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不幸少女と死神メジロ  作者: 武池 柾斗
プロローグ
1/39

街を守る死者

 人の街は眠らなくなった。

 日が沈んで夜が訪れても、人が多数集まるこの街は光に溢れている。人工的な光が闇を消し去り、昼間のように明るい。

 これらの明かりが夜景というものを作り出す。暗闇に点在する灯りが特別な景色を生み出し、街は昼とは違う顔を見せるようになる。


 街が眠らないということは、人の活動時間が劇的に増加したことを示している。本来は活動を休止する時間帯にも動いていることへの代償は様々なものに現れている。睡眠不足、食の不充実、性交の機会の減少、根本的な欲望を満たせないことや人間関係等からくるストレスが着実に現代人を蝕んでいる。




 この眠らない大都会のとあるビルの屋上に二人の少女の姿があった。


 一人はセミロングの黒髪で目鼻立ちの良い顔をしている。服装は紺色のブレザーに、青を基調としたチェック柄のミニスカート。彼女が着ているのは高校の制服と思われる。そして、その上には黄緑色のマントを羽織っていた。


 もう一人はショートカットの深茶色の髪で、大きな目が特徴的。黄緑色のコートで身を包んでいる。


 二人とも平均的な身長だ。


「今日も夜景がきれいだね、メジロ」


 セミロングの少女は黒髪を揺らしながら呟いた。


「そうだね、ナツ。でも、昨日よりも不幸因子が濃くなっているとは思わないかい?」


 メジロと呼ばれた少女は落ち着いた声で言葉を返す。

 対照的に、もう一人のナツは興奮を隠しきれない様子だった。


「うん。かなり濃くなってる。昨日も吸収したはずなんだけどね。やっぱり、今日が日曜日の夜だからかな?」


 ナツはそう言って小さく笑う。


「どうしてそう思うの?」


 メジロは尋ね返す。


「だって、明日からまた学校か仕事だよ? 憂鬱にもなるって」

「そういえばそうだったね。ぼくたちには曜日なんて関係ないから忘れていたよ」


「わたしは死んだばっかりだから、まだ曜日感覚は残ってるよ」

「死んだばっかりって……もう一年経っているよ」


「うるさい、まだ一年だってば」


 二人の少女は互いに笑いながら軽口を叩き合った。

 お喋りばかりしていては話が進まない。メジロは咳払いをして雰囲気を強引に変えた。


「とにかく、明日の朝に不都合が生じないように、不幸因子を吸い尽くさないとね」

「任せて」


 黒髪の少女は不敵な笑みを浮かべながら、静かに深い呼吸を行う。

 わずかな静寂が過ぎ去り、彼女は両拳を握りしめた。


「朝ヶ丘奈津、これより不幸因子の吸引を開始します!」


 彼女は芯の通った声でそう宣言し、コンクリートの床を蹴ってビルの屋上から跳び上がった。

 奈津と同時にメジロも高く跳ぶ。


 その直後、黄緑色のコートの少女は鳥類のメジロへと姿を変えた。黄緑色の小さな体で、目の周囲には白の模様がある。小さくなったメジロはすぐさま奈津の右肩にとまった。


 それからすぐに、奈津は空中で体を前方に1回転半させ、頭を下に向けて急降下を始めた。


 ビルの窓から溢れた照明が縦に繋がり、途切れ、また繋がる。地面に向けてまっすぐと落ちていく奈津の視界は目まぐるしく変化していく。

 あと数メートルで地面に激突しようかというところで、彼女の体は方向を変えて前に飛行を始めた。アスファルトの道路すれすれのところで高度を上げ、昼間のように明るい街中を豪速で飛行していく。


 空中には黒いもやのようなものが漂っていたが、奈津が通り過ぎた後には姿を消していた。


「奈津、そろそろ不幸因子が近いぞ」


 建物を華麗にかわしながら飛行していく奈津の肩で、メジロが男のような低い声を発する。彼女の口調も変わっていた。


「おっけー」


 奈津は軽い調子でメジロに応えて、速度を上げた。

 彼女たちは電車の高架橋を潜り抜け、街の中心部にたどり着いた。そして、目の前に黒い霧のようなものが現れる。


「不幸因子、みーつけた!」


 奈津は口元を上げ、そのままの速度で黒い霧の中へと突入する。


 彼女が両手をかざすと、黒い霧がその手の中に急激な速さで音もなく吸い込まれていく。吸引力の強い掃除機でゴミを吸い込んでいくかのようだった。


 不幸因子の在り方はさまざまで、広範囲に薄く広がっているものや、ある一点に凝縮されているもの、風に吹かれるように移動しているものがあった。奈津はそれらを両手から残さず吸い尽くし、体内へと吸収していく。


 高速飛行のままビルの隙間を抜け、不幸因子めがけて急降下。幹線道路の自動車を華麗に躱し、行き交う歩行者のそばを翔け抜けていく。人々が奈津に気付く様子はない。


 彼女は地上付近に広がっていた黒い霧をすべて吸引した後、緩やかに上昇した。

 そこで、メジロと奈津は不幸因子が急速に移動しているのを発見した。


「まずい、死人が出るぞ!」


 メジロがそう忠告したと同時に、奈津は黒い霧を追い始めた。


 その不幸因子の移動は速く、奈津との距離は縮まらない。標的の不幸因子はある一点に集まっていく。その先には駅のホームでふらついている男の姿があった。

 足元はおぼつかなく、頬は不自然に赤く染まっている。緩んだ表情で、焦点は定まっていない。明らかに泥酔状態だ。


 そのスーツ姿の男に不幸因子が吸収されていく。

 黒い霧を体内に受けた男が、レールへ吸い込まれるように大きく揺れる。


 このままでは線路への転落は免れない。そして、不運なことに電車はすぐそこまで迫っていた。電車のブレーキ音がホームに響き渡る。このままでは間に合わない。


 奈津は限界まで速度を上げた。


 その男性に向けて一直線に飛んでいく。彼女は走行中の電車の前に差し掛かり、男性の体は線路に向けて倒れる。


 衝突寸前、奈津は男性の体を抱きかかえた。

 電車と奈津が紙一重で交差する。彼女の背中で電車が通り過ぎる。

 奈津は急激に速度を落としながら線路と並行に倒れた。


 少女は見事に事故を回避することができた。彼女は胸を撫で下ろし、一息ついた。

 ホームで倒れた男性を離し、彼に両手をかざした。


 男性の体から黒い霧が放出され、奈津の手に吸い込まれていく。数秒で不幸因子を吸い尽くした彼女は男性の安らかな寝顔を見て、胸を撫で下ろした。


 奈津は立ち上がり、体を空中に浮かせた。

 周囲の薄い不幸因子を吸引しながら駅のホームをくぐり抜け、彼女は再び夜の街へと翔け出していく。

 奈津とメジロはあらゆるところを飛び回り、黒い霧を吸収していった。彼女たちが不幸因子を吸い取ることで、事故と呼ばれる類の出来事が不思議と回避されていった。


 不幸因子の吸引が終盤に差し掛かった頃、メジロが異変に気付いた。


「奈津、まずいことになった」

「なに?」

「あれを見ろ。高濃度不幸因子体が出来始めている」


 メジロがくちばしで示した方向に奈津は目を向ける。

 そこには、周囲の不幸因子が集まって一つの塊になっていく光景があった。その塊は人体以上の体積を持つ黒い球体となり、もやのかかった触手を十三本生やし始めていた。


 この黒い塊が街に物理的な害を及ぼすのは明らかだった。

 だが、奈津はそれを目にし、嬉しそうに目を輝かせて獰猛な笑みを浮かべた。


「やった! 久しぶりの黒塊くろかい戦だ!」


 彼女がそう言って左の手のひらに右拳を合わせる。

 その一方でメジロは呆れたようにため息をついた。


「奈津、あんまり暴れすぎるなよ」

「わかってるよ。やりすぎると莉多りたさんとカラスさんに怒られるし」

「わかってるならいい」


 メジロは安堵したように言う。

 奈津は喜々とした表情のままで両手を離し、静寂の中で黒塊に視線を突き刺した。

 夜の風が奈津のマントを揺らしていく。

 そして、彼女は口を開いた。


「いくよ」


 その言葉の直後、奈津は急加速した。

 それと同時に高濃度不幸因子体の触手すべてが彼女に襲い掛かった。


 一本目から五本目の触手を最小限の動きで躱す。六本目と七本目が同時に襲ってくる。奈津は減速する。それらが彼女を挟み込もうと動き出した瞬間、奈津は再び加速した。触手同士がぶつかり合い、爆発するかのように不幸因子が漏れ出る。


 奈津は加速したばかりで、体勢がわずかに不安定だった。そこに八本目と九本目が彼女を狙ってきた。八本目は回避できたが、進行方向から突進してくる九本目を躱すほどの余裕はない。奈津は体を横にねじりながら、その触手を手刀で斬り裂いた。


 不幸因子が視界を塞ぐ。奈津は減速せず、もやから飛び出す。視界が開けたところで標的の中心めがけて突撃する。そこに最後の十本目と十一本目が彼女に向かってくる。このままでは衝突してしまう。しかし奈津はそのまま突っ込んでいく。


 奈津は大きく体をひねって二本の触手を躱し、そのまま最高速で中心に向けて翔け抜けた。彼女の後ろで触手同士が絡み合い、高濃度不幸因子体は攻撃手段を失う。奈津の拳が標的を捉えたのはその直後だった。


 彼女の体は黒塊の表面を突き破って内部に侵入する。それでも彼女は止まらず、その拳で反対側から突き抜けていった。


「ヒャッホー!」


 核となる部分を破壊され、奈津の歓声とともに高濃度不幸因子体は弾け飛んだ。

 大量の黒い霧が周囲に爆発的に広がる。

 不幸因子を浴びながらメジロが声を発した。


「はしゃぎすぎだ」

「ごめんごめん」


 奈津は軽い口調でそう言って、標的の残した不幸因子をその場ですべて吸引した。




 これで、周辺の不幸因子はすべて吸い尽くした。

 奈津とメジロは静かに飛翔を再開し、眼下に広がる街の様子を確認した。


 奈津はそのまま飛び続け、数時間前に飛び降りたビルの屋上に着地した。

 彼女は振り返り、街に体を向けてVサインを作る。


「今日もこの街の平和を守った!」


 誰に向けたモノでもないその声は、夜の街に消えていった。












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