金平糖
桜が咲いた。
もう、枯れてしまったと思っていた古い桜の木に。
満開の桜が、咲いた。
「...ほほぅ、珍しいこともあるものだ。こんな所で人間の小娘に会うとはな」
「...え?」
桜の木の幹に背を預け座り込み、せっかくの顔に切り傷をいくつも作った彼は、皮肉そうに赤い瞳で私を見上げる。
私は、そんな彼を黙って見下ろした。
「ここは吾の領域だ。人間など、もてなさん」
彼の着るボロボロの着流しが、さり気なく私と違う世界を生きている事を訴える。
今の時代、好んでボロボロの着流しを着る者はいないから。
彼は視線を落とすと、鬱陶しそうに背まである白髪を払い、だらだら流れる鼻血を手で拭う。
それを見た私は、咄嗟に制服のスカートから花柄のハンカチを出して、差し出した。
「なんの真似だ小娘。吾がそんな物...うぐっ」
受け取らないから、問答無用で彼の鼻血をハンカチで拭く。
ついでに、頬の血も拭く。額の血も拭く。口周りの血も拭く。
「拭くならもっと丁寧にしろ、小娘」
「我儘言わないの。血が固まってたからよ」
フンッと鼻息をたて、拗ねたのかそっぽを向く彼。
そんな彼の傷付いた顔を、無言で拭く私。
これが、多分、私と彼の初めての出会いだと思う。
○
幼い頃、私はありもしない事を口にして、よく周りの人を困らせていたらしい。
『お化け』とか『首なし人間』とか、聴いた人は不愉快に思うだろう。
私だって、それらが“見えていなかった”なら、不気味に思うし、不愉快だ。
でも私は“見える”から、別に気味が悪いとか、そんな事は思わない。逆に興味が湧く。
知らない物は知りたいと思う。
それに、私だけが見えるから、他人と違って彼等を認識出来るから。
見つけてあげたい。
そう思って、私は毎日逃げ出そうとする。
白い部屋の、消毒の臭いが鼻に付く、白いベッドの上から。
「おはよう水葉ちゃん。今日は良い天気だから、カーテンでも開けようか」
ナース服を着た若い女性が、消毒液付きのタオル片手に笑顔で話しかけてくる。
だから私も、笑顔で応えた。
「眩しいのは嫌いなの。カーテンは閉めておいて下さい」
「だめだめ。ちゃんと太陽の光を浴びないと。病気は治りません」
バッと無理矢理開けられたカーテン。
瞬間的に差し込む光に、眩しさに目を瞑る。
そして、ちょっぴり足元が軽くなった。
さっきまで居たはずの彼等が、太陽の光を恐れてベッドの下に隠れたのだ。
「でと、空気の入れ替えもしちゃいましょう」
彼等を見る事が出来ない看護師は、窓にへばり付いていた一反木綿などに目もくれず、私が横たわるベッドの周りをタオルで拭く。
一反木綿は強面で看護師を睨んでいるが、私がそれを看護師に伝える事はない。