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ゴースト  作者: 鏡完
ゴースト第一章
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予兆

駐車場に向かう途中、涙があふれ続けて止まらなかった。


時にどうしようもなく嗚咽が止まらなくなる。


足元の白い砂利が、かかとの低い靴に入っても僕は歩き続けた。


そうしないと、蓮葉の所に戻りたくなってしまう。


今の僕にはそんな資格がないことを解っていても…。


生前と全く違うこの身体で、どんな顔をして娘を抱きしめられると言うのだろう?


でも…それでも、やっぱり来てよかった。


心が張り裂けそうになっても、来てよかった。



僕は素直にそう思った。






駐車場で待っていた雨宮刑事は、涙でぼろぼろの僕に無言でハンカチを差し出してくれた。


綺麗に折りたたんであるそれは、まるで新品のようだった。


僕が手にしたハンカチは力いっぱい握りしめていたために、ぐしゃぐしゃになっていて、大量の涙で濡れた部分の色は濃くなっていた。




「ありがとう…」




僕は素直にそのハンカチを受け取った。




「あの…さっきコンビニで買ったばかりの物だから汚くないですよ?」




…優しい男なんだな…この人は…。


それに、頭も良いし、空気も読める。


ここにいる理由も、もしかすると…。








「恵里奈さんに危険が迫っています。あなたは狙われています…」





…へ?


僕の嗚咽と涙が収まり落ち着きを取り戻してから、黒い覆面パトカーの車内に僕を案内した雨宮刑事は、唐突にそう告げた。


顔を上げた僕に、真剣な表情でもう一度繰り返す。




「え…と…どういう事ですか?」




雨宮刑事は少しイライラしたかのように、右手で後頭部を掻いた。




「はっきりした事はまだわかりませんが、とにかく恵里奈さんが狙われていることは確かなようです」




…なんだそれ?


全然意味が解らない。


恵里奈を狙った犯人たちはすでに病院送りになっているはずだし、他に恵里奈の事を付け狙うとしたら、僕の『元親友』の高木達くらいのものだ。


あ…黒木医師もあぶないな…?ある意味では…。


あの人たぶん変態だし。


しかし、彼らの『狙う』はあくまで色恋沙汰のものでしかない。


危険とは無関係なはずだ。




「戸田一味に対する尋問と、僕の調査で浮かび上がった事なのですが、どうやら連中、誰かに依頼されて恵里奈さんを襲った疑いがあるんです」


「依頼されて?…」


「ええ…未だ犯人の証言が取れているわけでは無いので、今の時点では単に僕の推理と状況証拠だけなのですが、戸田圭一の力だけで、刑務所を出てたった六日間のうちに、今まで知らなかった人物を四人も従えて、計画的にあなたを襲う、などということが出来るとは思えないんです」


「あの人たちは昔からの付き合いではなかったんですか?」


「はい。僕もはじめはそう思っていたのですが、よくよく考えてみると、戸田は現在二十四歳。それに対してほかの四人は皆十七歳です」


「ええ…確かにそう言ってました」


「そうなんです。それは恵里奈さんの昨夜の証言とも一致したのですが…考えてみてください。戸田は二十二歳の時に刑務所に入っています。一年半ほど前の事です」




…そうだ。


確かにおかしい…。




「戸田が刑務所に入る時、今回の犯罪に加わった他の四人はまだ中学生です。対する戸田は二十二歳…この歳の差が気になりましてね?」




二十二歳の世間一般で言う大人が、四人もの中学生を使って悪事を働く…。


今の中学生の動向を考えると可能性が無いというわけではないが、この五人が当時から一緒になってつるんでいるという可能性はおびただしく低くなる。


しかも、今回の事件に関して言うなら、誘拐三件、殺人一件、木戸恵里奈も含めれば、実に四件の誘拐事件である。


捕まれば重罪になることは必至だろう。


それは、どんなに現代いまの十七歳でも、理解できる事だ。


その犯罪に四人もの未成年が加わるとしたら………金か!




「ん?…何か思い当たることがありましたか?」




雨宮刑事は僕の顔を見ていたのだろう。


何か確信したように僕に問いかけた。




「お金…誰かに大金で頼まれたから、わたしを襲った?」


「ご明察です!恵里奈さんは本当に頭のいい人です!」




…なんだろう?とてもバカにされている気がする。


仕方ない…確かに今の僕は二十二歳の女の子だ。


しかも、実年齢よりも若く見える恵里奈を雨宮刑事の立場から見たら、ずいぶん年下ということになる。


それにしても、この雨宮和久という刑事…切れるどころの話ではない。


事件が起きたのは、つい昨日の夜の事だ。


…!。


そうだ…そういえば、ひとつ訊き忘れていたことがあった!




「あ…ありがとうございます。そ、そう言えば、これは聞いても良いものかどうか解らないのですが…」


「なんでしょうか?」


「あの…誘拐されて監禁されていた女の子たちは無事に保護されたのでしょうか?」


「それは…そうですよね?たしかに恵里奈さんには、それを知る権利があると思います」


「え…と…それはどういう事でしょうか?」




雨宮刑事は、運転席で腕を組み、目を閉じていた。




「彼女たちは保護できませんでした」


「え?」


「恵里奈さんに報告を受けたあと、すぐにその住所のマンションに部下を行かせたのですが、残念ながらそこにはもう彼女たちの姿はありませんでした」


「う…うまく逃げられたんでしょうか?」


「いえ、今はまだなんとも…ただ、その可能性は極めて低いと思っています。未だ彼女たちの消息はつかめていません。また…現場には若い男性の遺体が残されていて、部屋からは犯人グループの者以外の三種類の血痕と四種類の毛髪が見つかっています。血痕の一つは殺された男性のものと一致しました。…それと…」


「それと…まだなにかあるんですか?…」


「はい…彼女たちは壁に打ち付けられた鎖に手錠のようなもので腕を繋がれて、逃げられないように監禁されていたようです」


「は…はい…」


「その手錠の一つには……女性のものである腕が付いていました…」


「腕…」


「その通りです」


「腕…だけ…?」


「はい…むごいものです…」


「で…でも、もしかしたらその女の子は自分の手を何かで切って、他の女の子と一緒に逃げた可能性も…」




雨宮刑事は残念そうに首を振った。




「もしそうなら、今頃被害届も出ているでしょうし、逃げるにしてもです…もし、あなたがそういう状況にあったとして、手錠をされた自分の手を切らなければならないとすれば、どこを切りますか?」




今までそんな事を考えもしなかったが、試しに想像してみた。


僕は自然に恵里奈の右手首を人差し指でなぞった。



「そう…最低限の手首のところを切れば済むことです。人間にはそういう場面において、出来るだけ多く自分の身体を残そうという本能があります。ですが…彼女の腕は、肘よりも五センチ上の部分で切断されていました…」


「……」




言葉が出なかった…。


…まさかそんなことになっていたとは……。


僕は自分のうかつさを呪った。


訊くべきではなかった。


今、その女の子はどれほどつらい思いをしているのだろう…。


一緒にいる女の子はどれほどの恐怖に怯えていることだろう…。




「すみませんでした。僕は恵里奈さんを怖がらせるためにこんな話をしたのではないのです。あなたを狙っている組織…かどうかもまだわかりませんが、その存在から自分の身を守るために、あなた自身にも注意して欲しいので、お話しました」




…これは…これはだめだ…とてもじゃないが話しが大きすぎる…。


そんな組織(?)から狙われたら、単なるヤドカリでしかない僕ごときの力では、恵里奈を守ることなんかできるとは思えない…。


…どうする?…どうすればいい?




「すみません…本当に怖がらせるつもりはなかったのですが…これが事実です」


「僕は…いえ、わたしは一体…どうしたら良いんでしょうか…?」




…どうすれば恵里奈を守れる?




「…これは提案です。恵里奈さんのお気持ち次第で決めていただければと思うのですが、安心…していただけるかどうかは判りませんが、僕の部下を一人あなたに付けさせて頂いてもよろしいでしょうか?」




よろしいですっ!もちろんですっ!絶対的に、よろしいですっ!!むしろ僕の方からお願いしたいくらいですっ!!




「そ、そうして頂けると助かります。…お願いしても良いんですか?」


「もちろんです。承諾していただいて有難うございます」


「あ、あの…よろしくお願いします…」


「は…はい…こちらこそ!」




雨宮刑事は、少し照れたように笑った。


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