因子しか溜めていない。莉多が求めているのは、もっと大きな量だろう。ここで奈津から不幸因子を解き放っても、他の死神に気付かれるだけ。奈津を殺すのは、得になるどころか損でしかない。


 奈津は莉多を見上げながら、挑発するように笑う。


「ここでわたしを殺さなかったこと、後悔しても知りませんよ」

「ふふっ、死神から離れたあなたに、何ができるかしらね」


 莉多は嘲笑し、奈津に背を向けて歩き出した。

 そして、莉多とカラスは飛び上がった。


「待て! 待ちなさい! 莉多! カラス! 待てって言ってるでしょうが!」


 奈津は腹の底から叫び、二人の後ろ姿に怒声を浴びせる。

 しかし、二人は奈津を気にも留めず、夜の街へ姿を消していった。


「ちくしょう! ちくしょおおおおお! メジロ! 来て! 来てよ! なんで来てくれないの! メジロ!」


 奈津は声を上げ続けるが、誰も反応しない。


 テレパシーの能力は死神のもの。遣い自体は持っていない。さらに、遣いの力を引き出しているのも死神。奈津の体が段々と重く感じるようになり、力が上手く出せなくなっていく。


 街の片隅に一人残された奈津は、身動きも取れず喚くことしかできなかった。






 莉多は奈津を足止めした後、南区の中央付近に向かった。

 彼女は高層ビルの屋上に降り立ち、雨上がりの街を見渡す

 黒い雲が空を覆い尽くし、静かに浮かんでいる。街は従来の喧騒を取り戻していて、人工的な明かりに埋め尽くされた賑わいが莉多の耳にも届く。奴隷的な扱いを受けた人々の嘆きと、甘い汁をすする者たちの高笑いが聞こえるような気がした。


「この腐った社会が、いよいよ変わるわ」


 莉多はいつになく真剣な表情で呟く。


「この時を九年待った。人間の力だけで変えられないのなら、死神が調整するしかない」


 彼女は手に力を込め、変革の準備を始める。


 体内に溜めた膨大な量の不幸因子を活性化させ、その一割ほどを両手に集中させる。エネルギーが手から漏れ出さないように精神を統一する。両手を屋上の床に付け、準備の最終段階に入る。


 目を閉じて深く呼吸をし、準備を完了させる。

 莉多は覚悟を決め、目を開いた。


「さあ、始めるわよ!」


 その直後、莉多の手から大量の不幸因子が放たれた。


 それは地中深くに潜った後、中央区へ向けて一直線に進んでいく。五区の中央に到着した不幸因子は、放射線状に五区すべてに拡散された。その道筋は、奈津が人型黒塊発生地点を線で結んだものと同じだった。


 この時点では何も起こらない。まだ初期段階だ。

 しかし、そこで異変に気付く者が現れた。


「みんな! 大きな不幸因子! 来る! 気をつけて!」


 小夜の声が死神とその遣いに向けて放たれる。中央区で感知に専念していた彼女であれば、気づいてもおかしくない。その切羽詰った声は、当然のように莉多にも聞こえていた。


 莉多は苦しそうな表情の中で、邪悪に笑う。


「もう遅いわ、小夜」


 そして、五区に広がったエネルギー線を起点に莫大な量の不幸因子が噴き上がった。五区すべてが黒い霧に包まれ、大都市の隅々まで行き渡る。


 莉多とカラスによる反逆が、始まった。





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