戦女神の回旋曲(ロンド)
五月九日(土)午前八時二十七分。
インターホンのモニターに玄関先で立っている宇津見美佐香の姿が映っている。
その手にはたくさんの買い物袋が提げられていて、見るからに重たそうな様子だった。
「お早う御座いますお嬢様!本日も宜しくお願いしますね?」
僕がドアを開けてあげると、朝から元気の良い通る声が部屋中に響き渡るようだった。
「おはようございます、宇津見さん。昨夜は遅くまで申し訳ありませんでした」
「いえいえ!全くお気になさる必要はございませんのよ?お嬢様。私、ここで働かせて頂いて本当に良かったと思っておりますの!皆様お優しい方達ばかりですし、これだけ広いお館ですと、お仕事のやりがいもありますから、あっという間に時間が過ぎてしまいますのよ?」
全身で嬉しそうに語る宇津見さんには、気を遣って言っているような素振りは微塵もなかった。
「そう言って頂けると、家族も喜びます。今日も宜しくお願いします、宇津見さん」
「まあ!ありがとうございますお嬢様!それでは早速お仕事に取りかからせて頂きますわね?」
宇津見さんはそう言って、にこにこしながら重い荷物を持ってキッキンへと向かった。
荷物を開いて大きな冷蔵庫に手早くしまってゆく。
何をどこにしまうのか予め考えていた上での買い物だったようだ。
本当に素晴らしい、良くできたメイドさんだった。
手荷物を持って階段を降りて来た親父さんは、既に礼服を着込み、髪を整え、まるで英国の紳士のような雰囲気を漂わせていた。
さっきまでの涙の影はどこにも見当たらない。
「これは旦那様!お早う御座います!初めまして、私宇津見美佐香と申します。この度は私共にご要望を頂きまして有難う御座います!」
「やあ、おはよう。木戸と言います。昨晩は初めてのお勤めだと言うのに留守にしてしまって申し訳なかったね。娘から話は聞いている。宇津見さん、宜しく頼みますよ」
親父さんの姿を見つけた宇津見さんが、小走りに近づいて行って挨拶をすると、親父さんはさりげなく、その右手を差し出した。
宇津見さんも両手を差し出して、軽い握手を交わす。
やるなぁ…親父さん。
姿勢といい、仕草といい、僕から見ても格好がいい。
僕が親父さんくらいの年齢になっても同じように振る舞うのは難しいんだろうな、と思って自分の手に目をやると、恵里奈のものである形の良い手があった。
僕はそこに、諦めざるを得ない現実を見た。
…そうだったな…。
「旦那様、本日はお休みと伺っておりましたが、どちらかお出掛けになりますか?」
「おお、そうだった。まだ言ってありませんでしたな。急用でこれから出掛けなければならなくなりましてね。帰りはどのくらいになるか分かりませんが、遅くなると思います。私は居りませんが、もし宇津見さんのご都合が良ければ、ぜひ、娘たちと一緒に夕食を召し上がって行って下さい」
「まあ?それは有難う御座います。お言葉に甘えさせて頂きますわ?」
深々と頭を下げた宇津見さんは、僕と一緒に親父さんを車まで見送った。
「ああ、恵里菜。そうだった、お前、大丈夫か?」
親父さんは僕に愛情たっぷりの目を向けてそう言った。
恵里菜も起きていれば喜んでいるだろう。
「うん。わたしは大丈夫だよ!…お父さん!お父さんこそ、本当に気をつけてね?…」
「わかった。ありがとう」
親父さんはそう言って車に乗り込み、家を出て行った。
僕達は、その車が見えなくなるまで見送った。
若干二十四歳になる戸田明菜は、大手外資系商社の一部署を任されている、いわゆる部長である。
二十四歳で部長というのは、あまりにも異例の出世なのだが、明菜に言わせると、
「仕事なんか、ちんたらやんなきゃいくらでも出来んのよ~?。本気で仕事しないヤツらが多いから、私が得してるだけ~…」
という事になるらしい…。
実際には明菜の能力と行動が、外資系会社特有の完全実力義に認められる程の結果を出しているということなのだろう。
女らしいのは、実に見た目と声だけで、竹を割ったような明菜の性格も影響しているのかも知れない。
僕は昨日の夜バスルームで、今まで明菜にどれだけの男が虜になったのかと思っていたが、そのあと明菜とゆっくり話をしてみて、これは案外明菜の虜になる前に、後ずさりする男の方が圧倒的に多いのではないか、という意見に変わった。
いくら見た目が女神さまでも、明菜はまず目の力が違う。
真剣な話をする時には特にそうだ。
その目の力には、敵対する者を貫くような、強い力がある。
加えて男勝りの口調の強さがさらにその影響力を増す。
並みの男とは実力も迫力も違いすぎる。
これでは世間一般の男が尻込みするのも仕方がないだろう。
もし、僕が全く知らないところで明菜に出会ったら、まずその容姿に惹かれ、話しをするにつれて、違和感を感じ、ついにはその女帝じみた湧き出るオーラに怖気づいて、退散することになるだろう。
僕たちがリビングに戻ると、その女帝がソファーにでんと座ってスマートフォンをいじりながら、最新ニュースを見ていた。
「あ、おはよう宇津見さん。今日も元気ですね~。声、二階まで聞こえましたよ~?おかげで私まで元気を貰っちゃった」
「お早う御座います!明菜お嬢様!それは何よりですわ?」
そう言って宇津見さんはキッチンに戻って行った。
「ねぇ恵里奈。あんた今日何か予定あるの?」
「うん、まだ時間は決まってないけど、これから連絡して出かけようかと思っていたんだけど」
「そっかぁ、じゃあいいや!」
…なんなんだ?
「何かあったの?」
「いや~、別に大したことじゃないんだけどさ?」
「何なの?お姉ちゃん」
「ん~、昨日の飛び降り自殺の件がさ、ニュースになってないからおかしいなと思ってさ?」
「そうなんだ…まだ昨日の晩のことだから、今日の夕方か明日のニュースになるんじゃない?」
「そうだねぇ…そうかも知れないねぇ~」
明菜は明らかに話を合わせているようだった。
「気になるの?」
「気になるよ。あんたが一昨日の夜襲われたばかりで、昨日はお父さんの彼女が自殺?それもお父さんが昨日その人に会って、私達に会うのを喜んだって言ってた人が、いきなり自殺?それって絶対おかしいよ?」
「うん。おかしい!」
僕も親父さんの話を聞いてそう思っていた。
あの親父さんに限って、人に恨まれるようなことをするとは思えないけど、誰かが親父さんに恨みを持っていて、親父さんに復讐をしていると考えないと明らかにつじつまが合わない。
もちろんこの二つの事件に関連性があると仮定すれば…という話にはなるけど。
「でも、それでお姉ちゃんは、どうするつもりなの?」
「良く訊いてくれたわ恵里奈!こう見えても私は推理小説マニアなのよ?」
…はい?…
「読んだ推理小説は千や二千じゃきかないんだから!」
…なんですと?推理小説?…
「その豊富な知識と見識を生かして、この事件…私が解決してみせるわ!!!」
…もしも~し?…
…ダメだ…この人ある意味、本気だ…!
どうしよう…明菜の目には戦う気満々の炎が宿っている…。
でも、いくらなんでも危険すぎる。
もし、親父さんの交際相手が自殺じゃなく、本当に殺した人が相手がいたとして、それが恵里奈を狙っている組織と同じか、もしくは関連している人物だとしたら、恵里奈や明菜を殺すなんてことを何とも思わない人間だという事だ。
恵里奈には四六時中僕がいるし、ボディーガードの木下刑事もいる。
でも明菜はそうじゃない。
こんなことに、明菜を巻き込むわけにはいかない。
もしこれが、恵里奈なら絶対に姉を止めようとするはずだった。
よ…よし、ちょっとカマをかけてみるか…。
「ね…ねぇ…お姉ちゃん?」
「何!?恵里奈!!」
い、いかん…明菜の熱気がすごいことになってる…。
「あのね…考え過ぎっていう事もあるし、とりあえず落ち着こうよ…」
「恵里奈…」
…え?…なんでしょうか…お姉さま…。
「今私はすごく怒ってるの…。わかる?」
僕はコクコクと頷くしかなかった。
そのくらい、明菜の目が怖い…。
元々が美人な上に、切れ長の目が完全に座っているのがもっと怖い…。
「私の大事なものってね、今のところは、あんたとお父さんだけなのよ…」
「え…?」
「私はね?今…本当に怒っているんだよ、恵里奈。もしあんたを襲った奴と、お父さんの彼女を殺した奴が同一人物の画策した事だったら……私は絶っっ対に許さない!」
「お姉ちゃん…」
「いっそのこと、そいつは私を狙えば良かったんだ…そうしたら私自身が相手をしてやったのに!!…だけど、そいつは私の大事なものを傷つけた。だから!私はそいつを絶対に許さない…!!」
…僕は勘違いしていたようだ。
力強くそう言った明菜の目には、ふざけた功名心や、おちゃらけた自己満足を満たそうとするような甘えた感情は影も形もなかった。
ただ、自分の大事な者を命を懸けても守りたい。
その強い意志だけが、恵里奈の姉の目に強く写っていた。
まるで、これから戦いに赴こうとする女神のように。
「お姉ちゃん…ありがとう……」
「恵里奈?あんたがお礼をいう筋合いじゃないんだよ?これはね?『私がやりたい事』なんだから…」
そう言って明菜は『恵里奈』の頭を撫でながら優しく笑った。
僕はまた目頭が熱くなった。
なんて温かい、そして熱い家族なんだろう?
真っ直ぐで、気持ちよくて、温かい…。
僕は今まで、これほどの情熱で家族に接したことがあっただろうか…。
僕は、やらなければならないことをやるために、トイレに向かった。
「ちょっと、恵里奈?どこに行くの?」
「ちょっと、トイレ…すぐ戻るから」
雨宮刑事に連絡を取ろう。
これ以上、明菜に隠しておくのは無理だ。
今までの情報を明菜にも伝えないと、逆に明菜が危なくなる。
それに、親父さんの交際相手が原因不明の自殺を遂げた件に関しても出来るだけ早く情報が欲しかった。
こんばんは鏡です<m(__)m>
いつもご愛読下さって、本当にありがとうございます。
皆様のアクセス数とユニークの数に励まされながら毎日を過ごしています。
僕の小説の書き方は実は携帯なんです。
仕事のちょっとしたお休みや、休憩時間、ちょっと空いた時間に書き溜めて書き溜めて書き溜めて、最後に家のパソコンで直します。
それでも誤字脱字が多いんですけどね?(笑)
でも、こうして小説を書いていて、これほど燃えているのは本当に初めての経験なんです。
自分の発信した言葉や物語を読んでいただけることが、これほど嬉しいものだとは今まで思ったこともありませんでした。
とても勉強させていただいております。
さて、今回お届けいたしました第二章の第22部。
いかがでしたでしょうか?
つまらない…。
くどい…。
飽きた~。
へんた~い!
ばーかばーか!!
…い、いや…そんな事言わずに、お見捨て無きよう…お、お願いしますよ~ほんとに…。
鏡完




