発覚
風呂を上がった事を伝えて二階に上がろうとする僕を、恵里奈の父親が呼び止めた。
「そういえば、今日はどうして喪服を着ていたんだい?」
「あ、そうだよね?…言ってなかったよね?今日は一昨日亡くなった患者さんのお通夜に行ってきたの。生前、その人が、どうしてもわたしに遺言状を預かって欲しいって言ってたから、病院には内緒で預かったんだ。それをご遺族にお渡ししなくちゃだったから…本当は患者さんのプライバシーに関わったらいけないんだけどね」
「そうか…そういえば、昨日そんなことを言ってたっけな…それはいい事をしたね…恵里奈?…ちょっと、こっちにおいで?」
恵里奈の父親は僕にそう言うと、自身もソファーに座った。
そして、僕に手招きをする。
僕が横に座ると、父親はゆっくりと僕を抱き寄せた。
「お前は優しい娘だね、恵里奈。きっとお母さんも天国でお前を見ていて、誇らしく思っていると思うよ?でもね、生きて行くという事は、良い事だけでなく、とてもつらいことも経験することになる。お前がそうだったようにね。だから、つらいときにはいつも思い出して欲しいんだ。お前を産んだ母さんは亡くなってしまったが、母さんはいつもお前を見ていてくれるっていう事を。そして、お前を心から愛している私や姉さんがいることを…お前はいつでも一人じゃないんだよ?恵里奈…これはお父さんからのお願いだよ?いつも一人じゃないって信じておくれ?」
…この家族は…。
温か過ぎるよ…。
恵里奈にどうしても、この家族のこの言葉を伝えてあげたかった。
今すぐに…。
僕はもう、この身体にいてはいけないんだ!
…あ…。
僕は、自分の身体が誰かを抱きしめていることに気が付いた。
…え?
僕が抱きしめているのは、当然のように他の誰でもない木戸恵里奈だった。
うわ…!?
まただ!膨大な量の映像と記憶が僕の頭にフラッシュバックする!
時間的にはほんの一瞬だったはずだが、ものすごく長く感じた。
やがて、脳を揺さぶるような衝撃が収まると、僕は腕の中の木戸恵里奈がこちらを見ているのに気が付いた。
「や…やあ…恵里奈…」
恵里奈は、まだ涙目で僕をを見ている。
「お父さん…じゃない…よね?」
…う!?…。
「うん。違う!ちがうよね?」
恵里奈は真剣な眼差しで僕をじっと見つめる。
…ええと…どういう事でしょうか?
「…私の中にいた人…でしょう?」
…この状況…一体どうしたらいいんだ!?
まさか、全部ばれてる?
もしかして、僕が恵里奈の中にいた時の記憶って全部、恵里奈にも残ってる!?
「ねぇ!?そうだよね!?」
…どうする?今ならまだ恵里奈の父親のフリをして誤魔化せるかもしれない。
どうする、どうしよう、どうしましょう…。
(一).何を言ってるんだ?恵里奈、急におかしなことを言いだして…。そして頭をなでる。
(二).おいおい、大丈夫か?一体どうしたんだ?。…不思議そうな顔をする。
(三).お父さんはお父さんだぞ?ほかの誰かに見えるのかね?。…笑ってごまかす。
さ、さあ…どれにする!?
「…今、お父さんの中に入ってるの?…あさくら…ひさよし…さん?」
げぇぇぇぇぇ…!?
名前までバレてる!?
「あっははははは!!…ねぇ…ちょっと…あからさまに、ものすごく動揺してるよぉ!?プッ…!それじゃあ、答えなくても認めてるのと一緒だよ!!あははははは…!!!!!…本当に…もう…おかしいったら…あはは…」
「あ、あのぅ…」
僕がなんとか声を絞り出したその時、風呂から上がった恵里奈の姉が、リビングに入ってきた。
「どうしたの?そんな大声で笑ったりして…」
お…お姉さま!!!!!
やばい!!もう終わりだ!!
すべてが終わりだ!!
「あ、お姉ちゃん。さっきはありがとね?本当に嬉しかったよ?」
バレる!!みんなバラされちゃう!!
ごめんなさい!ごめんなさい!!ごめんなさい!!!ごめんなさい!!!!
悪気は無かったんですぅ!
ほんとですぅ!神に誓ってほんと~~~~です!!
神に誓って僕は覗きとか、そういうつもりは無かったんです~~~~~!!!
「別になんでもないよ?…今ね?お父さんと話をしてて、もう…おかしくって…むふふっ!!」
「ふ~ん…それならいいけど…あ!お父さん、お風呂空いたからね~?それじゃあ、おっやすみなさ~い!じゃね、恵里奈!」
「おやすみ!お姉ちゃん!」
……へ?それだけ?…。
明菜が二階に上がると、恵里奈は可愛らしい顔に笑顔を浮かべた。
「幽霊って本当にいるんだねぇ…?」
…幽霊…?
あの…僕はどう反応したら良いのでしょうか?
「ねえ、死ぬってどんな感じなのかな…」
………………。
何も答えられない僕だった。
「あれ?舌を抜かれちゃった?」
悪戯っぽく笑う無邪気な恵里奈の笑顔はとても可愛らしかった。
考えてみれば、恵里奈をこうして間近で見るのは初めてなのだ。
「あの…死ぬ時は…その…一瞬で…その…そう…一瞬で終わるんだ…」
かろうじてそれだけの言葉を絞り出した。
嘘は言ってない。
僕が意識をなくしたのは、ほんの一瞬の事だった。
「…そう…なんだ…」
「うん…そう…」
この娘、僕が怖くはないんだろうか?
僕がこの娘の立場だったら、絶対に恐ろしいと思うはずだ。
「あぁ!!そうだ!」
「え?あ!ごめんなさいぃぃぃ!!」
僕は反射的に謝っていた。
…う…これではあの黒木医師と一緒じゃないか…。
「ん?なんで謝るの?」
「え?…だって、その…君の身体を勝手に…その…借りてしまって…」
木戸恵里奈はクスリと笑った。
「それより、ありがとうございました!」
「へ?」
恵里奈はソファーに座ったまま、ぺこりと頭を下げた。
「あなたなんでしょう?あの『腐れ外道』達を一網打尽にしてくれたの…」
…あぁ…そのことか……。
しかし、ここの二人は似た者姉妹だな?
表現が全く一緒だ。
「あの…あれは、たまたま運が良かったというか、なんと何と言うか…その…」
「本当にありがとうございました。本当はわたしが自分であいつらをぶち殺してやりたかったんだけど、まあ、ある意味では、わたしがやっつけた様なものだもんね?身体はわたしのだったんだし…でも、最後は本当に危なかったよねぇ?…」
「そ…そうだね…」
…こ…こうなったら、まな板の上のコイの気分になるしかない。
いわゆる、『ケ・セラセラ』、なるようになれだ…。
僕も男だ。
腹をくくれ!浅倉久美!!
「ねぇねぇ!教えて?どうやって人の身体に入るの?」
「どうやって…って言っても、僕にもよくわからないんです…」
「そっかぁ…」
恵里奈は少し残念そうにうつむいた。
「うん、よくは分からないけど、こうして神経を集中して…」
…僕は父親の身体から、抜け出ていた。
恵里奈の父親の身体から力が抜けて、ソファーにくたりと倒れる。
そして僕の周りの世界は水の中に沈んだ。
「さ…ん……さくらさん……あさ……さん……」
僕の目の前にいる恵里奈は天井の方を見て、僕の名前を呼んでいるようだった。
今、僕には耳も目も無いけど、目を閉じて耳を澄ますようにイメージしてみる…。
「浅倉さん?あれ?…いなくなっちゃったのかな…浅倉さん?」
よし、よく聞こえる。
目を閉じたのはイメージだけで、目は見えている。
水の中にいる感じは無くならないけど、よく見ると恵里奈と父親の身体の周りにうっすらと黄色い光の輪郭が見えた。
これは今初めて気が付いたことだ。
目の前の木戸恵里奈は、きょろきょろと辺りを見回し続けている。
…ほんとに…可愛い。
いやいや…こうしてはいられない。
僕は気を失ったままの恵里奈の父親の身体に戻った。
「ふう…」
「あ!戻ったの…か…な?」
「う、うん。戻りました…こんな感じです…人の中に入るのって…」
「ふうん…すごい力だよね?」
「そ…そうですかね?」
「うん!スゴイ、スゴイ!格好いい!」
…?
こういうの、普通は格好いいって言わないだろ…?
…と、その前に俺は彼女に謝らなければならない。
仕事の事とか、日記の事とか、お風呂の事とか、トイレとか、まあ…いろいろと…。
「あの…」
「ああ!!」
え?…。
「大変!お父さんが気が付く前に、浅倉さんはわたしに戻らなきゃ!!」
…戻っていいんですか?あんたは…。
自分が何を言っているのか、意味わかってる?本当に…。
ん?…気付くって、そういえば恵里奈はいつから僕の存在に気付いたんだ?
「え?気付くって?」
「うん、たぶん初めからではないと思うんだけど、ある時急にわかるの。はじめは夢をみているような感じだったんだけど……そうだ!あの『腐れ外道』の顔を見たときに、はっきりと分かったの!!」
恵里奈はしばらく考えて思いついたように話し続けていた。
あの『腐れ外道』か…。
こんな娘が口にすると、とても違和感があるが、確かに何度聞いてもあの『腐れ外道』にはピッタリのネーミングだ。
他のネーミングは考えられん…。
あの時もう少し僕に余裕があったら、もっと死ぬほどヤツの身体を痛めつけておいたのに…残念です。
「でも…いいんですか?僕がまた中に入っても…」
「だって、これ…バレたらまずいでしょう?」
「う、うん…確かにそうですけど…」
くっ…僕の方が一方的に押されているぞ?
これじゃあ、話があべこべじゃないか?
僕は世にも恐ろしい、人に憑りつくような『幽霊』なはずなのに…。
「じゃあ、とりあえず早く戻って!!」
「あの…本当にいいんですか?」
「いいも悪いもないでしょ?さ!早くっ!!」
「……すみません…じゃあ、お邪魔します…」
一体何を考えているのか…木戸恵里奈。
目を瞑って僕が体に入るのを待っている。
う…このままキスしたくなってしまうような綺麗な顔だな…。
いかんいかん…そっちに走るな、浅倉久美!
僕は、無意識に彼女の手を取り、彼女とのキスシーンに後ろ髪を引かれる思いで、木戸恵里奈の中に入るのだった。
不思議とフラッシュバックは無かった。




