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ゴースト  作者: 鏡完
ゴースト第一章
14/36

刑事とフォーマル

警察署に到着し、タクシーの料金を支払った後、雨宮刑事を訪ねた。


総合受付で捜査二課の雨宮刑事を呼んでくれるように話をすると、五分と待たずに、彼は昨夜と同じスーツ姿でやって来た。


階段を下りてくる彼のスーツ姿は昨日と同じで、さわやかな印象も変わらなかった。


短く切ったさらさらのストレートヘアをワックスで軽く固めた髪が、そんな印象を与えるのかも知れない。


歳は三十歳に届くかどうかといったところだ。




「木戸恵里奈…さんでしたよね?昨夜はとんだことに巻き込まれて災難でしたね?お疲れ様でした」


「いえ…こちらこそ大変お世話になりました。ありがとうございました」



城谷警察署。


刑事捜査二課。


雨宮和久。


昨日もらった名刺にはそう書いてあった。




「あの、木戸さん。もしよろしければ、少しお時間を頂けないでしょうか?」


「あ、はい。何か?」


「ええ、昨夜の事件の事なんですが、連中…おかしなことを言っていましてね?」


「はあ…」




…もともとイカれている連中だから、おかしな事も言うだろうな…。




「まあ、ここで立ち話もなんですから、こちらへどうぞ。お茶くらいは出しますので…」


「はい、あ、でも時間があまりないので、手短にお願いできますでしょうか?」




十三時から僕の告別式で、その前に喪服を購入しなければならないのだ。




「わかりました。なるべくお時間は取らせないようにしますので、さ、どうぞ」




僕は、取調室に行くのかと思いきや、応接室に通された。


まあ僕は被害者で、犯人でも容疑者でもないから当然か…まあ、客観的に見れば…だけど。




「お忙しいところ申し訳ないですね?早速なんですが、木戸さん?」


「はい…」


「僕と腕相撲していただけないですか?」


「はい?」




なにをふざけているのかと思えば、雨宮刑事の目は真剣そのものだった。




「あの…それがどういう意味を持つのでしょうか?」




…わからん。


全くわからん。




「一度だけでいいんです。本気でやってみてください。お願いします!!」


「はあ…はい…」




なんなんだ?一体…


僕が答えると、雨宮刑事は真剣な眼差しのまま、テーブルにしなやかで細い腕の肘をついて構えを取っている。


仕方なく、僕も肘をついて雨宮刑事と手を組んだ。




「はっけよ~い…のこった!!」



おいおい…どんな掛け声だよ!!


お!強い!!


僕の予想に反して、雨宮刑事は意外な腕力を発揮していた。


あ…。


僕はあっけなく負けてしまった。


何となく悔しい…。




「ふう…すみませんでした…いやね?奴らは、あなたを襲った事実は認めたんですがね?被害者は自分たちだと言い張るんです。結果を見ればわかると…」


「…はい?あの…どういう事なんですか?」


「ええ、奴らの言っていることにも一理ありまして、あ、いや、これは一応捜査の見方としてなんですけどね、奴らはみな入院騒ぎの怪我をしていて、中でも主犯格の戸田圭一などは右膝の半月板を粉砕骨折、拳は両方とも粉々になっていますし、手首も複雑骨折で完膚なきまでに使い物にならない始末でした。怪我と現場の状況を照らし合わせてみても、自分で自分の拳を打ち砕いたとしか考えられないんですが…」




雨宮刑事はここで一呼吸入れた。




「犯行の残虐性や犯した罪の重さから言って、おそらく彼の死刑は間違いないでしょうが、もし彼が万が一死刑をを免れたとしても、一生まともには暮らせないでしょう。それくらいの傷を負っています。それなのに襲われたあなたは昨日仰っていたとおり、洋服が破けただけ…という不思議な事件でしたので…あ…奴らのうちの二人は、間違いなく戸田圭一に殴られたと言っていましたけどね?それにしても不可解な点が結構ありましてね…」


「そ、そうなんですか…」




ふふふ…ざまあみろ…自業自得だ『腐れ外道』が。




「それでね?僕も馬鹿な考えだとは思ったんですが、ひょっとしてあなたがスーパーマンみたいな怪力の持ち主だったら、もしかして…なんてね?…いや、一応確かめてみないとわからんでしょ?」




なるほど…それで、女の僕が戸田圭一を含む三人をコテンパンにした可能性もあると思ったわけね?


まだまだ推理があまいね、雨宮くん。


…でも、それは仕方ないよな?


まさか僕が戸田圭一に憑りついて…なんて想像もできないもんな…。




「…それで、確証は得られましたか?刑事さん?」




雨宮刑事は、ポケットからハンカチを出して、汗を拭いた。




「いやいや…面目次第もありません。先ほども言いましたが、自分でも馬鹿な考えだとは分かってはいたんです。本当に申し訳ありませんでした。ただ、あの…ほかの者には腕相撲の事は内緒にしてくださいね?」


「わかりました。秘密にしておきますね?さっきの掛け声の事も…ぷっ…」




しまった…吹き出してしまった。




「あ…あれですか?おかしいな…僕の田舎ではあれが普通なんですけどね?『はっけよーい、のこった』ってね?だって、腕『相撲』ですから?」




…むむむ…確かに…一理ある。




「ふふふ…確かにそうですね?楽しい人ですね?刑事さんは?」


雨宮あめみやです。木戸恵里奈さん」




おいおい…僕に売り込んでも無駄だぞ?刑事さん…いや、雨宮くん。




「それでは刑事さん?そろそろ失礼させていただいてもよろしいでしょうか?午後から告別式に出席しなくてはいけないので…」


「ああ…そうでしたね、用事があるとおっしゃっていましたよね?すみませんでした、お時間を取らせてしまって…」


「いえ、大丈夫です。それに、結構楽しかったです。刑事さんが…ね?じゃあ、失礼しますね?」




これが大人の余裕だよ…雨宮君。


さて、思ったより時間が過ぎている。


喪服を選んで、時間に間に合うかな?


僕は席を立って、雨宮刑事に頭を下げて廊下に向かった。




「ああ!そうだ!木戸さん?」


「え?」




僕は振り向いた。




「あなたが現場から逃げ出すとき、あなたは何かおかしなものを見たり聞いたりしなかったですか?……たとえば……戸田圭一の悲鳴とか…」




僕は、少し考えるような振りをした。




「さあ、どうでしょうか?逃げ出すのに夢中でしたから…」



確かに聞いたよ…あの『腐れ外道』の悲鳴をね…。


でも、そんなことを言ったら、さらに時間が無くなってしまうから、ここは知らんぷりだ。




「そうですか、いや…すみません。変なことを聞いてしまって。忘れてください」




僕は困ったような顔で、でも微笑みながら首をかしげた。


もちろんそれもフリだが…。


僕は警察署を出て、木戸恵里奈の車に乗り込んだ。


そこに、雨宮刑事が走ってきた。


両手に何か持っている。




「すみませ~ん!恵里奈さ~ん!」




一生懸命走ってくるその姿は、健気にも見えた。


…こういうやつって意外に女の子にモテるんだろうな?


…っていうかその前に、なんで下の名前で呼んでるんだ?雨宮くん。



運転席の横まで来た雨宮刑事は、持っていたペットボトルのお茶を僕に差し出した。


両手で二本とも…。


僕は運転席の窓を開ける。




「すみませんでした。すっかりお茶を…忘れていて…あの、これどうぞ…はあっ…はあっ…」


「あ、そんなの気にしなくていいのに…ありがとうございます」


「いえ…はあ…約束ですから…はあ…はあ…では、気を付けて行ってください…はあ…ふう……」




……運動不足じゃないか?雨宮くん…。


僕はいただきます、と笑って窓を閉め、雨宮刑事に手を振って警察署の駐車場を出た。


雨宮刑事は僕が駐車場を出るまで、そこで見送っていた。


恵里奈が可愛いからって、惚れるなよ?雨宮くん…。





時間は午前十時半。


僕は近くのデパートまで車を走らせた。


相変わらず、この車の運転は苦手だ。


左ハンドルというのがまず、苦手なのかも知れない。


ウインカーと間違えて、ついワイパーを動かしてしまうのも難点だ。





婦人服のコーナーはデパートの二階にあった。


うーん…喪服ってどこにあるんだ?


婦人服と言っても、いろんな店が並んでいて、はっきり言って買い物があまり好きでない僕にはどこに何が売っているのか皆目見当も付かなかった。


『CHANEL』…チャンネル?


確か、有名なブランドじゃなかったっけ?


そういえば、恵里奈の喪服の襟の所にこんなロゴが書いてあったような気がする。


僕は、この店の店員さんに声をかけた。




「すみません…急な葬儀がありまして、あの、喪服が欲しいんですけど…」


「あ、いらっしゃいませ。ええと…喪服…ですか?」


「はい、お願いできますか?」


「…はい。かしこまりました。こちらへどうぞ?」




店員さんははじめ不思議そうな顔をしたが、すぐに笑顔になって、僕を案内してくれた。




「おやおやこれは、恵里奈様。ようこそいらっしゃいました」




店員さんが僕を案内する途中で、見るからに上品な感じの年配の女性に声を掛けられた。


もちろん知らない女性だが、服装からすると店員の一人のようだった。




「店長、このお客様が、黒を御所望の事と伺っておりまして…」


「かしこまりました。あなたは下がっていて大丈夫ですよ?わたくしがご案内申し上げますから」




店長と呼ばれた品の良い年配の女性がそう言うと、若い女性の店員さんは僕に一礼をしてカウンターの方に戻って行った。




「お久しぶりですね、恵里奈様。半年ぶりくらいでしょうか?」


「ご無沙汰しております」




ご無沙汰も何も初対面なのだが…この場合はこう言っておいて間違いないだろう。




「すみません、今日は急な葬儀がありまして、急ぎで必要なんです」


「大丈夫ですよ?恵里奈様のスタイルでしたら、大概のものをお選びいただけますからね。何かお好みはございますか?」


「いえ…特には無いのですけど、店長さんにお任せしてもよろしいですか?」


「かしこまりました。それではお見立てさせていただきます。こちらへどうぞ?」




店長は、色も形も様々に並んだ洋服から、三点の黒い服を選び出してくれた。




「こちらはシャネルでも、今年の新作になります。少し胸の空いたワンピースですが、恵里奈様でしたら、良くお似合いになると思いますよ?ただ先ほども申し上げた通り、少しここが開きますので、大きめのパールのネックレスなどをお使いになると、より一層見栄えが良くなると思います」




そう言って、店長は手のひらで胸元を押さえていた。


なるほど…。




「次にこちらは、薄手の生地が胸元を首まで隠している、やはり今年のデザインになりますが、先ほどのワンピースよりも落ち着いた雰囲気になると思います。ネックレスは小さめのものがお勧めになります」




ふむふむ…。




「こちらは、セパレートになっておりまして、やはりシャネルの新作になります。ブラウスとスカート、上着の三点になっておりまして、春から秋まで色々な場面でお使いいただけると思いますよ?その際、こちらのスカーフをご一緒にお持ちになってはいかがかと思います。」



そう言って、ブラウスの襟元に白いシルク(?)のスカーフをあてる。


確かに、それだけで全体のイメージが明るくなるような感じだ。




「恵里奈様は、どちらの商品がお好みでしょうか?」




上品に笑う女性は、急がせる様子はないがどうしよう…胸のあいているのが良いのか、首元まで隠れるのが良いのか、それとも春から秋まで着られるのが良いのか…。


こんな時は、男は非常に困るものだ。


実際わからない。


どれを着てもいいと思うし、どれが悪いわけでもない。




「もしお時間がおありでしたら、ご試着なさってはいかがですか?」




あれこれ悩んでいると、店長は僕に提案してくれた。




「ありがとうございます。そうさせていただきます」


「かしこまりました。それでは商品をお持ちいたしますから、あちらまでお願いします」




それは店内にある鏡張りの更衣室だった。


中は広く、畳二畳分は優にある。


しかも三面鏡張りだった。


……またこのパターンか…。


明りは、天井に映った姿を邪魔しないように、天井と壁の継ぎ目の所にLEDライトが入って、間接照明になっている。


前と左右おまけに上からの見え方も確認できるという事だろう。


店長が持ってきてくれた服を三つともハンガーパイプに掛け、服を脱いで、はじめの一着を確認する。


…¥二四五,〇〇〇-。


…!!!!!!。


二着目。


…¥二六八,〇〇〇-


!!!!!!!!。


三着目。


…¥三二六,〇〇〇-


????????。


…フォーマルドレス一着が、僕の中古車よりも高いです…。


ぼったくりじゃないですか?これ…。


でも、恵里奈の黒いワンピースには、確かにこれと同じロゴが入っていた。


破ってしまったのは僕だし、仕方ないか…とほほ…。


いや、落ち込んでいる場合じゃない。


時間もないし、早く選ばないとだな。


僕は気を取り直して鏡を見た。


うわ…!!


下着姿のとびきりの美女が映っている。


僕は反射的に目をそらしてしまう。


…はあ…天国なのか地獄なのか全くわからん…。


とにかく、できるだけ目を閉じながら、僕は三着を全て試着した。


どれを着ても恵里奈には確かによく似合っていた。


店長の見立てが良いのか、恵里奈の容姿が良いのか…どちらも良いのだろう…結局。


色々考えた末、告別式に三馬鹿トリオが来ることを思い出して、恵里奈の胸元が見えない二番目のワンピースにすることにした。


腕時計を見るとすでに十一時三十分を廻っている。


僕は選んだ服に着替えなおして、店長にこのまま着て行ってよいかどうか確かめた。




「本当にお急ぎでしたのね?それでしたらタグをお撮りいたしますので、少しお待ちくださいね?」



そう言って、僕が着ている商品のタグを注意深くハサミでとってくれた。


そして、着替えた僕の姿をまじまじと見て感嘆の声を上げていた。




「まあ、本当に良くお似合いですよ?」


「ありがとうございます。店長さんのお見立てのおかげです」




リップサービスは忘れない。



結局、お得意様ということで、店長は商品を一割引きにしてくれた。


普段は絶対に値引きはないそうだ。


…ホントか?


僕は急いで、駐車場に戻り、恵里奈の宝石箱から持ち出した昨日の真珠のネックレスとピアスを付けて告別式会場に向かった。


家族の誰にも告別式の会場は聞かなかったが、火葬場はこの市には一か所しかない。


僕にはそこがわかっていた。


そこは、父方の祖母の告別式会場だったから。



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