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ゴースト  作者: 鏡完
ゴースト第二章
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等価交換の夜曲(セレナーデ)2

男の拳には相当の怒りが込められていた。


僕の髪をかすめていく拳は間違いなく本気の拳だった。


目の前の男は、今の僕より少し身長こそ低いが、こういう事に慣れているのか、今までは、かろうじて顔には貰っていないだけで、彼の拳はガードした僕の両手の間をすり抜けて胸や腹を強打する。


時々蹴りも飛んでくるから、かなり要注意だった。


結構痛いぞ…これ…。


身体の持ち主が生んだ争い事が、無関係な中身の僕を巻き込んでいる。


そのうちに顔面にいいのを貰ってしまった。


そのまま倒れた僕は、思わず意識が飛びそうになったが、何とか耐える。


男は倒れた僕の背中や腹に蹴りの連打を浴びせた。


…ぐうううう…!!!。


僕は全身の筋肉に思い切り力を入れて耐える。


情けないことにやられっぱなしである。


今の身体の持ち主が、あの女の子に何をしたのか知らないけど、そろそろ限界だな…。


抵抗しない僕を、男はいいように蹴り飛ばしていたが、疲れたのか息を荒くしながら少し足を休めた。




「てめぇ、なんで抵抗しねぇんだよ…はぁっ…はぁっ…」


「あぅ…ててっ……き…記憶が…無いんだよ…」




くそ…話すのもつらいな…。




「あぁ!?…ハア…ハア…何だって?」




僕は身体を起こして、ゆっくりと立ち上がった。




「い…一週間前くらいの…記憶はあるけど…その前の…記憶がないんだ…」


「嘘つくんなら、もっとマシな嘘つけや…ハアっ…」


「そ…そうだよな…信じられないよな…僕だって、信じられないんだからな…」


「てめぇ…あれだけくらって、なんで立てるんだよ…」


「さあな…僕の身体に聞いてくれ…」




男は息を切らしながら、僕の顔をじっと見ていた。




「ほんとに…覚えてねぇのか…?」


「ああ…本当に覚えてない…あんたの事もな…」


「じゃあ、ちゃんとエリナに話してやれよ…あいつ、本当に辛そうだぜ…」


「わかった…。話してみるよ…」


「よし…ちょっと待ってろ…」




男はそう言って、裏口から店に戻った。


うわ…体中が痛いな…。


何とか骨折はしてないようだけど、まいったな…。


辺りを見回してみると、裏口の周りには背の低い雑木がたくさん生えていて、隣の脇道からもこっちの事は見えないようになっている。


誰も助けに来ない訳だ。


しばらくすると、裏口から女の子とさっきの男が出てきた。


女の子はあちこちが土に汚れた僕を見て驚いたようだった。




「…ほんとに覚えてないの…?」


「あぁ…ごめんな…本当にわからないんだよ…」




腰の筋肉を右手で押さえた僕は、その痛みにつっかえながら答えた。




「何かあったの?」


「いや、特に何もないよ…」




僕が憑りついただけでね…。




「そう…。ねぇ…なわと。…私のこと、思い出したら……また会ってくれる?」


「うん、きっとね…」


「わかった。待ってるから…ごめん…」




そう言って彼女は、男と一緒に裏口から店に戻って行った。


僕はあちこち痛む身体を引きずって、なんとか三度笠の家までたどり着いた。


帰る途中、店の表にあの男の姿はなく、違う男が立っていた。


すぐに呼び込みの仕事に戻れるテンションにはなれなかったのだろう…。


僕は汚れた服を洗濯機に放りこんで、もう一度冷たいシャワーを浴びた。


身体を拭いてから、ベッドに倒れ込む。


あぁ…もうだめだ…あちこち本当に痛すぎる。


もう、時計を見る元気もなかった。


泥のように眠るだけだった。





五月十日(日)午前六時二十二分。




僕は体中の痛みで目が覚めた。


服を脱いでみると、身体のあちこちにあざが出来ている。


それに、なんだか上半身が火照っている感じだ。


また、冷たいシャワーを浴びてこよう。


火照った上半身に、ひんやりとぬるいシャワーは心地よかった。


昨日の男を思い出すと、あの本気の目が印象的だったと思う。


きっと、彼はあのの事好きなんだろう。


だから、あんなに真剣だったんだと思う。


それが解るような気がして手を出せなかったんだ。


だから、怒れなかったんだと思う。


…でも痛い……くっ…!!。


この痛みの矛先はあいつに向けよう!。


思い知れ!小悪党の三度笠直和人よ!!


…今すぐじゃないけどな…。


身体はしばらく借りとくぞ…。


そんなことを考えていたら、遅くなってしまった。


一応、濃くもないひげを剃って、髪の毛をセットする。


あ…すごい…左目のところ、殴られた部分が結構青くなってるぞ…。


まあ、あれだけやられて、顔の傷やら何やらがこれだけなんだからまだよかった。


一応サングラスでもかけて行こう。


髪型は今までの三度笠の印象と変えるために、ワックスでオールバックにしてみる。


うん…なかなか悪くない。


元々顔は悪くない男だ。


背もでかいしな。


問題は中身だったんだと思う。


だから、恵里奈や明菜に蛇蝎だかつのように嫌われるんだ。


ちなみに僕も大嫌いだ。


でも、あのにはモテてたな…。


なぜだ?…訳がわからん…。


そんなことはともかく、僕は黒いジーンズを履き、黒いTシャツの上に七分丈の白いシャツを羽織って、財布や免許の準備をして少し早めに家を出た。


車のキーは昨日のズボンのポケットに入っていた。


記憶をたどって、家からほど近い立体駐車場に向かう。


記憶している番号をキー入力すると、重い機械的な音が鳴り始めた。


音が止まると、ブザーが鳴り車をしまってある両開きの自動ドアが開いた。


そこには、黒い外車が止まっていた。


…また左ハンドルか!!!!


僕は待っていた位置から反対側に移ってキーレスで鍵を開けて乗り込んだ。


鍵を回すと排気量の大きい車特有の、重々しいエンジン音が響いて来た。


おお!!なんかすごい…。


ナビの目的地を恵里奈の自宅の住所に設定して、オートマのシフトをドライブに変え、ゆっくりとアクセルを踏んで発進させる。


ここは一方通行の道だから、右折不可の標識が出ていた。


左にウインカーを出す。


…またか…ワイパーが動いてやがる…。


僕はこれがあるから、外車が嫌いなんだ。



恵里奈の家までは約四十五分。


今が八時だから、とりあえず朝食を摂っている時間くらいは余裕であるだろう。


僕はコンビニに寄って、おにぎりを二つとペットボトルのお茶を買った。


あ…このお茶…昨日雨宮刑事がくれたのと同じお茶だ…。


おにぎりを開けて頬張ると、顔が少し痛んだ。


そういえば、昨日から刑事さんたちの調査は進んでいるのだろうか?


国分寺っていう探偵は今頃何をしてるんだろう。


お!そうだ!今のうちに三度笠の会社に電話をしてしまおう!


…と、今日は日曜だから、会社は休みか…。


では社長に…。


と思ったところで、その社長から、電話が入った。


電話の受信名には園部孝明社長とある。


間違いない。


僕は電話に出た。




「はい…」


『おい!!三度笠!!何をやってるんだ!!!』




え?




『今日は七時から海生病院の理事長とゴルフだろう!!!今どこにいる!!??』




コンビニです…。




「ええと…すみませんが、何の事やら…」


『ばかもん!!!先方はもうとっくにご到着だぞ!!早く来い!!!』




えらい剣幕だな…。




「社長、すみませんが今日は体調が悪くて…いや…昨日の夜暴漢に襲われましてね…体中が…」

『そんなのどうでもいいから早く来い!!いいな!!!』




あ…言うだけ言って切りやがった。


俺し~らないっと…。


あ…でも一応メールだけでも送っとくか…。


ええと、園部・園部…っと…、あったこれだ。


『社長、すみません。今日のゴルフには行けなくなりました。それから、しばらく長期休暇を頂きますので、よろしくお願いします。では、ゴルフ頑張ってくださいね…』と、送信…。


…メールを送信しました。


よし!これでオッケー!!。


すると、また社長から電話だ。


早いな…もうメール読んだのか?…。




「はい…」

『ばかも~ん!!!!お前は何をやっとるんだ!!!!今日の接待がどれだけ…ピッ…ツー…ツー」




うるさい社長オヤジだ…切ってしまえ…。


そうそう、ウザい電話はもとから断たなきゃダメって言うしな…。


…お~ま~け~に着拒だ!…えいっ!




…指定した番号を着信拒否に設定しました




よし!完璧。


最悪の場合、やめるつもりの会社だ。


どうとでもなれ…。


天罰だよ…三度笠くん…ふふふ…。




また、電話が鳴った。


今度は恵里奈からだった。




「もしもし?」


『あ、朝倉さん?おはようございます。今日の予定大丈夫でしたか?」


「うん。大丈夫。今そっちに向かっているよ?」


『そうですか…良かった。昨日はありがとうございました。…あの…あとどれくらいで到着しますか?』


「ええと…このまま行けば、あと二十分はかからないと思うけど…大丈夫?予定よりだいぶ早いけど…」


『はい!その方が都合がいいので、助かります!』


「了解!じゃあ、このまま向かうよ」


『お待ちしてますね?それじゃあ…』




相変わらず可愛らしい声だった。


おっと、サングラスは…と、あった。


ダッシュボードからサングラスを取り出すと、僕はそれを掛けて車を発進させ、恵里奈の自宅に向かった。






恵里奈の自宅に着くと、彼女は外に出て待っていた。


僕が門の横に車を付けると、彼女はぺこりと頭を下げた。


門を出て、車のドアを開ける。




「おはようございます。一瞬誰だかわからなかったですよ?」




気のせいか、恵里奈が僕に敬語を使っていた。




「おはよう!そっか、そうだよね?僕も朝起きて鏡を見たら、自分が誰かわからなかったから…」


「あはは…浅倉さん面白い!」


「そう?…じゃあ車、出すよ?」


「はい!お願いします!」




そう言って、彼女はドアを閉めた。




「どこか行きたいところあるの?」


「いえ…特には無いんですけど…。あの浅倉さんはどこかあります?」


「そうだな……じゃあ、水族館でも行く?」


「あ!それ、いいですね?久しぶりです!水族館!」




山とか海よりも、人がたくさんいるところの方が、安心だしな…。


僕は、燃料計を確認して、都内のビルに入っている水族館をナビの目的地に設定した。


【実際の交通規制に従って、走行してください。目的地までは、およそ二時間三十五分です】






三台ほど離れて、しっかりと着いてきた黒い車は、木下さんのものだった。


道中、僕は恵里奈と色々と情報交換をしなければならなかった。


明菜の事、親父さんの事。


そして、自殺した藤沢加奈美さんの事。


親父さんは、さすがに気を落としていたらしいが、今日は明菜と一緒に通夜に出かけるとのことだった。


恵里奈も一緒でなくて良かったのかと訊ねると、昨夜、明菜と今後の事について相談したうえで、僕=『浅倉』を捜査の仲間に引き入れる事を決定したらしい。


明菜は雨宮刑事にも(もうそれこそ無理矢理)話を通して、恵里奈が『浅倉』を仲間に引き入れるための工作をする役目を仰せつかったらしい。


理由は、




「私は、まだ無理。…もうちょっと時間を置いて、あの顔に慣れないと無理だから…」




だそうだ。




「お姉ちゃんは人を見る目があるから…。浅倉さんはきっとお姉ちゃんの眼鏡にかなった人なんだと思いますよ?」




もちろん、僕が全面的に信用されたわけでは無く、三度笠に替わってしまったらという懸念もあるから、明菜は恵里奈にスタンガンを渡したとの事だった。




「浅倉さんが三度笠に替わったら、即行で使いなよ!?わかった!?」




…そう言っていたらしい…。




「百八十万ボルトまで出るんですって、これ…」




百八十万ボルトって…僕まで死ぬんじゃないだろうか…。


恵里奈がそう言って見せたのは昔のインスタントカメラくらいの大きさのものだった。


やはり恐るべし…木戸明菜。


恵里奈と一緒に居られる事は、彼女を守るという意味において、僕も安心できるから嬉しいのだが、万が一僕よりも三度笠の意識が強くなったりした時が恐ろしかった。


まあ、スタンガンがどれほど怖い物なのかは分からないのだが…。



ちょっと待て…僕はもう仲間になる気満々なのだから、恵里奈が今日一日を僕に費やす必要はないのではないだろうか…。


ま…いいか…。


たまには若くて可愛い女の子とのデートも嬉しいものだ。


自分が若い頃を思い出しながら、一緒に楽しむのもいい事だしな。


何より恵里奈自身が嬉しそうだし、ここは役得に徹するか!。


昨日あれだけ痛い思いをして、今日だってあちこち痛いけど、これで帳尻が合うな…。


悪いことがあればいい事もある。


やっぱり、世の中は等価交換の法則で動いているのだろう。




そんなこんなで、僕の方向音痴と、慣れない左ハンドルの頼りない運転でも、十一時には水族館に到着できた。


全くナビのおかげである。





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