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ゴースト  作者: 鏡完
ゴースト第一章
6/36

木戸恵里奈って…

MRIの検査が始まるのを待つ間、僕は木戸恵里奈の日記を読むことにした。



~四月二十七日~

看護師になってから一か月。

あっという間に月日が経っていく。

学生の時とは大違い。


このままじゃ、あっという間におばあさんになっちゃうかもしれない。

そうそう、最近食事が偏ってるのかな。

疲れが抜けないときが多くなってる気がする。


まだ、夜勤がないからいいけど、生活がうまく循環できなくなってる気がする。

そういえば、勤め始めてから空手の練習もしてないし、体がなまってきてるのかな?


もう少し仕事に慣れてきたら、また練習しなくちゃね!





…空手?


結構アグレッシブな女の子なのかな…木戸恵里奈。


僕はコンパクトを取り出して、恵里奈の顔を映してみる。


うん。


かなりいい線行っている気がする。


最近のアイドルなんてのは全くわからないけど、このルックスなら十分すぎるくらい通用するんじゃないか?


鏡を見て惚れ惚れできるのは、とても幸せなことだ。


……待て待て、これは俺の顔じゃないんだぞ。


他人の顔だ。


しかも女の子の顔だ。


しかし、この顔で空手?


コンパクトをしまって、手を見てみたが、拳ダコなんてできてないぞ?


運動がてらに空手をやってたっていう感じなのかもしれないな。




「木戸さ~ん。MRI室までお越しくださ~い。木戸さ~ん。MRI室までお越しくださ~い」




…なんか、間延びした放送だな。


僕は呼ばれた通り、MRI室に入った。


時間はまだ午後二時半。


診察時間外にもかかわらず診てくれるとは、勤勉な病院なのだろうか、はたまた勤めている看護師だから優遇されているのかもしれない。


検査衣に着替えて、早速撮影に入る。


MRIは撮影時に、大きな音を伴うので技師から耳栓を渡された。


筒状の検査機械に入る時は、何となく閉塞感を感じるが、僕は閉所恐怖症ではないから特別問題はなかった。


何度か息を止める指示が来たので、言うとおりにする。


およそ三十分の撮影が終わり、僕は服を着替えて検査室を後にした。




「木戸さ~ん。外来第三診察室までお越しくださ~い。木戸さ~ん。外来第三診察室までお越しくださ~い」




間延びしたアナウンスは僕が検査室から出るのを見計らったかのように流れた。


さっきの診察室に戻る。




「恵里奈くん。大変残念な知らせなんですが…どうやら君はかなりの重傷のようです…」




…重症?そんなに悪いのか?


僕は自分でも顔が青ざめるのがわかった。




「あの…先生…」


「ダメじゃないですか…症状を隠していては私にも診断はできないんですから…」




…症状?


僕が木戸恵里奈の中に入っていることでしょうか?…




「この病気は、普通の医者では治せません。でも、私になら治せるかもしれませんね?」




昨日まで癌だった僕がまた病気?


全くついてない…ん?黒木医師なら治せるのか?




「先生になら治せるんですか!?」




黒木医師は、胸を張って僕を見た。


さすが、国立病院の診断医だ。


ただのスケベ医師ではなかった。


僕は治せると聞いて、かなりほっとした。


目の前の黒木医師が頼もしく見える。


そして黒木医師は両手を僕の方に差し出して…




「さあ!恵里奈くん!私の胸に飛び込んできてください!恋の病は草津の湯でも治せないと言いますが、君の私への思いは、きちんと受け止めてあげます。安心して私の元へ………あれ?どうしたんですか?まだ、診察は終わっていませんよ?恵里奈くん?ちょっと!?どこに行くんですか?まだ…☆▽〇×▲…!」




……付き合っていられるか…変態スケベ医師。


この病院はセクハラ天国なのか?


まだ背中で何か騒いでいる医師を無視して、後ろ手に診察室のドアを閉めた。


僕はそんなに暇じゃないんだ。


無駄な時間を使ってしまったじゃないか…全く…。




とにかく、まずは師長に検査結果の報告に行くのが先だな。


少し…というか、かなりイライラしながら歩いていると、柴田洋子と鉢合わせた。




「あ、検査結果どうだった?」


「うん、おかげさまで問題なしみたい」


「そっか…良かったね!」


「ありがとう洋子ちゃん」


「……」




柴田洋子はここでまた固まっていた。


一体なんなんだ?




「ね、ねぇ…本当に大丈夫?昨日からおかしいよやっぱり…」


「そ、そうかなぁ…」


「もしかして自覚症状無いわけ?」




…はい、あります。


有りすぎるくらいあります。


ははは…と苦笑いでごまかしていると、




「まるで普通の女の子みたいだよ?」




……へ?どういう意味?




「…とにかく、師長には報告に行ってきた方がいいよ?」


「うん、これから行くところ」


「そうだね。悩み事があるんなら、あたしに話してよね?力にはなれないかもしれないけど、話くらいは聞けるからさ?じゃあね!」




うーん…柴田洋子、仕事が忙しいみたいだな。


聞きたいことを聞けずに終わってしまった。


まるで普通の女の子じゃないみたいなことを言われていたけど、一体どんな女の子なんだ?木戸恵里奈。


僕は、ナースセンターまで歩くあいだに考えた。


確かに、僕は木戸恵里奈についてはほとんど何も知らない。


昨日会った…というか、むしろ幽体離脱しているときに見たと言ったほうが正しいくらいの間柄だ。


恵里奈の記憶には恵里奈自身の性格が刻まれていない。


当たり前だろうな…自分の性格なんて普段はあまり気にしないものだもんな…。


記憶に残るわけないか…。


日記には眠っている僕に本を読んでくれたらしいくだりが書いてあったけど、僕の記憶には全くない。


あ…でも、恵里奈の記憶には確かにあった。


思い出した。


彼女は僕のために一生懸命に読んでいた。


ヘンゼルとグレーテルの話。


声色まで変えて、まるで幼い子供に読むように丁寧に。


とってもいい子じゃないか!?


僕があと十五歳も若かったら本当に好きになってしまいそうな優しい娘じゃないか!?


そんな娘がなぜ普通の女の子じゃないんだ?


この一週間の彼女の記憶を思い返しても、日記を見ても、完全に女の子らしい女の子じゃないか?


僕と周りの、彼女に対する見解の違いは一体なんなのだろう?


結局考えがまとまらないまま、師長と対面することになってしまった。


検査結果を師長に伝えると、師長はにこやかに笑ってくれた。


良かった。


これで、明日から仕事再開だ。


とりあえず、木戸恵里奈の仕事はキープできそうだ。




「良かったですね?何事もなくて。でも、木戸さんには少しの間お休みを取っていただきます!」




……へ?そ、それはなぜに?




「なにを呆けた顔をしてるんです?あなたがこの仕事を精一杯頑張っているのは分かっています。でも、このままではあなた自身が擦り切れてしまうかもしれません。だから、少しの間休んでもらいます。ゆっくり休暇を取って、あなた自身を癒してきなさい。これは師長命令ですよ?」


「あ、あの、師長?」


「ははは…何も首にすると言っているわけではないのですよ?あなたはこの病院になくてはならない人材です。一か月くらいゆっくり静養して、リフレッシュしてから戻っていらっしゃいね?あなたがちゃんと復活するのを私は心待ちにしていますから」




くっそ…グーの音も出ない。


完璧にやり込められてしまった。


恐るべし、こ、これが師長の人間力か!!


今の師長の話では、彼女は完全に僕を…じゃなかった、木戸恵里奈を信頼していることになる。


しかし、今の僕の状態ではダメだと判断しているのだろう。


確かに僕の知識では看護師の仕事は無理かもしれないけどな。


何せ完全に医療業界に関しては素人だ。


母さんは看護師だったけど、僕は建築屋だったし。


…ん?待てよ?


これは、ある意味チャンスかもしれない。


今の僕に明日から看護師の仕事をしろと言っても、ルーチンワークすらこなせないのが実情だろう。


はっきり言って、何の仕事をすれば良いかなど皆目見当もつかない。


よ、よし。


このチャンスをうまく利用して、木戸恵里奈と自分の未来を何とかできるように頑張ろう。




「はい、師長。ありがとうございます。お言葉に甘えてそうさせていただきます。必ず戻ってきますから、待っていてくださると助かります」


「………はぁ…木戸さん、あなた、やっぱり相当重症だわねぇ?……ゆっくり休みなさいね?」




師長は盛大にため息をついて、憐みの目で僕を見ていた。


…みんなにはどんな娘に見えているんだろう?…木戸恵里奈は。


とりあえず、僕は明日から長期休暇になる。


その前に、ここ一週間の木戸恵里奈の記憶にある人物に挨拶くらいはしておこう。








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