協奏曲(コンチェルト)の準備
「国分寺君には、木下君と組んでいただいて、明菜さんと恵里奈さんの警護についていただきます」
「警護?」
明菜が少し驚いたように、訊き返す。
「そうです。明菜さん、あなたの予測通りなんです。恵里奈さんが襲われた事件と、お父さんの交際相手が亡くなった事件、この二つには関連性があります」
「…犯人の目星はついているんですか?」
「すみません、それはまだなんです。しかし…恵里奈さんがもたらしてくれた情報と、お父さんの交際相手を殺したことで、だいぶ絞れてきてはいます」
「父を知っていて、父を恨んでいる人…」
「そうですね…仰る通りです。ですが、それだけじゃないんです。恵里奈さん?マンションの三人の女の子の事はお姉さんに話しましたか?」
「いえ…まだです…」
そんな時間無かったしな…。
「それでは、そこから説明しましょう。国分寺君も木下君もよく聞いていてください。それから、明菜さんと恵里奈さん、ここからの話は非常に長くなります。そして、僕の主観と予測も踏まえてお話をしていきますが、耳を塞ぎたくなるような話も出てきます。いいですか?」
雨宮刑事は僕と明菜に念を押す。
僕たちは真剣にうなずいた。
雨宮刑事は例のマンションの惨殺死体の件と三人の女性の件を詳しく話した。
そして衝撃だったのは、最近の雨宮刑事の調査で分かった事だが、こういった誘拐事件が、およそ三年前からかなり頻繁に起こっているという事だった。
その数実に三十六件。
平均すれば、ひと月に一度は起こっている計算になる。
被害者の人数は判っているだけでも七十二人に及び、誘拐されたのはすべて若い女性だという事だった。
現場には彼女たちの切断された腕や足が残されていることも多く、時には被害者の遺体が残されていることもあったらしい。
雨宮刑事が言っていた通り、胸が悪くなるような事件だ。
「しかも、この事件の被害者の女性たちは皆、妙齢でスタイルが良く『一般的に見て綺麗、あるいは可愛いとされる女性たち』です」
「そりゃあ…まずいだろ~雨宮ちゃ~ん。三年間で七十二人もの美女が居なくなっちゃったら、日本は大損害じゃない…」
そうだ、大損害だ…。
じゃなかった、それは大問題である。
恵里奈はもちろん、明菜もかなりの確率で危ないということになる。
さらに、今後もそんなことが続くようなら、数年先には蓮葉とっても甚だ危険だ。
他人事じゃなかった。
「女性たちを攫った犯人の目的って何なのですか?」
「それもまだわかってはいません、この捜査二課という部署なんですが、正式には、まだ先週の水曜日から始動したばかりなんです」
「じゃあ本当にこれから捜査に入る感じな訳ね?」
明菜が呆れたように肩をすくめた。
「そうです。すみません、僕がこの事件に気づいたのが、実はごく最近の話なんです」
雨宮刑事の話によると、当時彼は麻薬捜査の囮捜査官を務めていたらしい。
二年越しに渡る潜入捜査の結果、麻薬カルテルはその頭である菱蠣組いう麻薬組織兼暴力団の上層部を逮捕する事で一旦の解決を見た。
その捜査の終盤に、一人の女性が保護された事が、この事件を捜査するきっかけになったと言う事だった。
日本海側のとある漁港で、押収された麻薬と一緒にS国に密輸されるところだった女性はぎりぎりのところで、麻薬取締局に保護された。
彼女の体は既に麻薬に侵されてはいたが、なんとか治療の甲斐あって一旦は回復し、雨宮刑事が彼女の証言を取る事になり、その時に妙な話を聞いた事が、この一連の事件発覚に繋がったのだった。
「彼女は友人と二人で一緒にいたところをマスクをつけた複数の男に拉致され、麻薬を投与されてマンションに監禁されていました。その間、男たちに暴行を受けるような事も無く、食事も少量ではあったようですが与えられたそうです」
「雨宮ちゃ~ん、オレ頭悪いからさ~、核心を教えてくれないかなぁ…?」
「そうですね…。彼女はS国内に商品として売買されるために誘拐されたんです」
「人身売買!?」
明菜が身を乗り出した。
その目には怒りの色がありありと浮かんでいる。
「彼女は、監禁されている間、暴行を受けなかったかわりに女性器の検査をされたそうです。恐らくは処女膜の検査だと思われます」
「なるほどねぇ~…手付かずの女の子なら高値が付くって事だね?雨宮ちゃん」
「ご名答です。国分寺くん」
胸が悪くなる話だ…。
「一緒にいた友人の女の子は、どうしたんですか?」
僕は気になったことを訊ねた。
「その友人は、拉致された一カ月後に彼女の自宅近くの空き家で首を吊って死んでいるのを空き家の持ち主に発見されました。死後、約一カ月でしたから、拉致されたあと、すぐに解放されて自殺したか、自殺に見せかけて殺されたようです」
「殺されたに決まってるわ!」
「僕も始めはそう思いました、明菜さん。この話にはまだ続きがあります。実は僕達が保護して助かった女性も拉致されて二週間後、自宅の自室で手首を切って、自殺しているんです。その時は自宅の一階に母親もいたと言うのに」
「そんな…!じゃあ、彼女たちは薬物か何かで…?」
「それも調べましたが司法解剖の結果、彼女達の身体からは残留した麻薬成分以外は検出されていません。それは、彼女が監禁されている時に投与されたのが残留していたものです。恐らく彼女たちの自殺とは無関係だと推測されます。この辺でまず、この連続誘拐事件の概要から説明します」
雨宮刑事の話を簡単に説明すると、現在日本人の行方不明者の数はここ数年間の記録で、年間約八万~10万人とちょっとだそうだ。
そのうち、九十一,七パーセントの行方不明者が何らかの形で発見、または帰宅している。
その中で原因が判らずに行方不明になっている人数は役十五パーセント。
行方不明者を八万人として計算すると、一万一千と四人になる。
これを若い妙齢の女性の失踪率の割合に掛けると六百五十二人に上る。
実に一年間で六百五十二人もの若い女性が日本から消えていることになる。
雨宮刑事は、まず試しに行方不明者の届け出がなされた時間別に調査を始めたらしい。
そして時間別の届け出を、十代後半から二十代中盤の女性のもので絞ってみると、地域と時間で、ほぼ重なるものが、定期的に出ている事がわかったのだ。
それはつまり、同地域の妙齢の美人さんが数人まとめて消えているという事件が一か月毎に、また違う地域で起きているという事だった。
そして、さらに奇妙に関連してくるのが、その行方不明事件の周りで必ず原因不明の自殺者が出ていることだった。
「つまり、今回は…加奈美さんってことね?…」
明菜がつぶやいた。
「はい、加奈美さんで今回は二人目になります」
「二人目?」
「そうです。実は一昨日の晩に、戸田の共犯者である十七歳の未成年、矢立耕太が自ら舌を噛み切って自殺しました」
「舌を…噛んで…」
「そうなんです。そして実は、この矢立耕太こそが、今回の恵里奈さん襲撃事件の主犯である可能性が濃厚になっています」
「そんな!……たかが十七歳の男の子にそんなことが出来るのでしょうか?」
「ええ。不可解です、でも今回の襲撃犯たちは個別の尋問で、口を揃えて答えました。計画したのも、恵里奈さんの事を他の四人に伝えたのも矢立耕太だと自供しています。それも矢立が自殺する前にです」
それは、死んだ矢立に一番の罪をなすりつけた訳ではないという事だった。
「あの…五人はどうやって知り合ったのでしょうか?」
「それも調べがついています。矢立が四人に対して一人二百万ずつの金を渡していました。四人はそれぞれが全く面識もなく、矢立耕太と彼から受け取った金が唯一のつながりです」
「その、矢立って一体どういう子なんですか?」
「はい、矢立耕太はそれまでごく普通の高校生でした。ごく一般の家庭に生まれ育ち、特に今まで非行に走ることもない、ごくごく一般の高校生です。ちなみに、戸田圭一が出所する前の日まで、矢立耕太は真面目に高校に通っていました。そんな彼が到底用意できるはずもない八百万という大金の出所も今は分かっていません」
「つまり、矢立耕太は突然どこからか用意した金を持って三人の未成年を仲間に引き入れ、さらに戸田に声を掛けて私を襲わせた?」
「かなり無理がアルんじゃな~い?雨宮ちゃん、ちゃんと裏が取れてんの?その情報…」
「ええ…事実関係はすべて裏が取れています。そして実は、戸田圭一は恵里奈ちゃんの顔を全く覚えていなかったようなんです」
「え?だって戸田は、私を見てすぐに名前を呼びましたよ?」
「はい一年半前、恵里奈さんを襲った戸田圭一は、公園でたまたま見かけたあなたを襲いました。そしてナイフであなたを脅して暗がりで…。だから、恵里奈さんの顔など覚えていなかったのでしょう…そして、状況を考えると、戸田圭一があなたの名前など知っているはずがないんです。今回、現場の公園であなたを恵里奈さんだと特定したのは、実は自殺した矢立耕太なんです」
「なぜその子は私を?」
「矢立には恵里奈さんを襲う動機も、誘拐した女性たちを売買するルートもありません。しかも一昨日の夜既に死んでいて、そして昨夜、木戸奈津夫さんの交際していた藤沢加奈美さんが自殺して亡くなっています。藤沢さんは、亡くなる前にお父さんを中傷するようなメールを残していましたが、お父さんには当時のアリバイがあります。つまり、お二人の父親を恨んでいる誰かの犯行ということになるんですが…」
「父の周りにそういう人物が見当たらない…」
「そういう事です明菜さん」
「まだ調べが足りないんじゃないの~?雨宮ちゃん?」
「ええ、その可能性は多々あると思います。現在も引き続き調査を続けていますから、今後何かわかるかもしれません。今のところはこんな感じです」
「お金を持っていて、人身売買に通じていて、お父さんを憎んでいる人?」
「私が知っている限り、そんな人物は周りにいないわ?」
「もちろん、犯人が一人とは限りません。僕も複数犯の線で調査を進めています。犯人の中の一人がお父さんを憎んでいることは十分考えられますからね?」
「たしかにそうだわね…」
「でも、お二人はあまり目立った行動を起こさないようにしてください。普段通りに行動していただくのが一番です」
「で…でも!」
「今の時点であまり騒ぎを大きくすると、犯人は逃げてしまうかもしれません。そうしたらお手上げです。犯人の狙っている地域が変われば、捜査は難航します。そしてほとぼりが冷めた頃、また木戸家を狙われたら、今度こそあなた達ご家族をお守りすることが出来なくなるでしょう…こんなことを申し上げるのは心苦しいのですが、犯人があなた達家族を狙っている今が、一番のチャンスなんです」
「つまり、私達家族に囮役になれと言う事ですか?」
「すみません、今考えられる限りにおいて、これがこの一連の事件を解決する事と、あなた達ご家族を守る事の出来る唯一の方法なんです…」
雨宮刑事は、後頭部を掻いて気まずそうに言った。
そして、僕が明菜の顔を見ると、彼女は真剣な眼差しで僕に頷いた。
僕も頷き返す。
「この話、父には話しても構いませんよね?」
「それを断る理由はありません。巻き込んでしまって申し訳ありませんが、ご家族皆さんにご協力いただく他に手はありませんから…本当にすみません…」
「雨宮刑事…こちらこそよろしくお願いします。私達家族は喜んでご協力させていただきます!」
僕たち姉妹(?)はタイミングを合わせて、雨宮刑事に頭を下げた。
「いえ、そんな…やめてください…お願いしているのはこちらなんですから…」
「いいねぇ~お嬢ちゃんたち…気に入ったねぇ~!雨宮ちゃん、なんかボクもやる気が出てきちゃったじゃない?ちゃんと協力するからさぁ、こっちも弾んでよねぇ~?」
大きな体で雨宮刑事にすり寄った国分寺義正は、あからさまに迷惑そうな雨宮刑事に対して、皮肉そうに笑いながら指で『銭銭マーク』を作っていた。
「自分も微力ながら精一杯やらせていただきます!」
こんにちは。
第24部「協奏曲の準備」をお届けします。
今回は非常に厳しい脳内活動になりました。
どうすれば、スムーズにわかりやすく説明できるのかで3回ほど改稿した次第です…すみません。
それでもこんな出来なのかと怒っていただいて構いません。
判りづらい点や読みにくい文章等ありましたら、どしどし叱ってやってくださいね…m(>_<)mホロホロ…
鏡完




