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ゴースト  作者: 鏡完
ゴースト第一章
13/36

家政婦

恵里奈の父親を、ソファーにそっと寝かせておいて、僕は恵里奈の部屋に向かった。


彼女のベッドに横になって考える。


僕が恵里奈の中にいるとき、僕たちはどのレベルで意識がつながっているんだろう…。


たとえば、見たものや聞いたものを共有しているだけなのか、それとも、僕の考えていることも恵里奈にはわかっているのだろうか?


今こうして考えていることも恵里奈には伝わっているのだろうか?


僕には恵里奈の考えていることが伝わってはこないことを考えれば、その逆もないと思うのだが、はっきりとはしない。


…まあ、考えたところで答えは出ないのだろうけど…。


…!


そうだ、あんなことがあって、忘れていたが、明日は僕の告別式だ。


やはり、出席するべきだろうか?


それとも…。


…木戸恵里奈だったらどうするのだろう?


…彼女だったら…きっと出席するのだろうな…。


とても、強い娘だろうから…。


そう考えたとき、僕は決めざるを得なかった。


僕の年齢の半分くらいの娘が、僕の立場だったら告別式に出席すると思うのだから、四十二にもなった僕が、悲しいからと弱音を吐いている場合じゃないだろう?


明日の告別式には出席しよう。


やっぱりそれが、今の状態の僕の最低限の家族に対する責任だ。


告別式は十三時からだったから、それまでに間に合えばいい。


警察署に車を取りに行って、破れた喪服を買いなおして、出かけよう。


あ、洋服の事を恵里奈に報告し忘れたな。


まあ、それはまたあとでいいか。


今の時刻は午前一時。


そろそろ寝ないと、木戸恵里奈のお肌に悪い。


今はまだ、恵里奈の好意に甘えさせてもらおう。


今の僕には他に選べる方法がないのだから…。


僕は薄手の毛布を掛けて眠った。






…暗い…真っ暗な空間の真ん中に、ぽつんと全裸の女の子が立っていた。


真っ直ぐな長い髪の、とても綺麗な女の子だ。


女の子が僕に話しかける。




「あなたは、誰?」


「僕?僕は…あれ?誰だっけ?」


「わからないの?」


「うん…今は思い出せないみたいだ…」


「そっか!じゃあ無理して思い出す事ないよ!」


「それでいいの?」


「だって、しょうがないでしょ?思い出せないなら…」


「だってこのままじゃ、いけないよ…」




僕は意味も解らず、だけどただ無性に悲しくなって、涙があふれるのを止められなかった。




「大丈夫だよ。ゆっくりで…」


「え?なにが?…なにがゆっくりでいいの?」


「なんでも…今できることをゆっくりやっていけばいいんだよ?」




女の子はそう言って、笑ったように思う。




「わたしは大丈夫。あなたが助けてくれたから…ほら、首は無くしてしまったけど…まだ生きてるよ?」




女の子の首に赤い線が走る。


赤い線からは大量の血液が流れ出し、女の子の身体を流れて真っ赤に染めてゆく。


その首が、ぐらりと傾いで下に落ちる。


そしてそれは、可愛らしい顔に笑顔を張り付けたまま、吹き出した血液をまき散らして、暗い暗い無限の闇に落ちて行った。




「ほらね?わたしはまだ生きてるでしょう?でも、助けてね?必ず助けてね?お願いだから、お願いだから!…ね!?アさクらヒさヨしぃぃぃぃいいいいい!!!!!!!」







うわぁぁぁぁ!?




目が覚めたときは、木戸恵里奈のベッドの上だった。


…なんだったんだ?今の夢は…。


でもあれは、あの小さな女の子は木戸恵里奈だったような気がする。


はっきりとは思い出せないけど…。




ディズニーの時計は四時半を指していた。


まだ早いけど、あんな夢を見た後で眠れる気はしなかった。


僕は、便箋を取り出して、木戸恵里奈宛てに手紙を書くことにした。


もしかしたら、彼女は僕の思考をわかっているかも知れないが、魂?だけという甚だ頼りない存在出しかない今の僕だ。


何かの拍子で僕がいきなり消えてしまうことだってあり得るのだ。


だから、彼女に対する僕の気持ちと、感謝の意を残しておくのは決して無駄にはならないだろう。


もし、木戸恵里奈の存在がなければ、僕は家族に僕の最後の意思と思いを家族に伝える事すらできなかったのだから。


彼女の存在があったからこそ、僕と僕の家族の心の負担をくらべものにならないくらい軽くしてくれたのだから。


ありがとう。


木戸恵里奈さん。


そして…。






習いたての化粧を済ませて…うん…まあまあだ。


やはり、プロには勝てないが、この前よりは格段にましな仕上がりになった。


今日も可愛いね?恵里奈。


…あれ?なんだか、だんだんおかしな方に行ってはいないか…?



時計の針が六時を廻った頃、僕は階下に降りて朝食の支度を始めた。


三十分もあれば、支度は終わる。


今日のメニューはフレンチトーストとブロッコリーと鶏のささみのマヨネーズあえ、缶詰の豆と玉ねぎをジューサーにかけて牛乳とコンソメで煮たスープだ。


恵里奈の父親と姉は六時半きっかりに起きてきた。


ダイニングテーブルに並んだ料理を見て、嬉しそうに笑う。




「お、美味そうだな?…そうだ、昨日は済まなかったな?疲れていたのかな?急に眠気が来ていつの間にか眠ってしまったようだ」


「うん、大丈夫。きっと疲れてたんだよ…さ、ご飯にしよ?」




僕たちはそれぞれの席に着いた。


ダイニングテーブルの椅子は四つあったが、座る席はいつも一緒だった。


きっと父親の隣の席は、この家の今は亡き女主人の席だったに違いない。




「ねえ恵里奈?昨日はなにがおかしくて笑ってたの?」




…ドキッ!!!




「あ、ああ…あれね?あれはお父さんが自分で話してる時にいきなり寝ちゃったから、思わずおかしくなっちゃって…よっぽど疲れてたんだね?お父さん」


「そうだったか?そういえば明菜が風呂から出たのは気付かなかったな?」


「やだぁ!お父さん。ちゃんと上がったって言ったじゃない?」


「そうか?まいったな…私も歳かな…?」




いえ…僕のせいです、お父さん。


歳のせいじゃありません。


…ごめんなさい。




「やぁねぇ~…まだ十分若いわよ?お父さん?」


「…そうかな?」




全く…微笑ましい限りの家族だ。


彼女たちの母親が生きていた時代ときは、もっと楽しい団欒だったに違いない。


今は亡き女主人はまだ、その椅子に座って、微笑んでいるようにも感じる。


もっとも、これは僕の想像でしかないのだけど。




「そういえば、お父さん?家政婦さんは何時に来る予定なのかな?」




明菜が父親に尋ねた。




「そうだった。七時半には見える予定だったな…私と明菜は仕事に出かけてしまうが、恵里奈。お前に後を頼んでも大丈夫かい?もしだめだったら…」

「大丈夫よ!お父さん。ちゃんと家の中を案内しておくから…」


「そうか、ありがとう。助かるよ!」


「いいえ!お安いご用ですとも!」


「ははは…頼もしい限りだな」



七時十五分。


父親と姉は仕事に出かけて行った。


警察に車を取りに行くためのタクシーを九時半に予約して、朝食の後片付けを済ませて七時半になる頃、時間通りに品の良い音色で玄関のベルが鳴った。




「おはようございます!館野家政婦事務所から参りました宇津見うつみと申します!」




石積みの門柱の所に立っていたメイド服姿の女性は、にっこりと微笑んでいた。




「あ…初めまして!館野家政婦事務所の宇津見です。お嬢様でいらっしゃいますか?」


「どうも、初めまして。この家の次女の木戸恵里奈と言います。宇津見さんですね?よろしくお願いします」


「まあ、可愛らしいお嬢様ですこと!改めまして、わたくし、宇津見美佐香と申します。至らない事もあるかと存じますが、ぞうぞ、よろしくお願いしますね?」




とびきりに元気のいい女の人だな…いや…手を見る限り、おそらく三十半ばといったところか…。


その顔は二十代にも見えなくはないが、いくら化粧をしていても、手の年齢はごまかせない。


それでも僕の実年齢よりもずっと若いはずだ。


しかも、家政婦と聞いていたから、どこにでもいるようなおばさんが来ると思えば、ずいぶん小奇麗な家政婦さんが来たものだ。


さすがは木戸家の主の手腕だ。


いや、人脈…もとい、人望かな?


見た目といい、物腰といい、どこに出しても恥ずかしくない家政婦さん…と言うより、メイドさん…かな?


僕は、宇津見美佐香に家の中を案内した。




「まあ!立派なお屋敷ですね?」




リビング、バスルーム、トイレ、サニタリールーム、そして各部屋を案内すると、宇津見美佐香は感極まった表情でそう言った。




「わたくし一人で手が回るのかしら…?」




宇津見美佐香は、少し不安げに僕を見る。




「もし、おひとりで大変なようでしたら、父にご相談ください」


「ありがとうございますお嬢様。でも、わたくしも家政婦の端くれでございます。力が及ぶ限り、一生懸命働かせていただきますわ?」




お、復活した。


うん、僕の目から見ても、この家政婦さんは合格だ。


少なくとも一時面接は高得点でクリアしているだろう。


最後にキッチンを案内すると…。




「まあ!!…素晴らしいキッチンですこと!!これなら私も腕のふるい甲斐がありますわ!」




その大きな瞳をうるうるさせながら、全身で感激を表していた。


家族構成や概ねの帰宅時間を伝えると、宇津見美佐香はそれを熱心にメモに書きうつしていた。


そのほか調理器具や食器の場所、パントリーに収納されている野菜の分類など大まかな日用品の保管場所を説明していると、玄関のベルが鳴った。


リビングにある大きな振り子時計を見ると、九時半を指していた。


予約していたタクシーが来たのだろう。


僕は、恵里奈の父親から預かっていたスペアキーと、食材や備品を購入するためのお金を宇津見に預けて、玄関に向かった。




「お嬢様は何時ごろにお戻りのご予定ですか?」


「うん、そんなには遅くならないと思いますけど、まだ時間は分からないので遅くなるようでしたら、電話で連絡するようにします」


「かしこまりました。では、お気をつけて行ってらっしゃいませ」




うん、完璧な対応である。


二次試験も合格だな。


僕がタクシーに乗り込み、見えなくなるまで宇津見美佐香は見送っていた。


さすが、恵里奈のお父さんだ。


気遣いといい、対応といい、素晴らしいメイドさんが来たものだ。


僕は、関心しながらタクシーの後部座席で警察署に向かった。



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