浅倉久美…語る…
午後一時三十分。
僕の告別式の会場には、僕本人が想像していたよりもはるかに多くの人が集まっていた。
その数は百名を優に超えている。
家族、親戚、友人はもちろん、僕が建築の仕事をしていた時の職人さん、それにお客さんの姿までちらほら見える。
人間は自分が死んだときにその価値がわかると言うが、僕はなんとたくさんの人に支えられて生きて来たのかと、今更ながら実感した。
お…驚いたことに蓮葉の横にいるのは元嫁だった。
そっか、遅れたりしたことはあっても、養育費だけはしっかり収めていたもんな。
たぶん普通の養育費の三倍以上は収めていたはずだ。
離れていても、蓮葉が生活に困らないように…。
元嫁はちっとも悲しそうな顔をしてはいなかったが、蓮葉は…娘は本当につらそうだった。
かろうじて泣いてはいないけど、無表情でママの腰にぴったりとくっついている。
自分の葬儀を自分で見るなんてことは、当たり前の事だが、想像もしていなかった事だ。
僕の人生は、僕が死ぬことによって終わり、後には暖かくて暗い安らぎの時間になるだけだと思っていた。
そう…まるで、熟睡して一瞬のうちに朝が来る時のあの安らかな眠りのように…。
天国や地獄、そして来世や前世。
そんなものを僕は全く信じてはいなかった。
もし、そんなものがあったとしても、今生の僕に前世の記憶がないのならば、来世に生まれ変わったとしても、やっぱり今の記憶は引き継がれないのだろう。
そうだとしたら、それは僕じゃなくて違う誰かなのと一緒ではないか。
高名な宗教家はよく、今生きて苦難を強いられるのは、現世の魂が来世に行くための修行とのたまうが、僕は魂だけの存在になっても、こうして記憶を持っている。
あの十三分二十七秒のあと、あの苦しみを通り超えて僕の魂が消えるとしたら、次に生まれて来る僕に同じ記憶が残っているとは信じ難い。
もし、魂が生まれ変わることがあったとしても、記憶がなければ、それは自分ではなく全く新しい命と魂なのだと、こんな状態になった今でもそう思うのだ。
生命の輝きはたったの一度限り。
だから大事なのだし、大切にしなければならないものだ。
だから、あらゆる生命は自分の命を力の限り守り、自分の子孫を守ろうとするのではないだろうか?
安易に死を選ぶ人に、僕は伝えたい。
自分が安らかな死を迎えるその時はいつか来る。
こんな無様な生き恥を晒している僕にもその時はやってくるはずだ。
でも、その時まで、失敗や、人の嘲りや、苦しみや困難に対して、必死にあがいて、もがいて、何度でもやり直して、それこそ石にかじりついても生きるのが、人の…いや、生きとし生ける全ての者の権利であり、義務なのではないだろうか?
人間は、特に人間だけは、人の評価や嘲りに対して、他の動物に例を見ないほどに脆い。
生きていていいんだよ?
と誰かに認めてもらえないと、すぐに命を落としてしまう。
それが、自分自身の手によるものだって少なくない。
でも、考えてみよう。
もし、自分が死んでたった一人でも、本当にたった一人でも涙を流してくれる人がいるならば、その人に生きる価値はあると僕は思うのだ。
今の僕はただのヤドカリにすぎない。
他人の身体を借りて、かろうじて生きているヤドカリでしかない。
僕を本当に愛してくれていた家族すら、僕が本当に愛した家族すら僕はもう守れない。
その資格もない…。
でも、あきらめたくない。
たとえ、他人の身体を使わせてもらっていても、たとえ、人間じゃない他の動物の身体を借りても、僕は自分にできることを、自分にしかできないことを、あがきながら、もがきながら、続けていきたいんだ。
蓮葉を、父や母を、姉とその家族を、そして、友を、信頼できる仕事のパートナーとお客さんを、そして自分を信じてくれたすべての人を。
そして、今は僕に自分のすべてを貸してくれた、木戸恵里奈とその家族を…。
…あ…感情的になり過ぎた…。
ヤドカリの僕にそんな力はない…。
落ち着け、浅倉久美。
今は、ただ自分の死を悲しんでくれる人たちをこの目に焼き付けよう。
…目は恵里奈のものだから、魂かな?……。
それしか、今の僕には無いんだし…。
ヤドカリって、悲しい生き物なんだな…。




