邂逅
今回のフラッシュバックも比較的負担が少なかった。
明菜が眠っているからなのか、それとも僕がこの現象に少しは慣れたのか、はたまた相手に触れての直接的な移動だからなのか……。
それは今のところわからないが、初めて恵里菜の中に入った時のように、一度完全に身体を抜けてから、改めて目を覚ましている人間に入った事が無いのだ。
起きている人の中に幽霊の状態で無理やり入るのは、もしかしたら人体にとっては危険な事かも知れないしな。
それならば、なるべくスムーズに入ったり出たりした方がいい。
今日も明菜が眠るのを待ったのは、そういう考えがあったのと、昨日の親父さんのように、自分が突然眠ってしまうといったような事が家族内で頻発すれば何らかの問題や障害になりかねないからである。
慎重に安全策をとったほうが間違いない。
可愛い恵里菜の頭を抱きしめながら、僕はそっと声をかけた。
「恵里菜さん?」
「なあに?」
…あの…起きてたんですか?
「あぁもう…気分が悪い」
「え?…あ、すみません」
「あ、違うの。アイツよ、アイツ。三度笠!もう、思い出すだけで鳥肌がたっちゃう!…ほらこんなに!」
恵里菜はそう言って、細く形の整った腕を見せた。
あ…本当だ…白い肌にブツブツがたくさん出来てる。
「本当だね…」
恵里菜よりも若干低めで大人っぽい声が僕の耳と頭の中をくすぐる。
なんか、さっきまで聴いていた明菜本人の声とはだいぶ違うな…。
そう言えば、恵里菜の声も僕が恵里菜の身体にいるときよりも若干高いように聞こえる。
「だいたいアイツ、ウザいのよね!…あの、あり得ない喋り方が!」
うーん、とっても同感だよ恵里菜くん。
でも、君はやっぱり明菜ちゃんの妹なんだね…。
声は違うけど言葉遣いはよく似てる。
親父さんの心配もよくわかる。
こんなに可愛い娘の口から紡ぎ出される暴言は何度聞いても、なんともやりきれないと言うか…。
三度笠は、医療業界における、医療機器の販売、医療器具の販売等を受け持ち、結構広範囲の病院で商売に食い込んでいる業界でもやり手の営業マンらしい…。
明菜も言っていたように、あちこちで女性に不評を買っている特殊なプレイボーイという見方もあるけど。
一部の筋の人には非常に高い人気を誇るらしいが、地下的特殊系美意識の事は、恵里奈にもよくわからないという事だ。
二週間くらい前から、恵里奈にも目を付けて、国立病院に来ると、事あるごとに五月蠅く付きまとっていたらしい。
僕が恵里奈に入っているときの対応をどうするのかと聞いてみると…。
「グーで殴ってよし!」
らしい…。
他にも黒木医師については、
「さすがに先生だしね~。いつもはパーでほっぺたにお仕置きするんだけど…」
…了解…。
その他の人には、それ相応に相対してくれればオッケーとのことだった。
さて、肝心な話を始めよう。
「あの…恵里菜さん。身体の方はなんとも無いですか?」
「うん。今のところは大丈夫みたい!あなたは?……お姉ちゃんの色っぽい身体……どんな感じなのかなぁ?」
「う…あの…恵里菜さん?」
「うそ・うそ!冗談よ~!」
恵里菜は楽しそうに笑った。
からかわれてるのか?もしかして…。
僕は真面目な顔で恵里菜に向き合った。
う…顔が近い…。
考えたら、明菜に引き続き、恵里菜の頭を抱きしめた格好のままだった。
役得だが…このままじゃいかん…。
話にならない。
僕がどうにかなりそうだ…。
一度起きるとしよう。
僕は恵里菜をそっと離して起き上がり、ベッドの横に腰掛けた。
僕にならって、恵里菜も隣に腰掛ける。
「なんか……変な感じだね?」
「え?どうしてですか?」
「だって、どこからどう見てもお姉ちゃんなのに別の人なんだもんね…昨日もそう思ったけど」
「あぁ、昨日君のお父さんの中に入った時だね…」
「そう!とっても変な感じ!…だって、あんなに動揺してるお父さんの顔って久しぶりだったし!!」
…もしかして、あの犬事件以来なのか?…。
僕が不思議そうに見ていると、彼女は表情を戻した。
「浅倉さん?あなたはこれからどうしたいの?」
「え?これからと言うと?」
「お葬式も終わって、一応の決着が着いて、これからあなたは一体どうしたいのかって事!」
恵里菜に言われて初めて気がついた。
僕はこれからどう『したい』のか。
『どうするか』という言葉と『どうしたいのか』という言葉は似てはいても、その意味合いは全然別のものだ。
僕は恵里菜にものすごく助けて貰った。
いや…勝手に使っていたとも言うけど…。
昨日の夜、この人は自分の意思で僕に身体を貸してくれた。
他人である僕を信用してくれた。
そのおかげで僕は自分の身体に、そして家族にも最低限ではあるけれど、最後の責任のようなものが果たせたんだ。
僕は彼女の信頼に対して恩返しをしなければならない。
でも、それだけじゃなかった。
この人を、この気持ちのいい家族を僕は守りたいんだ!
間違いなく…自分自身の意思で!
「このまま…」
「え?…」
「そう、僕はこのまま、ここを離れる訳には行かない!」
恵里奈は驚いたような顔になった。
「どうして?また昨日みたいに危ないな目に遭うかも知れないんだよ?」
「…やっぱりわかってたんだね?」
「…うん…今回ははじめから、ちゃんと意識があったから。…だからわかっていると思う…」
「刑事さんの事も、例の組織かなにか解らないけど、恵里奈さんを狙っている何者かがいることも?」
「うん。わかってる…でも浅倉さんが残ってくれる理由って、それだけじゃないんでしょう?あ!…まさか?」
…?まさか…なんだろう?…。
「…お姉ちゃんの事が好きになっちゃった?それで未練があるの…?」
…あのな…。
「違う…」
「じゃあ、成仏の仕方がわからないとか…?」
…おいおい……あ…でも、それは知らないや……。
いやいや、そうじゃないだろ…しっかりしろ!浅倉久美。
「僕は…まだ、成仏なんかしたくない。あなたと……恵里奈さんと、そして、あなたの素晴らしい家族を守りたい!だから、今はまだ、ここを離れたくない!一緒に戦いたい!」
自分でも気がつかない内に、恵里菜の両方の肩を僕はしっかりと掴んでいた。
真正面にある恵里菜の頬に涙が伝わる。
「それ、…本気…?」
「うん…いつ消えてしまうかわからない僕だけど…でも…この気持ちは本物だ!」
そう言うと、恵里菜は僕に抱きついてきた。
「…本当にいいの?……本当に頼ってもいいの?…家族の中でも、わたしだけは…もう…汚れてるんだよ?」
僕に抱きついたまま、肩のところから涙まじりの声で僕に話しかける。
「そんなことは絶対にない!!」
恵里奈は汚れてなんかいない……。
僕は僕が消えるまで、君と君の家族を守ろう。
今の僕に何が出来るのか、まだ分からないけど、僕の全部で君たちを守るよ……。
そう、伝えたかったけど、言葉にはできなかった。
でも、それが今の僕の『したい』ことだった。
恵里菜はしばらく動かずにじっとしていた。
たぶん、泣いているのかも知れない。
僕は恵里菜の背中に腕を回して、彼女を優しく抱きしめた。
恵里菜はきっと、ずっと戦って来たのかも知れない。
一年半前に傷ついた時から、ずっと独りで気丈に戦って来たのだろう。
自分の周りには、明るい声で『大丈夫、何も心配いらないから』と言いながら……。
本当は一人じゃないのだけど、自分を大事に思ってくれる存在に気付けない時だってある…。
僕はそれを、自分の死という経験でいやというほど思い知らされた。
せめて、恵里奈がそれに気付くまで…独りぼっちじゃないとわかるまで…僕がそばに居よう。
…君のそばに…。
「恵里奈さん?君まだ、ものすごく傷ついているんだと思う。僕は男だから、君の気持ちは分かりようもないけど…でも僕に比べたら全然マシだよ?…僕なんかもう、身体もないんだよ?人に憑りつくしかできないヤドカリみたいなただの幽霊なんだよ?…でも…それでも良ければ…こんな僕で良ければ…君のそばにいるから…」
僕の肩に冷たいシミが広がってゆく。
あの時のように…。
蓮葉を…娘を最後に抱きしめたあの時のように…。
「………ありがとう…浅倉さん…お願い…わたしを助けてください……」
ずいぶん長い抱擁の後、恵里菜は僕にそう言った。
「うん!」
僕はそう、短く答えた。
僕たちはその後、お互いの情報を交換することにした。
色々なことを照らし合わせて行かないと、僕になにが出来てなにが出来ないのかも判らない。
まずはじめに、僕は自分が魂のままで十三分二十七秒を経過すると、溺れたような状態になることを説明した。
僕の唯一(?)の弱点を教えるのは少し戸惑ったが、ここで恵里奈を信じることができないようなら、何も先には進まない。
それに、僕が人に憑りつかないと生きていけない事を教えておかないと、なぜ僕が恵里奈やお姉さんの中に入っているのか、意味が解らないことになる。
好きで入っているだけならただの変態になってしまうじゃないか?
どちらにしても、これは説明せざるを得ないことなのだ。
次は記憶についての検証だった。
恵里奈の話をよく聞いてみると、夢か現実か全くわからないような記憶があるのが、僕が憑りついてからおよそ十三時間後、ちょうど、木戸邸において、僕が初めて朝食を作り始めたくらいの時間だ。
でも、その時期の恵里奈の記憶は非常に曖昧で、本当に夢か現実か判らないような状態らしい。
それが二日間続いて、昨日の夜、あの顔を見て、あの声を聴いて初めてはっきりと意識が戻ったようだ。
はじめは恐ろしくて、仕方がなかったらしい。
また、あの恐怖が繰り返されることが、たまらなく恐ろしくて、だけど、逃げ出そうと思っても身体が動かなくて…。
そうしたら、勝手に身体が動き出して…。
そのあとは、僕の記憶と全く同じ内容だった。
違うのは、戸田圭一の身体に僕がいるときと、その後恵里奈の身体に戻って警察に行くまでの時間だけだった。
恵里奈は、戸田に身体を押さえつけられた時に気絶していたらしく、意識が目覚めたのは、僕が警察に着いた時だったそうだ。
感覚に関しては、触覚が無い事がわかった。
視覚、嗅覚、聴覚、味覚。
これらは残っているが、僕が何かを触っても何も感じないらしい。
視覚に関しては、僕が目を閉じると、恵里奈には全く何も見えなくなるらしい。
あとは僕が見ているものと同じものを見る事になって、違う方を見たくても見られないような、まどろっこしい状況が続くという。
CHANELで洋服を見たときは、一番悲しかったそうだ。
本当は胸の開いたワンピースが欲しかったらしい。
要するに、僕に憑りつかれた人は、身体の主導権をすべて奪われた状態になるそうだ。
それって、すごく恐ろしい事だな…。
見えて聞こえるけど、自分の思い通りにならない。
僕にそんな状況が耐えられるだろうか…。
若いのに恐ろしい忍耐力の持ち主だ、木戸恵里奈。
やはり恐るべし…。
他の嗅覚、聴覚、味覚ともこれはお互いに共有するものらしかった。
思考の共有化に関しては、一切お互いの干渉を受けないようだ。
恵里奈の思考や思いを僕が読み取れなかったように、恵里奈にも僕の考えや思ったことは分からないらしい。
これはラッキーだ。
僕のエッチな気分や妄想は、恵里奈にも伝わらなかったことになる。
あれがバレたらと考えるとちょっと怖い…。
…いや、まずいだろ?…。
まあ、それは置いておいて…。
「さて、情報交換も終わったし、そろそろ寝よっか?」
恵里奈が眠たそうな目で僕を見た。
「そうだね…」
僕たちは、ずいぶん長い事話していて、お互いに親密さを増したように思う。
僕も、いつの間にか恵里奈に対して敬語を使わなくなっていた。
「それじゃあ、どっちにする?」
「え?」
「え?じゃなくて、わたし?それともお姉ちゃん?」
…そこかぁ!!!!…。
「じ…じゃあ、恵里奈ちゃんで…」
「あれ~…?やっぱり隣にお姉ちゃんの温もりを感じて眠りたいのかなぁ~?浅倉さんは?…」
「あ…そうか…じゃあ、明菜ちゃんで…」
「あれ~…?やっぱりお姉ちゃんの中が良いのぉ?」
く…僕としたことが、こんな小娘に…。
「…あの…もしかして、僕の事からかってる?…」
恵里奈は嬉しそうに笑った。
「うそ・うそ!冗談!早く私の中に来て!…万が一浅倉さんが居るときに、お姉ちゃんの意識が戻っちゃったら大変でしょ?」
僕は苦笑いを浮かべたけど、本当は恵里奈が楽しそうに笑うのが、とても嬉しかった。
お互い横になって、手を取る。
少し暖かくて、気持ちの良い手だった。
「じゃあ、いくよ?」
「うん…浅倉さん?」
「ん?」
「ありがとう!」
本当に可愛い小悪魔だ、木戸恵里奈。
ディズニーキャラクターの時計は三時三二分だった。
…僕は彼女の中に入った。
僕の目の前から恵里奈は消え、代わりに姉の明菜が僕の横で、静かに寝息を立てている。
…なぜだろう。
こんなに恵里奈を愛おしく思うのは。
恵里奈の白い手を見て思う。
中年男の新しい恋?
…いやいや…たぶん違う?…と思う…。
…肉欲?
それならとっくに襲ってる!チャンスはたくさんあったんだ!
…同類意識?
恵里奈に失礼だろ?
わからない…考えてもわからない。
でも僕たちは出会ったのだ。
普通だったら絶対に出会う事すらなかった中年男と、とびきり美しい女の子。
僕たちの物語は、こうして始まりを迎えた。
読者の皆様お疲れ様です<m(__)m>
ようやくヒロインがまともに出てきました。
物語の進行的には、まだ四日目が終わったばかりなんです…実は…。
すみません、進行の遅い僕の頭を殴ってください。なじってください。踏み潰していただいても、一向に構いません。
すみません、また話が脱線しました。
主人公も言っている通り、ようやく一部完結になります。
この人たちの物語はこれから始まります。
影の薄い人達もこれからまた復活の予定が盛りだくさんですので、お見捨て無きようお願い申し上げます。
僕も見捨てられないように頑張っていきますので、よろしくお願いします。
また、レビューや感想などお時間のある時に是非ともお願いします。
書きたいことを書いていくつもりではいるのですが、表現の間違いや誤字脱字、つじつまの合わないところなど、なかなか自分だと見えないことも正直多くて頭の悪さに辟易することが多々あります。
皆さまのご指導ご鞭撻を受け賜りたく存じます。
それでは、これにて失礼させていただきます。
鏡完




