さ吉のみやげ話 一輪の朝顔
さ吉と言う
旅の薬屋がいろいろな事件を目撃する物語です。
さ吉は旅の薬売りで、常連客の家を訪ねては、
置いている薬の使った分だけの代金をもらって、
古い薬を引き上げ、 新しい薬と交換して、全国を歩くのが仕事でした。
そんな、さ吉の楽しみは、
その土地の伝説、土地で起きた事件などを聞くことで、
話を聞いたお礼に、さ吉は別の土地の話をするので、どの常連客の家でも、
さ吉が来るのを心待ちにして待っていました。
そんな、さ吉の常連客の一人に、
江戸の八丁堀に住む同心、岡田弥八郎がいました。
三十俵二人ふ待と言う低い身分でしたが、
その仕事ぶりは真面目で、
情に厚くもろいために、
仏の弥八郎と呼ばれていました。
さ吉はひさしぶりに江戸の町へ来て、
弥八郎の家を訪ねようと、
裏口に立って、
「こんにちは、さ吉でございます。
薬の交換に来ました」と声をかけましたが返事がありません。
それで、もう一度声をかけると、
家の奥から
「お~い、庭先にいるから、こっちに来てくれ」と
弥八郎の声がしました。
いつもなら、弥八郎の一人娘の「しず」が出て来て、
さ吉の相手をするはずが出て来ないで、弥八郎に呼ばれたことを、
不思議に思いながら、さ吉は庭先に回りました。
すると、弥八郎が縁側で一人でお酒を呑んでいました。
「どうも弥八郎の旦那、
昼間からお酒なんて呑んで、
お嬢さんが見たら怒りますよ」と、冗談ぼかしに声をかけると、
「あいつなら、いねえよ。俺を置いて遠くへ行っちまったよ…」と言って、茶碗酒をグイッと開けました。
「はあ~、遠くへ行ったって?、
お嫁に行ったのですか?」
「………ふん、ちげえよ……死んじまったのさ…」
「これはどうも、知らないこととは言え、すいませんでした」
「なに、別に謝ることはねえよ。お前さんは、なにも知らなかったのだから、それより、ちょっと俺にしゃくをしてくれねぇか、?」
さ吉はどうしようか迷いましたが?、
普段、真面目で通っている弥八郎が、
昼間から酒を飲むと言うのは、
よほど寂しいからだろうなと思い、
決心して「じゃあ、少しつきあわしてもらいます」と答えました。
さ吉が縁側の隣りに座ると、
茶碗を差し出して、さ吉に酒をつぎながら言いました。
「悪りいな、お前さんの仕事の邪魔して…」
「いえ、別に構いませんよ。もう、お得意様はほとんど回りましたから…」
「そうかい、じゃあ、今日は、ゆっくり俺に付き合ってくれよ」「はい、それは構いませんが……
ところで、お嬢さんは、なんで亡くなったんですか?…」
「……かぜだよ…」
「かぜですか?」
「うん、去年の寒い冬の朝、
コンコン、軽い咳きをしてるから、
かぜでもひいているじゃあないのかって、聞いたら、だいじょうぶ心配しないでって答えるから、
俺はその言葉を信じて、役所へ出かけたんだ、しかし、夜になって帰ってみると、あいつ、家の中で倒れていて、額にてをやると高い熱で、俺は慌てて、医者を呼んで見せたが……間に合わなかったよ。呆気なく死んじまった。…
俺がもう少し、早く気がついてりゃ良かったんだがなぁ…
どうも、一人やもめはいけねぇぜ…」
弥八郎はさ吉についでもらったお酒を、 グイッと開けました。
さ吉は弥八郎の茶碗に酒をつぎながら言いました。
「それは気の毒なことで…しかしお嬢さんは、本当に良い娘さんでしたね。私が勝手口で、薬の交換に来ましたって言うと、いつも、明るい声で「は~い、さ吉さん、待ってたわよ」っと言って、
私をむかえてくれるんですよ。
そして、年頃の娘さんには珍しく、
いつも旦那のことばかり話してましたよ。
私がお嫁に行ったら、お父さんが一人になってしまうと、そればかり心配して……」
さ吉は、しみじみ懐かしいそうに話すと「へえ~、そいつぁ、初耳だぜ、
そうか、あいつがそんなことをね……年も十九だし、そろそろ、どっかに片付けなきゃといけねと思っていたのに……
好きな男の噂もしないで、俺の心配をしてたとはねえ……」
さ吉の茶碗に酒をついで
自分の酒をグイッと一気に飲み干すと
「おい、さ吉」
「はい」
「ちょっと、これを見くれないか?」そう言って、一枚の短冊をさ吉に渡しました。
「なんですか?これは?」
「まあ、詠んでみてくれ」
「はあ~?、
え~なになに、
(いかならん
あくる夜を
まつのとぼその
朝顔の花…」
「あいつが十四の時に書いた歌でな、
「あの小さな胸に、どんな色に花が咲くであろうと、次の朝を待つって」意味である朝、小さな朝顔のつぼみを見つけて短冊に書いた詠んだ歌なんだ、
それを俺たちに見せた時…あいつの母親これから、どんな娘に、成長するだろうと喜いでいた矢先に、母親は流行り病で死んじまってな…、俺がなんとか俺、一人で一人前の娘に育てたんだが…、自分で言うのも何だが……俺に似ないで、素直で優しい娘に育ったと思うよ…」そして、懐かしいそうに目を細めると、弥八郎はさ吉に言いました。
「俺はいつまでも、悲しんでられないと、
あいつの遺品を整理してたら、
偶然、小箱が見つけてな、
大切にしてたもんらしいし、
何だろうと思って開けてみたら、
中には、小さな包みがいっぱいならんであって、
一つ、一つに綺麗な文字で
「桃色」「空色」「しぼり」など書いてあり、
中身は朝顔のタネが入ってたんだよ。
俺はそれを見た瞬間、
もういけねぇ、
あいつが、このタネを巻いて、
朝顔が咲くのをどんなに、
心待ちにしていたんだろうなぁって思うと、
なんかこう、
胸が締めつけられるように痛くかなってなぁ……、
せめてこのタネを巻いて、
朝顔の花を咲かることで供養をしてやろうと、
庭先に埋めて、
水をやって世話をしたんだよ。
すると芽が出て、
弦を伸ばし、
今日、やっと一輪、花を咲かしたんだ……」
「それで、死んだお嬢さんを懐かしんで、
供養のために、
一人で、お酒を呑んでいたんですね…」弥八郎は黙って頷ずくと
「今日は、誰にも会わないで、一人で飲むつもりだったんだが?
お前さんの声を聞いたら、
なんかこう、
無性にいっしょに飲みたくなってな…」その時、
さ吉は、弥八郎が一回り小さく見えて、「わかりました。今日はとことん飲みましょう。
付き合いますよ」
と笑って答えました。
すると弥八郎は一言「済まねぇ、恩にきるよ」と答えると、二人はお酒を呑んで、
しずの思い出話に花を咲かていました。そして気がつくと、いつの間にか、
日が傾き、
空はあかね色になって、
辺りがオレンジ色に染まり、
黄昏時になっていました。
さ吉が何気なしに、 庭先の一輪の朝顔を見ると、
不思議なことに、
昼間のうちにしぼむはずの朝顔が、
いつまでも、綺麗な花を咲かしています。
そして、しばらくすると、
朝顔のそばに影のような物が浮かんできて、
さ吉は、
何だろうと見ていると、
それは、少しずつ形になって、
死んだはずのしずの姿に変わりました。 さ吉はびっくりして思わず
「お嬢さん」と叫びました。
すると何事だろうと振り向いた弥八郎も、
驚いた顔をして言いました。
「しず…しずじゃあねぇか…」
するとしずはにっこりと笑って言いました。「お父さん、綺麗な朝顔、ありがとう…」
「ああ…良いってことよ…」
「あと、お父さん…一人だからって、
お酒の飲み過ぎはダメよ…」
「わかってらぁ、そんなこと、お前に言われなくても…しかし、死んでまでも、お前は、
うるせーやつたなぁ……」
「ふふふ、強がり言って…
じゃあ…あたし…そろそろ行くね…体を気をつけて長生きしてね……お父さん……」
そう言うと、少しずつ薄くなって、
消えてゆきました。 弥八郎は庭先に下りて、
一輪だけ咲いた朝顔のそばによると、
「ばかやろ……俺を置いて、
先に死にやがって……おい、しず……来年も…、また、来いよ」とつぶやくと、愛おしいそうに見つめる弥八郎の姿を、 さ吉は黙って見ていました。
完




