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ゴースト  作者: 鏡完
ゴースト第二章
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遠い異国からの不思議なマーチ(行進曲)2

五月十五日(金)午前十時五十分。



二人部屋の病室内の人口密度はベッドの周りだけに於いて高く、その窓から見える外の景色は・・・雨である。


かろうじて男性より女性の人口が上回っているのが唯一の救いと言えば救いかもしれない。


八つの視線を受けて、僕はたじろいでいた。


正直なところ、冷や汗ものである。


とくに…。


とくにうら若く強烈な美貌を持つ木戸家の長女の視線が、僕の顔に容赦なく叩きつけられていた。




「私をだますなんて、ちょっとひどいんじゃない?・・・ねぇ・・・しかも、恵里奈になりすましてたってところがとおおっっっっても・・・許せないんじゃないの~?」




そういう明菜は、ベッドの上に横になったままの僕に馬乗りになり、僕の顎を左手でつかんだまま、血走った目で僕を見おろしている。


口元だけが三日月のように綺麗な曲線を描いているため、かろうじて笑顔に見えない事もないが、どちらかと言えばそれは、目の前の美味しそうな魂を大きな鎌で刈り取ろうとしている死神を彷彿とさせるものだった。


や、やややややややや・・・やばすぎる・・・。


突然の訪問者であるカイネ・ロッケンマイヤーなる女性は僕の素性を突然に、自然に、それこそ軽ぅ~くお茶飲み話をするかのように公表しやがったのだ。


ようするに、僕が幽霊ゴーストって事。


そして、さらにまずいのが、しばらくの間、恵里奈の中に僕がいた事が、明菜にばれることになってしまった事である。


…か、噛まれる…喰われる…憑り殺される……。




「悪いのは…このお目目ちゃんかしら~?」




恐ろしくも優しい声でそう言うと同時に、両目には明菜の右手の人差し指と中指がゆっくりと近づいてくる。


深紅のマニキュアで塗装された長い爪は、僕の光を奪おうとする血の刃となって迫ってきていた。




・・・ひい!!・・・。




「お止めなサイ。アキナ」


「なんでよ~!この人私の裸を勝手に見たんだよ?しかも恵里奈のまで・・・男の、いえ、人間の風上にも置けないわ!!せめてこの目を・・・」


「お姉ちゃん!!言っておくけど、勝手にお風呂に入ってきたのはお姉ちゃんなんだからね?あの時、浅倉さんは「ちょっと待って!」ってちゃんと言ってたじゃない?」




よ、よし、頑張れ恵里菜!僕は君の味方だ。


この恐ろしい死神を僕から引き剥がして下さい・・・お願いします!


そんな僕の無言の懇願など、女王様には微風程にも感じることはなかったらしく・・・。



「あんたねぇ~。なんでこんなのを庇ってるのよ~!」


「当たり前じゃない!わたしの命の恩人なんだから!それにお姉ちゃんの裸を見たのはその目じゃなくてわたしのこの目だし!!つぶすんならわたしの目をつぶさなきゃだよ!!」


「恵里奈!?そういう事じゃなくてねぇ!…私が言いたいのは…」

「アキナ!!いいからおやめ!!!!」



珍しく興奮した恵里奈が、僕の上に乗っている死神の手を引っ張ったところで、僕の目の恩人であるカイネ様の怒号が飛んだ。


あの明菜の血走った目はたぶん本気だったように思う。


あと何秒か遅かったら、僕の目は一生…うっ!…。


…あ…でもコレ三度笠の目だっけ……。


しかも僕はヤドカリだから、違う家に住み着けば、また目が見えるのかも知れないし…。


そんな僕の不埒ふらちな考えは伝わらずに済んだようで、明菜は渋々の態で僕の上から体を起こし、恵里奈に手を引っ張られながら椅子に座った。


でも、その顔にはまだ怒りの炎が揺らめいているようだ。


…ともかく、命ならぬ目を拾った僕は身体を起こして、カイネさんにちょこんと頭を下げた。


…って言うか、あんたがバラさなきゃこんなことにはならないんだろうが!!


心の中で叫ぶ僕ではあったけど、なんというか…そう…例えれば、彼女の誤ったドンケツにより、崖から落とされそうになったのを彼女自身に救われたような…そんな気がしないでもなかったから、言葉には出さなかった。


それからしばらくの間、彼女は事件の詳細を雨宮刑事から教えてもらっていた。


雨宮刑事のカイネさんに対する説明は、簡潔で淀みがなく徹底して客観的で一グラムの私心も入る事のない、わかりやすいものだった。


婚約者が巻き込まれた事件だというのに、極めて冷静に話をする。


僕は改めて雨宮刑事の頭の良さに驚かされていた。


カイネさんは質問をすることもなく、まるで知っている事実を確認しているかのように、ただ頷いて聞いている。


僕たちもこの事件についておさらいをする良いきっかけだったように思う。


一通りの話が終わると、カイネさんは僕と二人で話がしたいと要求してきた。


雨宮刑事は、何か異論が有るような顔をしたが、カイネさんが後であのアパートに顔を出すとの事で渋々納得したようだった。


カイネさんの指示で皆が病室を出ていく中、恵里菜だけが最後まで残ろうとしていた。




「エリナ。アナタも行きなさい。一人ひとりに話をすることが意味を持つ時もあるのデスヨ。アナタとも話すコトがありますから、後デネ?」




そう言って、カイネさんは恵里菜に優しい微笑みを向けていた。




「おばあさま…」




眉を幾分下げたようにした恵里菜は、一番最後に部屋を出て行った。


ドアが閉まるど、カイネさんは僕を怖いくらい見つめていた。




「アナタを巻き込んでシマッて申し訳なく思いマス」




そう言って、彼女はゆっくりと頭を下げた。




「いえいえ…そんなことないです。僕の方こそ、恵里菜さんには助けて頂きましたから。あの時恵里菜さんが身体を貸して下さらなかったら、僕はずっと後悔しなければならなかったと思いますから」


「そうデスカ…そう言ってクダサルのは、嬉しく思いますケドネ…アサクラさんは、ご自分の今の状況が、何が原因なのか解っていマスカ?」


「僕が、魂のまま生きていることを言ってらっしゃるのですか?」


「そうデス」




そう言われてみると今まで考えなかったけど、確かに変だ。


どうして僕は誰かに憑依することが出来るのだろうか?。


お化けみたいな『モノ』は昔から見ていたが、多少霊感みたいなものがあったとしても、人にとりつく事が出来る訳では無いと思うし、そんな事で簡単に魂だけで生きて行けるなら、この世は僕のような存在で溢れてしまう。




「アナタが今のような力を持ったのは、エリナの力が原因なのデス」


「え?」




カイネさんは、僕を悲しいような目で見つめながら言った。




「ワタシたちの一族には、時々特別な力が備わりマス。アキナには遺伝しなかったようですが、エリナにはソノ力が受け継がれたようデス」


「力…ですか?」


「ソウ…エリナにはシャーマン…アナタ方の言葉で言うところの呪術師の力がありマス」


「呪術師…ですか?」




呆気に取られる僕から視線を外すことも無く、カイネさんは話を続けた。


なぜ彼女が悲しいような眼差しで僕を見たのか…その理由はこの後、彼女の語った話で明らかになることだった。




「アナタハ、エリナの力によって永遠にも等しいタマシイを手にイレタことになりマス」



「…永遠の魂?」



「そうデス。永遠のタマシイとはこの世の誰もが欲するモノ…ですが、それを手にイレタ者には永遠の孤独と迷いが憑りつきマス」



「孤独と…迷い…」




僕はこの時点では面喰った状態のまま、彼女の言葉をおうむ返しにする事しかできなかった。


カイネさんは、悲しい表情を張り付けたまま僕を見続けた。




「永遠は長い…妻や恋人、子供や孫、愛スル人たちに瞬く間に置き去りにサレ、ツネニ自分ダケが生き残る。ソノ孤独に耐えるコトが出来る者は少ナイ。最後にはジンセイにゼツボウして自らのイノチを断つコトになるのデス」


「………」


「タマシイを断つコトは壮絶な苦しみを伴うコト…ソシテ魂を断つコトは輪廻の輪から外れ、二度と愛情を受けるコトも、また相手にかけるコトも出来ないコトナノです…エリナは自分の力に気付かず、知らずにアナタノ魂を変えてしまったのデス…どうしてかは判りませんが、彼女はアナタにどうしても死んでほしく無かったのでしょうネ…」


「……」


「孫を…どうか…エリナを許してやってクダサイネ…」




カイネさんの丹精な形の目から大きな粒の涙がこぼれ落ちた。


しかし、その本当の意味するところは、僕にはまだわからない事だった。








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