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ゴースト  作者: 鏡完
ゴースト第二章
27/36

等価交換の夜曲(セレナーデ)1

五月九日(土)午後八時十七分。



恵里菜が落ち着いたあと、僕らはこの駅に向かった。


途中で木下刑事の車が止まっているのが見えたが、そのまま追い越した。


よしよし、彼はちゃんと警護してくれているな。


駅のロータリーは送り迎えの車でごった返していた。


ロータリーと言っても駅の大きさに比例して、小さなものだ。


十台もの車が入れ替わり立ち替わり回っていれば、混んでいるようにも見える。


僕達の乗った車も、その中の一台だ。




「あの…浅倉さん?」


「ん?なに?」




恵里奈は、後部座席から僕の母さんが渡してくれたあのバッグをとると、僕に差し出した。




「これ、お返ししておかないと…」


「…それは恵里奈ちゃんがもらったものだよ?」


「うん、おぼろげだけど覚えてる。浅倉さんのお母様が渡してくれたんだよね?」


「そう…だからそれは恵里奈ちゃんのものだよ」


「そんな…わたしは何もしていないんだし、これは…ダメだよ…貰う訳にはいかないよ…」




それから少しの間、譲り合いが続いたのだけど、恵里奈はかたくなに固辞こじし続け、結局僕が破ってしまったフォーマルの洋服代だけを何とか受け取ってくれた。


その後、僕たちはお互いの携帯番号と、メールアドレスを交換して僕は恵里奈の車から降りた。




「あの…浅倉さん?家に着いたら電話してもいいですか?」




開いた窓から恵里奈が僕に声を掛ける。




「もちろん!いつでも連絡していいよ?」


「ありがとう…じゃあ、気を付けてくださいね?」


「ああ。恵里奈ちゃんこそ気を付けて…。」




恵里奈は、頷いてゆっくりと車を発車させた。


赤い車の後を木下刑事の車がついていくのを確認して、僕は改札口に向かった。






三度笠の記憶を頼りに、僕は五つ目の駅に降り立った。


彼の高そうな皮財布には、壱万円札が二枚入っていた。


それと…こ、これはアッミックスのプラチナカード…?。


…たしか、入会時に何百万か掛かるカードじゃなかったっけ?。


生前(?)の僕が小さな事務所を開いて、何人かの社員に働いてもらっていたときに何度か封筒が届いていたのを思い出した。


そんな収入があるわけでもなかったので、とても入会する気にはなれなかったけど…結構、金持ちなのかな…三度笠…。


三度笠の自宅に向かう途中で、あちこちポケットを調べていると、胸の内ポケットに爬虫類の皮でできた名刺入れがあった。


…この名刺入れも、なんだか高そうだな…。


名刺入れの中には三度笠のものが何枚も入っている。


ええと…S&W医療機器株式会社…取締役…三度笠みどがさ 直和人なわと…。


『なおと』じゃなくて、『なわと』か…。


僕の中に三度笠の記憶がインプットされた時に、わかっていたことだけど一応確認する。


三度笠の自宅は、煌びやかに光るネオンが軒並みに並んでいる夜の繁華街の中にあった。


実際に外から見た感じは、飾り気のない鉄筋作りの小さな四角い三階建て。


二十年以上は経っている建物だった。


…うん…ここで間違いないな…。




「あぁ!!なわとくんだ!!」




…ん?


声のした方を振り返ると、そこには二十歳そこそこの女の子が立っていた。


少し癖のある、長い栗色の髪の毛を綺麗に結ってある可愛らしい女の子だ。


化粧はばっちりで、その異常に長い付けまつ毛は、まるで夜のお仕事をしている事を誇らしげに物語っているようだった。


う…誰だろう?全く知らないぞ?…。


三度笠の記憶にもない女の子だった。




「もう!なわとくん!先週お店に来てくれるって約束したじゃな~い!!なんで来てくれなかったの~?」




…その約束をしたのは僕じゃないです…。




「ええと…君…誰?」




いろんな出来事が起こる中で、いままでずっと恵里奈の振りをしてきた僕は、ここにきて少々疲れていた。


ここでまた三度笠の振りをするのも面倒だし、疲れそうなので、僕ははっきりと彼女に聞いてしまった。




「え?…あなた三度笠くん…だよね…?」




彼女はちょっと困ったような顔になった。


ちょうどいいや…人違いって事にしよう。




「ごめんね。たぶん人違いですよ。僕は君を知らないし」




そう言うと、彼女は僕の顔をまじまじと見つめた。




「あっははははは!!最っ高っ!!それって、新しい冗談のつもりぃ?」




…?。


彼女は本当におかしくて笑っているように見えた。




「だって!どこからどう見たってなわとくんじゃん?なんでとぼけてんのよ…ああ、おっかしい…」


「ごめん、本当にわからないんだ。申し訳ないけど、忙しいからこれで…」




なんだか面倒なことになりそうだから、僕はそう言って彼女に背中を向けた。




「ねぇ…なにそれ?…一回寝た女にはもう興味ナイってコト?じゃあなんで?…どうして……」




彼女はそこまで言って言葉を切った。


…?一度寝た?そんなの三度笠の記憶にもないぞ?


思わず僕はもう一度彼女を振り返った。


視線の先にいた彼女は、僕に背中を向けていた。




「あの…」


「もういい!…ごめんなさい。人違いでした!」




彼女はそう言って走り出し、振り向かずに行ってしまった。


…ま、いいや…。


…だって僕は本当に知らないし…。


まったく、一体なんなんだ?…。


一抹の罪悪感を感じながら、僕は家の鍵を開けた。


三度笠の部屋は、記憶にある通りだった。


一階はリビングとキッチン、トイレとバスルームがあり、二階は寝室と仕事部屋。


三階が倉庫と大きなウォークインクローゼットになっていた。


玄関のカギをかけてから、僕は各部屋を見て回る。


仕事部屋の机の上にはパソコンが置いてあるだけで、綺麗に片づけられているし、引き出しの中も整理整頓されていた。


三度笠、意外に几帳面なんだな…。


パソコンを立ち上げると、暗証番号の入力画面が出る。


記憶の中の番号を入力すると、いくつかのアイコンが並んでいる画面になった。


…しかし三度笠くん…暗証番号が『lovelynawatogogo123465』は無いだろう…。


君に男としての恥ずかしさとかは無いのか?…。


まあ…それはともかく、アイコンもきちんと整理されているようだ。


仕事の欄には会社の収支計算表や日々の営業管理、その他さまざまな事業に関するデータが入っていた。


収支計算表を開けてみると、莫大な数字が並んでいた。


その中に、取締役の年俸も記されている。


うお…こいつ、年間三千五百万も年俸をもらってやがる…。


すごい…。


僕はこの部屋の大きな本棚の下の扉に入っている小さな金庫を開けてみた。


暗証番号は分かっているからちょろいものだ。


金庫の中には七つもの銀行の通帳とこの家の権利書、そして会社の株式証券と封がされたままの壱万円札の束が三つ入っていた。


試しに通帳を開いてみると、それぞれに二千万円ずつの預金高がまるまる残っていた。


す…すごい…ええと七つの銀行に二千万円だから……まあいいや…人の金だし…。


パソコンの前に戻って、株式投資の欄を見てみると、いくつもの投資情報が一覧表にまとめてあった。


三度笠って、すごい奴だ…二十八歳でこれだけの資産があれば、もう仕事をしなくても暮らしてはいけるだろう。


親兄弟もいないのに、これだけの資産を一人で作ってたのか…。


こいつ、見た目通りのアホじゃないな…ちゃんと生きる努力もしている。


そう考えると、なんだか身体を借りているのが悪い気がしてきた。


でも、まあ、僕が生きる(?)ためには仕方がない。


彼には少しの間だけ、我慢してもらう事にしよう。


それにこれだけの資産と、それを作る能力があれば、僕が彼の人生を少しだけ、恵里奈達が安全になるまでの数か月か一年か、はたまた二年か…その期間を失ったとしても、そのあと彼が食べて行くのに困ることはないだろう。


…ん?。


…このマル秘欄って、ファイルはなんだ?


マウスをクリックしてみると、暗証番号のウインドウ画面が出る。


無駄だよ…三度笠くん。


なんと言っても、今の僕は君自身だからね…ふふふ…って…暗証番号…『erinaxx5filesetc』…えりな…えりなって恵里奈の事か?


急いで暗証番号を打ち込むと、画面が切り替わる。


…あ…。


そのファイルの中にあったのは、恵里奈や明菜をはじめ、いろんな女性の顔写真や、胸元、唇のアップの写真、挙句の果てにはスカートの中を盗撮したものだった。


さらにいくつかのファイルを開けてみると、入浴中の女性を盗撮したようなものや、トイレの中での盗撮動画など、どこで撮影されたものかはわからないが、それこそ大量の卑猥な画像や動画が記録されていた。


数百…いや、もっとあるぞ…。


もちろん、恵里奈や明菜のものもあり、二人を含めた幾人かの女性は、名前入りで個別ファイルされていた。




…ファイル削除…。


…選択したファイルを完全に消去しますか?


…Yes…。


…削除しました。



よし、天誅完了。



一応、外付けのハードディスクも確認する。


…やっぱりあった。


削除…開始だな…。


…削除しました。


任務完了…。



僕はさっきまでの三度笠に対する罪悪感を消し去ることに成功していた。


うん、日本の女性の為に、この男はいないほうがいい。


奴のことを実はすごい奴だと思っていた僕が間違っていた。


この身体、一生返さなくてもいいような気がする。


明菜が言っていたとおり、ずっと浅倉のままでいようかな…。


三度笠…男としての恥ってものを知ろうぜ?…『ハニーハニー』言いながら、破廉恥な真似をすると地獄に落ちるぞ?。


まあ、君に対する罪悪感を消してくれたことには感謝しておくよ。


それに、遠慮なく君の貯金も遣わせていただきます。


まあ、無駄遣いはしないけどな…。


警察に、証拠品をもって自首するよりはいいだろう?


僕はこれから彼に対して行う事になるであろう金品窃盗の言い訳を、脅迫という名のクリームで彼になすりつけておいて、パソコンをシャットダウンする。


そうだ、仕事に関しては、しばらく自宅謹慎だな。


明日、会社に連絡して、休暇願いを出すことにしよう。


いっそ退職でもいいかな…。


これは天罰でもあるのだよ、三度笠くん。


僕はシャワーを浴びて、髪と身体を洗った。


三度笠は、これも意外なことに、割と生意気なものを持っていた。


鏡を見ると、結構締まった体つきをしている。


う~ん、でもやっぱり男の身体は何となく気持ち悪いな…。


今まで恵里奈の美し過ぎる身体を借りていたから、余計にそう感じるのかも知れない。





さっぱりすると、本来は三度笠のものであるスマートフォンを確認する。


そこには恵里奈からの着信があった。


僕は、クローゼットにあった三度笠の服を着て、早速恵里奈の携帯に電話をかけてみた。




『…もしもし…』




恵里奈の声だった。




「あ、恵里奈ちゃん?今、電話してても大丈夫?」


『うん、大丈夫。今わたしの部屋だから…」


「ごめんねシャワーを浴びててさ…今出たところなんだ」


『ううん、わたしの方こそ忙しいのにごめんなさい…』


「大丈夫かい?」


『うん、なんか自分が半分こになっちゃったみたいに感じるけど…大丈夫。…浅倉さんの方は?大丈夫?』


「ははは…僕もこの身体に入っていろいろ気持ち悪いけど、大丈夫だから」




一応、三度笠の盗撮の事は黙っていよう。




『浅倉さん、明日の予定は何かあるのかな…』


「今のところは別にないけど…」




恵里奈は、まだどこか不安そうな話し方だった。




『あの、もし大丈夫だったら、明日また会えるかな…あの…もし、無理だったらいいんだけど…』


「大丈夫だよ。何時にどこに行けばいいのかな?」


『あの、ありがとう…それじゃあ…』




僕は恵里奈を、明日の午前十時に迎えに行くと約束した。


電話が終わると、僕は空腹を感じた。


そういえば、今日は何も…というより、三度笠の身体に入ってから口にしたものはハーブティだけだった。


この辺りは繁華街だし、何か食べさせてくれるところくらいあるだろう。


十時五十二分か…近所にラーメン屋くらいはあるだろう。


僕は、母のカバンを金庫にしまって、外に出た。


土曜の夜という事もあって、繁華街には様々な人が行きかっていた。


と言っても、この辺りは飲み屋や風俗店が立ち並んでいる。


不景気な事も理由なのだろうか、様々なそういったお店の前に客引きの男がいたり、飲食店の女の子が行き交う人に声を掛けている。




「あれ?三度笠さんじゃないですか?」




またか…。


でも今度はスーツ姿の男だ。


僕は片手をあげて通り過ぎようとした。




「あれ…つれないなぁ…三度笠さん…今日はウチに来てくれないんすか?エリナちゃん、待ってますよ?」




エリナ?…まさかな…。




「ああ、今日はまだご飯食べてないんだ、ちょっと疲れてるしね…また今度ね?」


「あれ?ホントだ、なんか元気ないっすね…。じゃあ、また来てくださいね?お疲れ様っす!」




男はぺこりと頭を下げた。


こういう時、男は楽でいい。


しつこくなく、適度に引いてくれる。


その時、その店の二件ほど先にある中華料理のお店のショーウインドウが目に入った。


『中華料理 白山』。


ふんふん…ニラもやし肉の味噌炒め定食六五〇円か…よし、ここにしよう。


僕は自動ドアを通って店内に入る。


店内は赤色で統一され、色々な形の中国風の布飾りが掛けられていて、見るからに中華料理屋という雰囲気を醸し出していた。


僕はカウンターに腰を掛けて、料理を注文する。




「あいよぉ~!ただいまぁ~!」




威勢のいい声が返ってきてから、十分もしないうちに料理が運ばれてきた。


僕はあつあつのニラもやし肉炒めを頬張って、お腹を満たした。


代金を払って、店を出る。


するとそこには、ドレスアップしたさっきの女の子が立っていた。


薄い紫色のドレスに着替えて、髪を結いあげた女の子の顔は明らかに怒っていた。




「ねぇ…どういうつもり?」




う…そう言われても、非常に困るんですけど…。




「たのしい?…こんなことして…楽しいの?…ねぇ…」




僕を睨むように見ている女の子の目が、みるみるうちに涙であふれる。




「何とか言ってよ!…ねぇ!」


「あの…申し訳ないけど、本当に何のことかわからないんだ…」


「ナニ言ってんのよ!ふざけないでよ!!バカにするのもいい加減にしてよ!!!」




うわ…困ったな…。


周りの人が見てるぞ…。


その時、さっきの呼び込みの男が走ってきて、道の端でそう泣き叫ぶ彼女をの肩を両手で押さえた。




「エリナさん、ちょっと落ち着いて。ここ、お店の前だから」




肩を揺さぶる女の子を優しくたしなめた男は、僕を見た。




「あの…三度笠さん、申し訳ないですけど、ちょっと一緒に来てもらえますか?」




その目には、真剣な何かがこもっていて、ちょっと断りづらい雰囲気があった。




「ちょっとだけでいいですから、お願いします」







泣き続けている女の子を支えながら、男は店の裏口から、店内の事務所に僕を案内した。


事務所は三メートル四方くらいの狭い場所だった。


小さな机に乗ったノート型パソコンと、簡易的な応接セットが置いてあるだけの簡素な事務所だ。




「あの、三度笠さん、これって一体どういう事なんですか?」


「あの…申し訳ないけど、僕には一体何の事だか…」


「ナニ言ってるのよ!人の気も知らないで!!」


「エリナさん、ちょっと…落ち着いてください。まずは話を聞きますから…」




エリナと呼ばれた女の子は、まだ落ち着かない様子だったが、それでも男にそう言われて、なんとか気を静めたらしい。


僕の事をにらんではいたけど…。




「この人…私の事をヤリ逃げして、捨てたんだよ…」




え…一体なんのことですか…?。


あ…そういえば、さっきもそんな事言ってたな…この…。




「ずっとお店で私の事好きだ好きだって言ってて、しつこいくらいに来てくれて…私も気を許したのが悪いんだろうけど…でも、あのあと一か月以上も連絡もしてくれなくて…今日だって久しぶりに会ったのに、まるで知らない人みたいに言われて…ねぇ…私、どうすればいいの?…ねぇ…あれだけ私を誘惑しといてさ…こっちが本気になったら一度だけ抱いて捨てるの?…ねぇ…なんとか言ってよ…」




…あの…ちょっと…。




「ほんとなんすか?三度笠さん…」




…ど、どうなんでしょう?…。




「ちょっと、俺と一緒に来てもらえませんかね?三度笠さん…」




「…え?どこに?」




「いいからぁ!ちょっとつら貸せって言ってんだよ!」




男は僕の襟元をつかんで、店の裏に連れて行く。


ちょっと待って…これはたぶん…まずい事になりそうです…。





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