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ゴースト  作者: 鏡完
ゴースト第二章
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残酷な指揮者による前奏曲(プレリュード)2

五月十日(日)午後七時二十一分。



とっぷわきりと日が暮れた六畳の和室に、異常な緊張感が漂っていた。


雨宮刑事がどういう意味で僕にその質問を投げてよこしたのかが判断出来なかったのである。


彼は間違いなく切れ者だ。


小さな事から、僕の存在に気付くかも知れない。


だから下手なことは言えなかった。





「誰って…どういうことですか?」





相手の質問の意図が判らない時は、しっかりとそれを理解することが大事であると思う。


今のように隠しておきたい事が有る場合に於いては特にだ。


雨宮刑事は僕から視線を外さずにいる。


まさにロックオン状態である。




「昨夜、恵里菜さんと明菜さんから貴方を協力者として受け入れて欲しいと相談を受けました。明菜さんの強いご要望もあって、僕は賛同するしかありませんでした」




それは、恵里菜からも聞いていた事だ。




「そして、僕は昨夜失礼ながら、貴方について調査させて頂きましたが、その結果、今の貴方が三度笠直和人と同一人物とはとても思えないんです」




昨日の夜に提案を受けてから、丸一日も経たない内に三度笠の身辺調査を終えて、性格までわかっているという事なのだろうか…。


やはり、彼には気をつけなければならない。




「それは…」




ええ!あなたは正しいんです。


確かに僕は三度笠直和人と同一人物じゃないんです…。


…とは言えないから、僕は雨宮刑事の視線を恵里菜に振った。


ここは僕が自分で説明するよりも、第三者からの説明の方が説得力があるだろう。


すると恵里菜は少し戸惑っていたが、僕の心を汲み取ってくれたらしく、意を決したように言った。




「ええと…三度笠さんは、解離性同一性障害をお持ちなんです」


「「え?」」




雨宮刑事と、木下刑事は目を見張ると同時にお互いの顔を見合わせた。


そして、いち早く気を取り直した雨宮刑事が、恵里菜を見て頭を横に振る。




「…すみません恵里菜さん。それでは、僕は三度笠さんのご協力を認める訳には行きません…」


「え?…どうしてですか?」




鳩が豆鉄砲をくらう、とはまさにこの時の恵里菜の顔だろう。


でも、僕にとっては想定内の事だ。




「三度笠さんが、いつ違う人格になるか分からないからです」




その通りだ。




「失礼ながら、僕の調査でわかった第一人格…と言いましょうか…その三度笠直和人さんが出現したときには恵里菜さんにも、三度笠直和人さん本人にも危険が及びます。看護師をなさっている恵里菜さんは、もしかしたらご存知ではないでしょうか?」


「ええと……どういう事でしょうか?」


「恵里菜さん、いくつかの人格を持つ人は、ひとつの人格が表に出ているとき、他の人格には、その記憶が無い場合が多いんです」


「ええ、確かにそうです。ですが、あさ……三度笠さんのケースでは、記憶の共有化が確認されていますから…」




そう言って恵里菜は、僕に助けて欲しそうな視線を送ってきた。




「ええ、確かに僕には一週間くらい前からの記憶があります」




恵里菜は両手を握り締め、希望の詰まった瞳で雨宮刑事に視線を戻した。




「では、もう一人の三度笠さんが、今この時点で現状を認識しているでしょうか…」




淡々と、でも表情だけは柔らかいままで、雨宮刑事は恵里菜にではなく、僕に言った。




「いえ…それはわかりません…」




たぶん僕の中に、三度笠の意識は無いような気がするけど、確証は無い。


あると言ってしまえば、それでも良かったのだろうが、正直なところ僕の一番の目的は恵里菜とその家族を守る事であって、事件を解決する事ではない。


もちろん、解決できるならそれが一番だが、ここで無理に捜査の仲間に加わる必要もないのだ。




「それではやはり、三度笠さんにご協力頂く訳にはいかないと判断するしかありません」




雨宮刑事の言っている事が正論だろうな。


僕がもし雨宮刑事の立場だったら、同じことを言うと思う。


でも今回に関して、恵里菜は雨宮刑事に対して、そう言うしかないのも事実だから彼女にも非はない。


昼間、恵里菜から聞いた話で、こうなるであろう事は予想出来ていた。




「三度笠さん、すみません。貴方が恵里菜さんを守りたいと言う気持ちは解ります。ですが…」


「大丈夫ですよ、刑事さん。僕は僕なりに個人的に彼女たちを守りたいだけですから…。それに、調査の邪魔もしません。ただ、僕が個人的に恵里菜さん達とお会いするのは大丈夫ですか?」


「僕は恵里菜さん達に、普段と同じように生活をしてくださいと言いました。だから恵里菜さんが交際相手の方とお付き合いする分には全く問題ありません。しかし、三度笠さん、木戸奈津夫氏の交際相手だった方の件もありますし、貴方にも危険が及ぶかも知れませんよ?宜しいのですか?」


「いえいえ、僕は恵里菜さんの交際相手と言う訳じゃないですよ…でも、危険は覚悟の上です。それに、正直な事を言うと、この事件を解決する事に興味がある訳じゃない。恵里菜さんと、その家族が危険な目に遭わないようにしたいだけですから…」




雨宮刑事は少し笑ったようだった。




「そういう事でしたら、僕に貴方を止める権利はありません。但し、くれぐれも注意してください。あ、そうそうこの事件の事は、どうかご内密に…まだ首謀者については何もわかってないので、我々がこの事件を追っている事がわかってしまったら、それこそ主犯を逃がして、また多くの被害者を出してしまう可能性がありますから」


「分かりました。それはお約束致します」




恵里菜は、少しがっかりしたように俯いていた。


後で良く話し合っておかなければならないな。





その時、雨宮刑事の携帯電話が小さな音で短いメロディーを奏でた。


雨宮刑事は、表情を変えずに電話に出て、しばらくの間、相づちだけで報告を聞いていたが、電話の相手にすぐに戻ると言うと、部屋にいる僕たち三人を見た。


その目は真剣そのものだった。




「行方不明だった三人の女性が、発見されました」


「「無事だったんですか!?」」




僕と恵里菜の見事な二重奏ハーモニーは、しかし雨宮刑事の表情を変える事は無かった。




「拉致されたと見られる三人のうち、二人は意識障害を起こしたまま、海岸沿いを歩いているところを保護されました」


「よ、良かった!…あ、でも、あの…もう一人の女の子は?」


「もう一人…あの部屋で片腕を失った女性は…」




僕は自分の喉がゴクリと音をたてるのを聞いた。




「……彼女は、その保護された二人の女性によって殺害されたようです」










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