2-4 難航
集会後に奈津とメジロは西区の拠点に戻り、四時間の休憩をとってから中央区に向かった。
自分の担当区域ではないため、細かな地形がわからない。そこで、まずは道路がどのように繋がっているのかを把握することにした。
鳥の姿になったメジロを肩に乗せ、奈津は中央区の上空を緩やかな速度で一周した。
中央区は大都市の中心という事もあり、高層ビルが乱立している。道路は広く、車や人の行き来が激しい。道路の繋がりは比較的単純だが、小道も多い。くまなく探索するには、西区以上に時間がかかりそうだった。
「とにかく、今日は探してみるしかないか」
奈津は面倒くさそうに息を吐き、街へと降りた。
地上から五メートルほどの高さで飛びながら、人々を注意深く見ていく。同時に不幸因子の感知能力も働かせながら、調査を進める。
不幸因子があればついでに吸引していき、その場所は夜の調査で注意すべきところだと頭の中に書き込む。不幸因子のあった場所は念入りに探したが、不審な人物もなく、霊穴も存在しなかった。
一通り調査したが、黒塊大量発生に繋がるものは見つからなかった。
その頃にはもう、空が暗くなり始めていた。
奈津は中央部に行き、高層ビルの屋上に足を着けた。
「しばらくはここで待機かな。いつものところじゃないから、ちょっと落ち着かないけど」
屋上の端に腰を下ろし、奈津は足を前後に揺らす。
メジロは鳥の姿のまま、奈津に話しかけた。
「今夜はどうやって探す? また感知か?」
「そうだね。方法を変えるとなんか気持ち悪いし。五区全部の調査が一通り終わるまでは、感知をメインにするよ」
奈津はそう言って目を閉じる。
あと少しで夜が訪れる。あの世のエネルギーが漏出を始める前に、感覚を研ぎ澄ませる。へその下まで空気を深く吸い込み、精神を集中。少しずつ、感じられる範囲が広がっていく。やがて、中央区の不幸因子の様子が手に取るようにわかった。
「中央部が少し怪しいね。あと、西と東もかなり出てきそうな予感がする。北と南はあまり出そうにない。昼間の不幸因子があった場所とほとんど一致してる」
続いて、他の遣いたちの動向を探った。
「小夜さんと結衣さんは西区の中央部で止まってる。葉月さんは東区、莉多さんは北区を飛び回ってる。葉月さんと莉多さんは昼からずっと飛んでるね。莉多さんなんか、五区を何周してるんだろう」
そう呟いた後、奈津は再び感知に集中した。
数分後、異変を感じ取った。
奈津は目を開けて立ち上がり、その方向を目視する。
夜になった。不幸因子が漏れ出し、この世に浮かび上がってくる。中央部、西部、東部が予想通りに濃い。そして、それらの不幸因子が南部に向けて一斉に動き出した。
「メジロいくよ!」
奈津はビルの屋上を南に向けて走り出した。
屋上の縁を全力で蹴り、きらびやかな街に向けて勢いよく飛び降りる。不幸因子の行き先に向けて一直線に飛んで行く。高層ビルの間を翔け抜け、少しずつ高度が下がり、視界に映る街が拡大されていく。
「あの不幸因子、いつもより遅い。これならすぐ追いつける!」
奈津は中央部からの不幸因子を標的に定める。
不幸因子の高度に合わせ、確実に狙っていく。昨日のように不幸因子が進行方向を変える可能性もある。一斉に吸い取るよりも、一つずつ対処していくほうがいい。同じ失敗を繰り返したら、今度こそ死人が出るかもしれない。
追跡を続け、奈津は目標の不幸因子に接近した。
不幸因子は細長いヘビのように空中を這い進んでいる。奈津はその黒い物体に両手を伸ばす。後ろから呑み込んでいくかのように、不幸因子を吸引する。しっぽから頭までをすべて吸い取り、一つ目の処理が完了した。
続いて東部からの不幸因子を先回りして吸引し、西部から移動していたエネルギーの集まりを平行に飛びながら吸い取った。
「ふう! これで終わり!」
奈津は空中で停止し、周囲の状況を確認した。
彼女は今、中央区の南部にいる。先ほどの吸引によって、中央区の不幸因子は全域で薄くなっていた。不幸因子による事故も起こっていない。
「さて、このあたりに怪しい人がいないか調査しないと」
奈津は大きく息を吐いて気分を切り替える。
彼女の肩に留まっていたメジロは、少し考えてから言葉を発した。
「最初に調べるのは、不幸因子の行き先だな。その次は、不幸因子の行き先と出発地点の中間あたり。念のため、北部も調べたほうがいいな。離れた所から操作しているかもしれない」
「うん、そうだね。じゃあ、もうちょっと南のほうに行ってみよう」
メジロの意見を採用し、奈津は不幸因子がたどり着くはずだった場所へ向かった。
だが、その途中、奈津は悪寒に襲われた。
「黒塊!? 中央区じゃない! どこ?」
奈津は急停止して周囲を見渡す。
南区にもそれらしい気配はない。悪寒は背後からではなく、両肩にのしかかるような感覚だった。となると、西区と東区か。
彼女が考えを巡らせていると、頭の中に声が送られてきた。
「西区で人型の黒塊が出た! アタシと小夜でなんとかするが注意してくれ!」
「東区も出たよお! 葉月だけじゃ無理い! 誰か助けてえ!」
結衣と葉月からだった。
続いて、莉多からの言葉が届いた。
「状況は把握したわ。西区は結衣と小夜で対処して頂戴。奈津、聞こえる?」
「は、はい!」
「奈津は調査を中断して、東区の救援に行って。その間、私はもしもの時に備えて中央区で待機しているから」
「わかりました!」
莉多からの指令を受け、奈津は東区に向かった。
高層ビルより高く上がり、そこから最高速で空を走っていく。
「クソ! なんでこんなときに!」
彼女は苛立ちを隠せなかった。
もう少しで何かを掴めるかもしれなかったのに邪魔された。黒塊出現のタイミングが最悪だった。あまりにも腹立たしくて、天高く昇った半月でさえも気に障った。
飛び立ってから数分で東区に突入する。
葉月と人型黒塊の戦闘が目に映った。ヒットアンドアウェイの戦法でじわじわとダメージを与えているのがわかる。だが、決定打には至っていない。葉月一人で撃破するにはまだ時間がかかりそうだ。やはり、彼女は戦闘向きではない。
「葉月さん! できるだけ遠くに離れて!」
奈津は高速で迫りながら大声で叫ぶ。
それを聞いた葉月は、黒塊に蹴りを入れてからその場を離脱した。
奈津のあまりの気迫に、葉月は返事をせず、すぐに行動を起こしていた。奈津が何をしようとしているのか、葉月は察していた。
葉月は奈津の進行方向の延長線上を最高速で飛んだ。
あっという間に葉月は遠ざかり、奈津は速度を緩めず黒塊に肉迫する。
「でえりゃああああああああああああああ!」
雄叫びを上げた奈津は、黒塊の腹部に肘を突き出した。
硬く強烈な打撃が黒塊を襲う。スピードの乗った肘打ちが直撃し、黒塊の体は大きく吹き飛ばされる。その遥か向こうには、葉月の姿があった。
「葉月さん! 今です!」
奈津の声を聞き、葉月は急停止。すばやく後ろを向き、飛んでくる人型黒塊に向けて全力で翔け出した。
黒塊と葉月の距離が一瞬で縮まる。葉月は体を丸め、タックルの体勢をとった。
高速と超速が衝突し、強大な衝撃が発生する。葉月の体はそれに耐える。黒塊は胸部の核が崩壊し、形状を保てなくなった。
不幸因子が爆発的に広がる。
勢い余った葉月はそのまま前に放り出され、黒い霧を抜けていった。
奈津は葉月のもとに翔け寄り、不安定な彼女の体を受け止めた。
「おつかれさまです。葉月さん」
「なっちゃんのおかげですぐに倒せたよ。ありがとー!」
奈津は微笑み、葉月は明るい表情を取り戻した。
それから、二人は黒塊の残した不幸因子を吸い取った。その頃には西区の黒塊も小夜と結衣の二人に撃破されていた。
黒塊が消えた後、莉多からの声が届く。
「二体とも撃破したわね。小夜、結衣、葉月、奈津、ご苦労様。少し休憩をとってから、調査に戻って頂戴。その間に、私は北区と南区の吸引に向かうわ」
莉多の話が終わる。
その直後、疲れが押し寄せてきた。
奈津は葉月と別れ、一番近いビルの屋上で休憩をとった。彼女が休憩している間、莉多は葉月と同じ程度の速さで空を翔け抜け、北区から南区までの不幸因子を吸引した。
二十分ほど休憩をとった後、奈津は南区の調査に戻った。
しかし、黒塊出現前に有益な情報を掴めると思った場所では、もう何も得ることができなかった。
調査は続けたものの、何もわからないまま二日目の夜が明けてしまった。




