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ゴースト  作者: 鏡完
ゴースト第一章
9/36

過去の陰影

母さんとの話の余韻が残っていた。


僕の手紙は少しでも家族の悲しい心を和らげることができたのだろうか・・・。


どうしても恵里奈の家に行く気になれなくて、恵里奈の家の近くにある大きな公園の駐車場に車を止め、ブランコを揺らしながら考えていた。


まだ若い木々の葉が、穏やかな暗がりを演出している。


明日は、僕の告別式だ。


とてもその時の家族の顔を見ることなんかできない。


その涙と悲しむ顔に耐え切れないに違いない。


それに、あからさまに他人に見える僕が行ったとしても、家族にとって何の支えにもならないだろうし、ただ僕自身がつらいだけだ。


なんとなく自分の責任から逃げるような真似だということは解っているけど、こればかりは・・・これだけは無理だ。


ふと、公園の木々がざわめいた。


風が出てきたようだ。


足元で恵里奈の身体を投影した影が出来たり消えたりしている。


見るとブランコ近くの照明がチカチカと点滅していた。


おそらく、蛍光灯の寿命が来ていたのだろう。


五月に入ったというのに、今は肌寒く感じた。


恵里奈の身体が風邪をひいてしまったらいけないので、仕方なく僕は恵里奈の自宅に戻ることにした。


公園に人影はなく、気が付くと僕一人だけがここにいるような気になってきた。


心にも寒気を感じて、急ぎ足で駐車場に向かう。


腕時計は午後八時五十分を指していた。


思ったよりも遅くなってしまった。


駐車場に止めた赤いBMWを見つけてそちらに向かおうと小走りし始めた時だった。


僕の前に、突然人影が躍り出てきた。


ガムのようなものをくちゃくちゃと噛む音が聞こえる。




「よう!こんばんわぁ、久しぶりだなぁ?ぁあ!?元気だったかぁ!?恵里奈ちゃんよ?」




身長は百八十を超えているだろう。


体格はおそらく筋肉質で、荒事に慣れている感じだった。


暴力的な声でこちらに話しかけてくる。


誰だこいつ・・・?恵里奈を知っている?




「ふん・・・まさか忘れてるわけじゃねえよな・・・?あれからまだ二年もたってねぇんだからよ?」




すみません・・・忘れてるどころか、中身が他人です。


一体どなたでしょうか?


ふざけている場合じゃないな、これはピンチだ。


どう考えても、こいつは友好的な奴じゃないだろう。


恵里奈の体格は、よくても百六十センチあるかないかだし、こんな細腕だ。


・・・これはまずい。


僕は、こんな時間に人気のない公園に来たことを後悔した。


すばやく周りを見渡したが、人気は無かった。





「なんだよ・・・せっかくお前の初めての男が、久しぶりに会いに来てやったてのに、挨拶も出来ねぇってのかぁ?あん!?」




・・・初めての男だと?


昔のリーゼント?の短くなったような髪型の男は、低い声でますます楽しげに、いやらしげに近づいてくる。


僕が何も言わないことをおびえていると思っているのだろうか?


・・・正解です。


結構こわい。


やばいだろ?これは・・・。


とにかくここは三十六計、逃げるが勝ちだろう。


僕は素早く振り返って走り始めた。


おお!木戸恵里奈。


鍛えているのか、非常に軽く走れるぞ。


それとも単に体重の問題だろうか?


今までの僕の体重はちょっと標準値オーバーだったからな?


これなら、あいつを離せるだろう・・・ん!?


公園の中央に向かって走っていると、道の両脇の木の陰から二人の男が姿を現した。


両手を横に広げて、進む道をふさぐように囲んでくる。


振り返ると、さっきの長身のリーゼントがすぐ後ろまで追ってきていた。




「へへへ・・・つれないねぇ~・・・いきなり逃げることはねえじゃねえか?・・・何もお前をイジメようってんじゃねえんだからよ?前みたいに楽しもうぜぇ?ただし、今度は暴れんなよ?いいかぁ~じゃねえと間違えて綺麗な顔や身体に傷が付いちゃうだろぅ~?」



男は右手で後ろのポケットから、折り畳みナイフを出した。


女一人に、男三人かよ?


おまけにナイフって・・・。


まいったな、誰か通り掛からないかな?


せめて、あの明りの下まで走ろう!


僕は迫ってきた男の腕を、体勢を崩さないようにかいくぐって、一番近い電灯の下まで走った。




「なに!?てめえ、待てこら!!」




待てと言われて待っているような獲物がいるかよ!筋肉バカ!


それにしても、素晴らしく走るの速いぞ?この身体!!


もしかして、このまま走り抜ければ、逃げ切れるかもしれない。


と思ったのもつかの間、進行方向からさらに二つの影が躍り出てきた。


一体何人いるんだ?こいつら・・・参ったな、万事休すだな・・・。


しかたなく、僕は足を止めて女の武器を使うことにした!


精一杯息を吸い込み、




「きゃあああああああああー!!!!!!!!!!!!!助けてぇえええええええええええええ!!!!!!げほっ!おえっ!」




しまった!!のどが!?


でも、かなり大きな叫び声が辺りに響いたはずだ。


誰かが聞いてくれていれば!


という僕の期待は裏切られ、後ろから肩口をつかまれた。


一瞬で身体を押さえつけられる。


精一杯腕に力を込めても、男の腕は外せなかった。


まずい・・・。


抑えられている内に、前の三人の男が追い付いてきてしまった。




「おめぇはよう~!どうしていつも反抗ばっかすっかなぁ~?おとなしくしてりゃあ、気持ちよくしてやるのによ?・・・おめぇら!そっちの茂みに連れて行け!それからぁ!おめぇとおめぇは周りを警戒してろや?なあ・・・こっちが終わったらおめぇらにも回してやっからよ?」


「わ、わかりました!」




二人は、男の指示に従って、走って行った。




「よおし!これで警備は万全だ。おい!お前!ビデオ回し始めろ!」


「わかりました」




・・・ビデオだと?



僕を羽交い絞めにしていない方の男が、黒いバックパックから小型のVTR機器を取り出した。




「まずは、このシーンからだ!いいか?ちゃんと顔を撮れよ?」


「お、おい!暴れんなよ!?」




僕を羽交い絞めしている男が騒ぐ。


かなりの力を込めて外そうとしているが、まったく外れない。


こいつら、結構荒事に慣れてるみたいだ。


治安維持国家日本でもこんなことが起こるんだな。


って、そんな悠長なこと言ってる場合じゃないだろ?


まずは冷静に状況確認だ。


上半身はしっかり固定されてはいるが、足は自由だ。


ビデオを回しているひょろ長い奴はともかく、大男の方を何とかしなければ、埒が明かないだろう。




「おいおい、恵里奈。観念しなよ~。じゃなきゃこの前みたいにヤッたあとで、病院送りじゃすまねぇぞぉ?この辺に深く土掘って埋めちまえば、お前はただの行方不明者だ。ちょうどおめぇの車もあるしよ?おめぇの車で遠くまでドライブに行って、崖から落としときゃ、足はつかねぇしな?・・・だからよ?仏様になりたくなかったら、静かにおとなしくしとけや!!そしたらおめぇに、もう一度女の喜びってもんを味あわせてやっからよ?」




こいつがさっき言ってた、初めての男って・・・まさかこいつら!?


・・・てめぇら、恵里奈に何をしやがったんだ!?


僕は人生において今まで、これほどの怒りを感じたことはなかったように思う。


怒りに反比例して、頭の中がどんどん冷静に、そして神経が研ぎ澄まされていくのがわかる。


大男はアメと鞭の駆け引きでもやっているつもりなのだろうが・・・今のは、単なる脅しだ。


この野郎・・・もう少し・・・もう二歩だけ近づいてこい。


そうしたら、てめぇの大事なモノを二度と使えないようにしてやる。


リーゼントは、ナイフを恵里奈の顔に向けてゆっくりと僕に近づいてくる。




「ほらほら、この顔・・・ちゃんと撮れよ。うまくすればこんだけの上物だ。バカみてぇに高く売れるぜ?・・・そうそう・・・恵里奈ちゃん、いい子だぜぇ?・・・そうやって大人しくふぐうっっ…!!!!!!」




決まった。


気持ちの悪い音と、その手ごたえが革靴の上からもわかった。


こいつ、こんな状況でエレクトしていやがった。


変態野郎が、そのまま泡吹いて寝てろ・・・その間に!


すかさず、返す足の勢いを利用押して後頭部で、羽交い絞め野郎を!!




「ぶぐわっっ!!」




よし、これも決まった。


ふん・・・馬鹿め、派手に鼻血吹いて倒れやがった。


ざまあみろ・・・。


残りはビデオ野郎だけだ。


距離はないけど、猛スピードで近づいて鳩尾に飛び蹴りをくれてやる。


服が裂けるける音がして、奴の持っていたカメラが吹き飛んだ。


間抜けな奴、蹴られる瞬間もカメラの撮影画面を覗いていやがった。


カメラマンは倒れたまま動かなくなった。


しまった、恵里奈のワンピースの裾から太ももくらいまでの縫い目が結構派手に裂けている。


さっきの服が破れた音はこれか!


このワンピース、恵里奈のお気に入りだったら悪い事してしまった。


でも、それは後で考えよう。


今は、撮影されたビデオを何とかしなければ。


落ちていたカメラを拾い上げて、一度、もう一度と地面に思い切りたたきつける。


カメラはあっけなく四散した。


でも中のハードディスクとSDカードが無事だと証拠が残ってしまう。


僕は一番大きな破片に目を付けて、中のSDカードを取り出した。


地面に落として、かかとで一撃をくれる。


・・・チ~ン!・・・SDカードご臨終です。


くそ・・・洒落にならないな・・・一昨日は俺がご臨終になったばかりだ。


後は本体のハードディスクか。


ん!!??




「いかした事してくれんじゃねーか!!ぇえ!?恵里奈よおおおお!!!」




しまった!


こいつまだ・・・動けたのか!?


リーゼントは、僕を後ろから腕ごと抱きしめるように抑え込んだ。


まずい・・・。


そのまま僕の足を攫って地面に倒す。




「一応人目につかないようにと思ってたんだけどよ!しょうがねえよな?ここでヤッてやるからよ!?へへへ・・・その前に悪い娘に少しお仕置きしなくちゃな!!」


馬乗りになったリーゼントの両目は完全に血走っていた。


奴は右腕を振り上げて、僕の顔にめがけて振り下ろす。


その拳は間一髪、左に思い切り頭を振った僕の右耳を軽くかすった。


残りの力は地面が受けることになる。




「ぐわーーーー!!・・・てっ、てめえぇぇっl!!!!」




自分の拳を抑えた奴は、暴れる僕の身体をものともせずに、体の重さだけで押さえつけている。




「この野郎・・・いてぇじゃねぇかよ!!よくもやりやがったなぁぁぁ!おい!!!」




・・・自爆しただけだろ?馬鹿が。


でも、今度は本当にやばかった。


肩までを奴の両ひざで抑えられて、左手で顎をつかまれた。


汚い手を恵里奈の顔から離してもらいたかったけど、そんな事を言ってる暇はない!


万事休すだ。


この身体から、離れれば僕は痛くはないだろうが、それでは恵里奈の顔が・・・いや!


名案だ!!


恵里奈の身体を離れてこいつの中に無理矢理入ってしまえばいい!!


実験前だが、やる価値はある。


危険でもあるが、恵里奈の身体に傷がつくよりは、はるかにましだ。


でも・・・こいつの中に入るのは嫌だな・・・僕が穢れてしまいそうだ。


そんな思いがほんの一瞬だけ頭をよぎったが、他に方法はない。


イチかバチかだ。


いけ!!!!



次の瞬間、僕の頭にあの時と同じ、フラッシュバックの洪水があふれ出した。


おぼろげに見える視界に、自分の拳が恵里奈に向かうのが見える。


止めるのは難しいから、とにかく起動修正だ!!




拳が地面に突き刺さると同時に、嫌な音がした。


しかも僕の右腕には激痛が走った。


あのフラッシュバックが完了し、僕は大男の身体で、意識を取り戻した。


うわぁ・・・アソコが強烈に痛い・・・思いっきり腫れてる感二百パーセントだ。


腕もだ・・・すごい激痛。


こいつ、よく耐えてるな・・・。


痛ってぇ・・・。


仕方なかったとはいえ、自爆してしまった。


右手を見ると拳はぐしゃぐしゃにつぶれて骨が出ていて、手首はあらぬ方向に曲がっている。


殴った地面を見れば、そこには血の付いた丸石が転がっていた。


こりゃあしばらく使い物にならないな、どっちも。


ぐったりとしている恵里奈の身体から、ゆっくりと起き上がり、痛くない方の左腕で恵里奈を担ぎ上げる。


おんぶだ。


恵里奈の柔らかいふくらみが、背中に当たり、小さく鼓動を刻んでいるのがわかった。


ちゃんと生きてるな・・・よかった。


痛みをこらえながら、カメラの破片を探して、噴水の中に放り投げる。


おお・・・左手なのにすげぇ力だ。


乾いた音をたてて噴水の支柱に当たったカメラはさらに細かく四散し、飛び散った破片は、大きな噴水の池に散らばって落ちた。


これで一安心。


と、思いきや偵察に出ていた二人が戻って来たみたいだ。


一生懸命走って来たみたいで、息を切らせている。




「大丈夫っすか?圭一さん!・・・げ、右手ぼろぼろじゃないですか?どうしたんすか?大丈夫っすか?」


「ああ・・・大丈夫だ。それよりお前らこっちコイや・・・手伝ってくれ・・・」




走ってきた二人を並ばせる。


恵里奈の身体をそっと芝生に寝かせてから、二人の所に戻り、まずは右にいる坊主頭のやつを左手で思い切り殴った。


そいつの身体は二メートル以上吹っ飛んで、動かなくなった。




「え?どどど、どうしたんですか圭い・・・ぶぎゃっ!!!!」




残ったつんつん頭の顔面を思い切り殴ると、近くにあった大木まで吹っ飛んだ。


背中からイッたみたいで、そいつも動かなくなった。


すごい怪力だ・・・。


もういないだろうな?仲間・・・はあ・・・はぁ・・・。


痛みで体力がどんどん消耗していくようだった。


まずいな。


まあ、死にはしないだろうけど、とにかく恵里奈の身体に戻ろう・・・今は。


そ、その前に。


俺は太い木の前まで行って、靴を脱いだ。


覚悟を決めて、その大きな素足で思い切り巨木を蹴った!


・・・二回!


・・・三回!!


・・・四回!!!


・・・五回!!!!


嫌な音がして、リーゼントの右膝が砕ける音がした。


ぐあぁぁぁあぁぁl!


くそぉ・・・死ぬほど痛い!!


そのあと、左手を敷石に本気で、何度も叩きつける。


うわ!!・・・くうぅぅぅ・・・目が回るくらい痛ぇぞ、くそ・・・。


僕は立ったまま、リーゼント野郎の身体から脱出した。


リーゼントの身体がどさりと音をたてて倒れる。


ふう、さすがにこれで奴が目を覚ましても追っては来れないだろう・・・。


水の中の世界を泳いで、恵里奈の身体に入る。


・・・ふう・・・まいった。


本当に危機一髪とはこの事だろう。


リーゼントが目を覚ます前に、早くここから立ち去らなければ。


僕は、軽くなった身体で車に向けて走った。


途中で、リーゼントらしき男の悲鳴が聞こえたが、無視だ。


あんな虫けら野郎は死んでもまだ生ぬるい。


女の子を。


こんな優しい女の子を。




あのクソ野郎の頭の中に記憶があった。




木戸恵里奈は、一昨年の冬、あの男とその仲間に暴行を加えられた挙句、凌辱されていた。








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