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不幸少女と死神メジロ  作者: 武池 柾斗
第二章 不幸因子の行方
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2-3 一夜明けて

 事故の対処で溜まった疲労を回復するため、奈津とメジロは拠点で五分ほど休んだ。その後は事故現場の周辺を重点的に調査したが、不審な人物は見当たらなかった。


 次は不幸因子の通った道筋を探したが、東側からの経路にも西側からの経路にも怪しい人影はなかった。

 最後に西区全域を回ってみたものの、やはりこれといった成果を上げることはできなかった。


 西区を一周したところで、夜が明けた。

 奈津とメジロは拠点のビル屋上に戻った。


「結局、あの事故は自然的なものだったのかなぁ」


 屋上の端で朝日を浴びながら、奈津は眉をひそめた。

 少女の姿になったメジロは、屋上を歩き回りながら奈津に言葉を返す。


「わからない。ぼくたちの探している人物が、黒塊発生だけでなく事故も起こせる可能性だってあるわけだし」


「でも、あれだけのことができるなら、能力を使ってるときは目立つと思う。それでわたしたちに見つからないのは、不自然だよ」


「自然説をとるなら、それ以上考えても無駄だね。人為的なものだと仮定するなら、西区以外の場所から不幸因子を操作したと考えたほうがいい。多数の黒塊を生み出せる力があるなら、ぼくたちのことも見えているだろう。意図的にやっているなら、死神がいないところのほうが都合はいいでしょ」


 メジロの言葉を受け、奈津は昨夜のことを思い出す。


 不幸因子が動き出した当初、西区には奈津と莉多がいた。南区には小夜と結衣がいて、北区では葉月が調査中だった。このとき、死神がいないのは中央区と東区。


「犯人がいるとするなら、中央区か東区だった可能性が高い、か……」

「もちろん、目立つことなく能力を使えるなら、どこでもいいのだろうけど」

「もしそうだったら、よほど運が良くないと見つからないね……」


 奈津とメジロは頭を抱えた。


 本当に調査が必要なほどの異常事態なのだろうか。異常だったのは人型黒塊発生の夜だけで、状況はすでに改善しているのではないだろうか。現に、昨夜は黒塊が一体も出現しなかった。調査するだけ無駄なのではないだろうか。


 そういった思いが奈津の心に湧いてくる。

 彼女はそれを振り払うように頭を大きく揺らした。


「とにかく! 今日の集会でみんなの話を聞いてみよう! まだ一日目が終わっただけだし、焦ることはないよ!」


「そう、だね。ぼくたちだけで考えても仕方ない」


 奈津の前向きな言葉に、メジロも同調する。

 メジロは奈津の隣へ歩き、二人同時にビルから飛び降りて中央区の公園へ向かった。




 中央区の公園では、昨日と同じ時間に五組が集まった。


「それでは、集会を始めましょう。まずは報告から」


 莉多の号令で死神とその遣いたちは報告を始める。昨日に比べると緊張感はやや薄れ、死神は鳥の姿で参加していた。


 まずは葉月が手を大きく上げて話した。


「昨日は北区を探したけど、不幸因子を操れそうな人はいませんでしたー!」

「わかったわ。次は奈津、お願い」


 莉多に指名され、胸の中が跳ねたような気がした。

 奈津は平静を装って報告を始める。


「昨日は西区すべてを見回りましたが、不審な人物は見当たりませんでした。また、不幸因子の移動が同時に二か所起こり、一つは事故を起こす前に吸引しましたが、もう一つは二人の人間への侵入を許してしまいました。一人は自動車、もう一人は歩行者です。わたしたちが介入することで幸い死者は出ませんでしたが、自動車の単身事故により運転手が軽傷を負いました」


 奈津の報告を聞き、莉多は小さく数回頷いた。


「それは大変だったわね。でも、大惨事を防げてよかったわ。葉月と奈津の調査から、昨日の時点では西区と北区には不幸因子にかかわる人物がいる可能性は低そうね。西区の事故は自然的なものでしょう。今日は、葉月は東区、奈津は中央区を調査して頂戴」


「はーい!」

「わかりました」


 莉多の指示を受け、葉月は元気に返事をし、奈津ははっきりとした声で応えた。


「では、次は小夜と結衣。報告お願いね」


 莉多は霊穴調査組に顔を向け、彼女たちの言葉に耳を傾けた。


「南区で感知して、見つけたのは、六か所……東区との境界付近で一つ……中央区との境界付近で二つ……西区の境界付近で一つ……中央部で一つ……南の外れで一つ……」


「その全部が小さい穴で、不幸因子はほとんど漏れてなかったぜ。一応、塞いでおいたが、またどこかで開くかもしれねえ」


 二人の報告を聞き、莉多は微笑んだ。


「ありがとう。霊穴のほうも、決定的なものはまだ見つかっていないようね。不幸因子が大量に出てくるような霊穴があったら、すぐに知らせて頂戴。今日は、西区の調査をお願いね」


「わかった……」

「おうよ!」


 小夜と結衣が返事をし、場は少しの間沈黙した。

 莉多は四人を見渡し、柔らかな表情で口を開いた。


「現時点で、何か意見のある人はいるかしら? なにか引っかかることがあれば遠慮なく言って欲しいわ」


 その言葉に、莉多以外の四人は顔を見合わせた。


 奈津は五区すべての情報が出揃うまで現状について考えないようにしていたが、それは他の三人も同じようだった。情報不足の状態で考えても、出てくるのは調査に対する否定的な感情だった。その感情は調査の妨げになるから、あるだけ無駄だった。


 四人が無言のまま、十秒ほど経った。


「意見はないようね。でもまあ、私も今の段階では有益な考えが出てこないから、しょうがないわね」


 莉多は両方の手のひらを肩の高さで上に向け、力なく首を横に振った。


「では、今日の集会はこれで終わりにしましょう。昨日と同じく、不幸因子の吸引は私がやるわ。それじゃあ、解散」


 号令の直後、葉月、小夜、結衣の三人は一礼して飛び去った。


 奈津はすぐには飛ばず、それぞれの報告を忘れないうちに頭で整理した。やはり情報不足だ。考えるためには、最低でも五区すべての調査を一通り終えなければならない。


 大きく息を吐き、奈津は頭の力を抜いた。

 そこに、莉多が話しかけてきた。


「奈津、昨夜の対応は見事だったわ。どうしてあんなに早く動けたの?」


 その質問に、奈津は動揺を隠せなかった。


「ああ、そ、それですか。闇雲に探し回っても見つからなかったので、感知する方法に変えたんです。わたしでも集中すれば西区くらいはカバーできますから。決してサボってたわけじゃないですよ?」


「ふふ、何言ってるの。不幸因子の感知に集中するのも、立派な方法の一つよ。そのおかげで人命を救えたのだから、むしろ誇るべきだわ」


「そ、そうですね……えへへ、誇ります」


 奈津は胸を撫で下ろすとともに、照れくさそうに右手で頭をかいた。

 彼女の表情を見た莉多は、少し物憂げな表情を浮かべた。


「ごめんなさいね、奈津。人の調査なんて、可能性が低いうえに手間のかかることを任せてしまって」


「いえいえ、とんでもない。少しでも可能性があるなら、やるだけですよ。わたしに向いてるなら、いい役割じゃないですか」


 奈津は両手を胸の高さで振りながら、莉多を慰めようと言葉をかけた。


「そうね。そう言ってくれると嬉しいわ」


 莉多に、いつもの余裕のある笑みが戻った。


「奈津ならきっと、有益な情報を掴んでくれると信じているわ。……ごめんなさいね。疲れているのに呼び止めてしまって。早く拠点に戻って休憩しなさい。今夜も何があるかわからないから」


 莉多はそう言って、奈津から一歩退いた。

 奈津は軽く一礼をする。


「わかりました。それでは、失礼します」


 彼女はそう言って、西区の拠点に向けて飛び立った。


 遠くなっていく奈津の姿を、莉多はしばらく微笑んだまま見つめていた。





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