4-1 特例
メジロはあの世の管理側として生まれた。
どのようにして生まれたのかはわからなかった。気づいたときにはそこにいた。前世のことは記憶になかったが、誕生の瞬間から自分が死神であることを知っていた。
生まれてからすぐに、メジロは死神としての基礎的な教育を受けた。それは他の新米死神も同様だった。死神としての基本知識や心得を学び、死者の誘導方法や不幸因子の扱い方などを訓練した。
一年間の教育が終わり、正式に死神として働くことになった。
優秀だったメジロは、使役の死神に志願した。
メジロにはカラスという憧れの死神がいた。カラスは五百年前から死神として在り続けた大ベテランであり、遣いのシステムを生み出した功労者でもあった。人類の活動が活発になるにつれて激増した不幸因子の問題は、その方法が確立されることによって解決された。
カラスは死神としての位は低く、偉大な功績を立ててからも現場で働いていた。それでも、世界中の死神からは尊敬されていた。
メジロはカラスと同じ地区で働きたいと強く願っていた。
そしてその要望は叶えられ、メジロはカラスの居る日本の中枢都市に配属された。メジロの士気は最高潮に達した。
メジロは使命感に燃え、不幸因子の限界量が多い人間を探した。
そして、見つかったのが朝ヶ丘奈津という少女だった。不幸因子の漏出量の多い都市部では、五年間も吸引出来る人間の魂でさえ希少な存在だった。それが、朝ヶ丘奈津は十年も耐えられるほどの逸材だった。
死神が人間を殺すのは、寿命間近な者に限られていた。それも不幸因子の回収という目的があってこそのもので、いたずらに命を奪うのは禁止されていた。だが、五年前後の活動に耐えられる素質を持つ人間は稀なため、遣い候補を殺すことは特例として認められていた。
使役の死神は不幸因子の限界量が多い人間を殺し、遣いにしていた。
それはメジロも例外ではなかった。メジロは朝ヶ丘奈津を遣いにするため、不幸因子を操って自動車事故を意図的に起こし、彼女の命を奪った。
最高の素質を持つ少女を使いにしたメジロは、尊敬するカラスのもとで不幸因子の吸引に尽力した。
奈津はメジロの記憶から遣いのシステムについて知り、怒りを抑えきれなかった。
彼女は立ち上がり、その場でメジロと向かい合った。
「なにが新しい人生よ! なにが幸せな第二の人生よ! その口で、よくもそんなことが言えたね!」
静かな雨音のなかで、奈津の怒号が響き渡る。
奈津は真正面から睨み付けるが、メジロは下を向いて黙ったままだった。
「あんたがわたしを殺さなかったら、わたしは今頃、大学受験という大勝負を迎えてた! あんな掃き溜めから抜け出して、本当の意味で新しい人生を始められたのに! メジロは! それを潰したんだ!」
奈津は顔と顔が触れそうなほどの距離で、昂った感情をぶつける。
メジロは何も言えず、顔を横にそむけることしかできなかった。
「遣いの人たちは、みんな死神に殺されたってわけでしょ! そんなことも知らずに、やりがいを感じて偽物の幸福を味わってる。とんだ不幸少女だね!」
行き場を無くした奈津の怒りが、メジロの耳に突き刺さる。
その言葉は、今現在活躍している遣いの者たちを指している。それと同時に、かつての奈津に対して向けられたものでもあった。死神に殺されたことも知らずに、使命とやらを果たして充実感を得ていた自分が愚かに思えて仕方がなかった。
奈津が殺す勢いで吠えても、メジロは口を閉ざしたままだった。
「ねえ! なんとか言ったらどうなの!」
奈津はそう怒鳴った後、黙った。
発言を求められたメジロは、ゆっくりと顔を上げ、暗い目つきで奈津を見た。
「何も言うことはないよ。それが、ぼくたち死神がやってきたことだから。どんな言葉でも、ぼくには受け止めることしかできないよ」
死神らしくもない、弱々しい声だった。
「この……っ!」
メジロの言葉を聞き、奈津の感情は爆発しそうになった。
だが、そのとき、メジロの記憶が奈津の脳裏をよぎった。共に不幸因子を吸引していくうちに、メジロに罪の意識が生まれていったことを、今になって理解した。メジロは長い間、奈津を殺したことを申し訳なく思っていた。だから、時折暗い顔をしていたのだ。
メジロは遣いの制度に従っただけ。
そう思うと、怒りが急に冷めてきた。
「そう……か」
奈津は無表情になり、メジロから一歩下がった。
小さく息を吐き、メジロに背中を向ける。
「ちょっと頭冷やしてくる。しばらく一人にさせて」
「かまわないよ」
メジロが暗い声で返事をした直後、奈津は飛び上がってどこかへ去っていった。奈津の姿が消えるまで、メジロは彼女の黄緑色のマントを眺めていた。
残されたメジロは、雨の中一人で立っていた。
作業員や警察官が事故現場に駆け付ける。落下した看板とガラス破片の周囲が騒がしくなる。パトカーや作業車のランプが点滅し、非常事態であることを一般の人々に知らせている。
周りが人で溢れても、メジロを認識する者はいない。
事故現場の中心で、彼女はただ一人黒い空を見上げていた。




