僕の告別式
告別式。
初夏の日差しと間違えそうなくらい強い日差しの中、桜の葉が茂るこの火葬場で、故人との最後の別れの儀式が始まった。
白い砂利が辺り一面に敷かれた道を、粛々と進む葬儀の参列者に混じって、木戸恵里菜の身体を借りた僕も会場に向かう。
通夜と違って、告別式に僧侶の姿はなかった。
告別式って、そういうものなのだろうか?
予想を上回る数の参列者達は狭い会場の中には入りきれずに、大半が会場の外で待つことになった。
もちろん僕はその大半の中の一人である。
「まだ早いよね~…四十二でしょう?お子さんだってまだあんなに小さいのに。さぞ息子さんも無念だったでしょうね~…」
「そうですね…」
「そう言えば、息子さんは確か…離婚なさってらっしゃいましたよね?」
「そうですね…」
「まあ…じゃあ、小さい娘さんもお気の毒に…。両親の離婚と父親の他界と、二度も悲しい思いをして…」
「そうですね…」
顔を知らないおばさんと若い男が、僕にとっては『大きなお世話』の類の話をしている。
みろ、となりの若い男の方はおばさんの話など聞いて無いじゃないか?
他人の悲しい出来事を話のネタに……って、え…?
あの、さらさらヘアーは!?
やはりそうだった。
雨宮和久。
何故彼がここに?
彼は全く僕に気付いた様子も無く、おばさんの勝手な故人(つまりは僕の事だ)についての話を聞いている…というか、聞いているフリをしている。
僕が雨宮刑事に会ったのは、木戸恵里菜の中に入った後である。
つまり、彼は僕の告別式に来たのではなく、木戸恵里菜に会いに、またはあの事件について何かしらの探りを入れにきた事になるだろう。
僕は何食わぬ顔で参列者の一人を装う雨宮和久に警戒心を持たざるを得なかった。
おばさんと「そうですね…」の一点張りの彼の話は、まだ続いているが、彼が僕に気付いて居ないわけがない。
何を狙っている?雨宮和久…。
「木~戸~さん!」
げ…高木。
告別式の手前、さすがにニヤついた顔はしていなかったが、奴の目は僕をじっと見ていた。
「やあ…昨日の携番、間違えてましたよ?」
…わざとだよ…。
…元親友…空気読めよな…。
女の子が気に入った男に電話番号のメモを渡す時、間違える訳ないだろ?
それは「おとといおいで?」って事なんだよ。
頼むからわかってくれよな…それくらいは…。
「あれ?そうでした?」
「うんうん、俺、何度かけても使われていないってアナウンスが流れて来るんで、二十回くらい掛けちゃいましたよ?そのあと不気味な電話が二十回くらい掛かって来て困っちゃいましたよ~。木戸さんって、お茶目なおっちょこちょいさんなのかな?」
…お茶目なおっちょこちょいはお前だよ…高木…。
僕は今、それどころじゃないんだ。
雨宮和久の目的が何なのか考えてんだから。
今は頼むから、静かにしていてくれ。
僕はバッグからハンカチを取り出して、涙を隠すフリをした。
「あ、ごめん、そうだよね?久美の顔見れるの、これが最後だもんね?…あ、俺もここに並んでもいいかな?」
…高木それは無理だ。
済まんな…お前のナンパに付き合ってる暇はないんだ。
「すみません、今はちょっと…」
…お前をからかっている暇はない…。
僕は鼻をすすったフリをしてそう言った。
高木は、「そうだよね?じゃあ、また後で」と言って、歩み去った。
その向こうに、僕の友人の一団がいた。
みんな高木の成果をあてにしているような目をしていた。
…おととい来やがれ…元親友ども…。
「おや?木戸さんじゃないですか?…」
「あ…雨宮さん?」
雨宮和久はたった今僕に気が付いたかのような顔をして、隣のおしゃべりおばさんに頭を下げて、僕の隣に並び直した。
「奇遇ですね?木戸さんも浅倉さんの告別式に?」
「はい、そうなんです。でもびっくりです…雨宮さんも浅倉さんとお付き合いが?」
…あるわけないだろ?昨日初めてあったんだから…。
「いえ、僕は浅倉さんのお父さんと少しだけ面識がありまして…」
「そうでしたか…」
上手い逃げだ。
やはりこの男、相当頭が切れるな…。
もしこれが本物の木戸恵里奈だったら、何も事情を知らないから、完全に騙されている事だろう…。
でも、相手は僕だ。
君の話を父から聞いたことは一度も無いぞ?
一体何が目的なんだ?雨宮くん。
「新しい服なんですね?それ」
「よくお分かりですね?そうなんです、昨日の事で服がだめになってしまって、今日あの後買ってきたばかりなんです」
「そうだったんですか…それは申し訳ありませんでしたね?…もし知っていれば、あんなお手間をおかけしなかったのですが…本当にすみませんでした」
雨宮刑事は、本当に済まなそうな表情で頭を下げた。
どこまでが演技で、どこまでが本音なのだろう。
「いえ、そんな…十分間に合いましたから大丈夫です」
「そう言っていただけると、少しは気が楽になりますよ。ところで、告別式が終わった後、何か予定がありますか?」
「え?」
突然の切り出し。
本当に何を狙っているんだ?雨宮和久。
「いえ…ちょっとだけご報告したいことがあるのです。お時間は取らせませんからお願いできますか?」
「は…はい。わかりました」
「ありがとうございます。では僕は駐車場でお待ちしておりますので、後ほど…あ、僕の事は気になさらずにゆっくりでいいですから、最後のお別れをしてきてください。では…」
そう言うと、待機の列を離れてさっさと駐車場に向かって行ってしまった。
新手のナンパ…?
あの感じだと、そんな訳はないな?
…なんだ?
僕はまんじりともしない気分で葬列を進んだ。
しかし、そんな僕の気分は、家族の姿を見た途端にはじけ飛んで、どこかへ行ってしまった。
最後の別れを僕の家族や親族はは本当に惜しむように、小さな色とりどりの花を一つずつ丁寧に棺に入れている。
参列者の中には、僕の仕事を信頼してくれて懇意にしてくれた職人さんやお客さんもいたが、その誰もが沈痛な面持ちで僕の身体にお別れを告げてくれている。
本当にみんなとお別れなんだな…。
そう思うと、僕の目から涙があふれてきた。
僕はここにいるのに、本当は生きているのに…ヤドカリだけど、生きているのに…。
でも、ここにいるみんなの中での僕はもういないんだ。
涙が止まらずに、僕は思わず空を見上げた。
真っ青な空だった。
雲一つない、広くて綺麗な空だった。
この大きな広い空の下で唯一僕の存在を知っているのは、今となっては木戸恵里奈一人だけだった。
僕は、視線を戻して参列客と親類、そして何より家族みんなの顔を、姿を自分の心に焼き付けた。
この人たちを忘れない。
愛する父を、母を、姉を、そして蓮葉を…。
みんな、ありがとう。
僕の番がやってきた。
僕の身体は、すでに生気の色を失って生前鏡で見た顔とはうって変った白いものになっていた。
鼓動が止まり、血液が止まり、細胞が死んでしまっているこの身体に、今更僕の魂を戻すことが出来ないのは、火を見るよりも明らかな事だった。
両親からもらった身体。
もっと大事にすべきだった。
こんなに後悔するのならば…。
このときの僕は命をくれた両親に対して、温もりと希望をくれた娘に対して、謝ること以外の言葉を見つけられなかった。
ごめんなさい…。
ごめんなさい…。
ごめんなさい…。
このとき家族は、誰一人として今の僕、木戸恵里奈に気が付くことはなかった。
木戸恵里奈にいかに恩があろうとも、今家族の心は、それどころではないのだろう。
僕にはそれがよくわかった。
わかっていた。
やっぱり、「ごめんなさい」しか思いつかないや…。
僕は、揃ってうつむいている愛する家族に向かって頭を下げると、振り返ってその場を辞した。
「父ちゃん!!!」
その言葉に、僕はつい振り向いた。
「とうちゃん!!」
蓮葉が僕を見て、叫んだ。
まさか…そんなはずはない。
気付くはずがない…。
何かの間違いだ…。
両親と元嫁が、こちらに来ようとする蓮葉を優しく諭していた。
それでも蓮葉は僕の方を見ている。
この木戸恵里奈の身体を。
そして、蓮葉が僕を見たまましっかりと頷くのを僕は見た。
本当はすぐに駆け出して、その小さな体を力の限りで抱きしめたかった。
でも…でもそれはできない。
僕は、蓮葉に向かって泣き笑いの顔で頷いた。
何度も…何度も何度も…。
「ゴースト」を読んでくださっている皆様。
本当にありがとうございます。
お気に入り登録までしてくださった方もいらっしゃって、ものすごくテンションが上がっています(*^^)v
やっぱり、読んでくださる人があって初めて書き物が楽しくなるんですね?
ただいま、やる気十分です!
時間の許す限り、がんばります。
これからもよろしくお願い申し上げます。
鏡完




