事の終わりと…
犯人の名前は戸田圭一、二十四歳。
六日前に刑務所を出てから、もうすでにいくつもの犯罪を繰り返していた。
僕を襲っただけではない。
他にも三人の女の子が奴の友人のマンションに監禁されている。
薬を投与されての監禁だった。
そのうちの一人は目の前で彼氏を殺されていた。
まるで、スプラッター映画だ。
折り畳みナイフで少しずつ刻まれていく彼氏を見せつけられて半狂乱になっているが、轡を噛まされていて叫ぶこともできない。
こいつは本当に人の皮をかぶった獣だ。
それは、奴の身体に入った時に僕にインプットされた情報だった。
仲間の名前は矢立浩太、沼口英二、沢田貢、野見勝の四人だった。
奴らは、いずれも戸田圭一よりも若い十七歳。
僕はあの後、警察に駆け込んで、事情を話した。
監禁されている女の子たちについてもだ。
彼らが自己紹介をしたと嘘をついて、名前と年齢といかに自分たちが恐ろしい存在だという事を僕に述べたこと。
こうなった原因は、一昨年の冬にあった出来事に起因すること、五人のうち二人は僕が反撃したことで、怪我をしたこと。
彼らが途中で仲間割れを初めて、その隙をみて逃げて来た事など、事実に一部修正を加えながら話しをした。
本当に事実を述べたところで、誰も信じないだろうし、逆に僕の頭がおかしくなったと思われるだけだ。
警察は、すぐに公園に警察官を派遣して、四人は意識不明の重体、一人は全治半年以上の重傷で病院に搬送された。
僕はもう一度、名前と住所、連絡先など調書に必要な事項を聞かれたうえで、警察から解放された。
時刻は十一時を廻ったところだった。
「あ、木戸恵里奈さん?」
警察署の入り口で声をかけてきた人物がいた。
「あ、すみません。私は城谷警察、捜査二課の雨宮和久といいます。先ほどは名前を申し遅れまして、すみませんでした。あの、これ私の名刺なんですが、もし今後何か危険なこと等ありましたらいつでもご連絡ください。あと今日の事で何かほかに思い出したことなどもありましたら、いつでもいいですから、連絡ください…あの、本当におひとりで帰れますか?もしよければ、ご自宅までお送りしますけれど」
「いいえ、大丈夫です。ありがとうございます刑事さん」
「それか、誰か家の方に迎えに来ていただいては?」
「はい、もう父が向かってくれていますので…ありがとうございます」
僕は恵里奈の父親にあらかじめ連絡を入れておいたのだ。
警察署を出ようとしたところに、恵里奈の父親がものすごい勢いで駆け込んできた。
「おい!恵里奈!!大丈夫だったのか!?え!?」
父親は、よほど焦ってきたのだろう。
僕を見つけて息も荒々しく駆け込んできた。
着ている上着が裏返しになっている。
「ふふ…ねえお父さん。上着が…ほら…」
「笑ってる場合じゃないだろう!?本当に何もなかったんだな!?どこも怪我してないんだな!?」
錯乱している事この上ない。
まあ、当然と言えば当然だよな。
その父親のすぐ後に、ヘルメットをかぶった白バイ隊員が入ってきた。
「こら!貴様!!なんで警察署なんかに来てるんだ!!」
こちらはこちらで、えらい剣幕である。
ヘルメットから覗いた顔は真っ赤になっている。
まさにカンカンに怒っているというやつだ。
「どうしたんですか?」
雨宮刑事が白バイ隊員に事情を訊く。
「どうしたもこうしたもないですよ?雨宮さん…この人、信号無視三回、一時不停止四回…それもそのうち一回は、踏切でですよ?あと、速度オーバーに関して言えば八五キロですよ?もう滅茶苦茶ですよ!!」
…あらま…親父さん、それはさすがにまずいでしょ…?
しかし、当のオヤジさんは自分の背後にいる白バイ隊員など全く眼中にないらしく、真剣な表情で、僕の肩を両手でしっかりと押さえ、必死の形相で僕を見ている。
「お父さんありがとう。わたしは大丈夫だから…本当に運が良くて、何もなかったんだよ?あ…このワンピースは裂けちゃったんだけどね?」
「ワンピース?…そ、そうか…よかった…何もなかったんだな?…ああ、神様!!本当に良かったぁ!!!」
「あの…ちょっとあなた。事情はともかく交通違反は違反なんですからね?…あの運転はもう狂気の沙汰としか…」
「笠垣くん、ちょっと…」
雨宮刑事に手招きされた白バイ隊員は、しばらく何かささやかれていたが、そのうち両者のささやきは、小声での口論に発展していた。
僕はその間に、父親の上着を直してやる。
こんなになるほど慌てて、娘のピンチに駆けつけたんだろう…。
人の親だけど、なんだか心が温かくなるようだった。
「本当にありがとう、お父さん…」
「うんうん。良かった!本当に良かった!うんうん…」
父親の目からは涙があふれていた。
「いいですか?あんた、次はないですからね?本来なら完全に免許取り消しだよ?本当に…もう…〇▲◆□…」
雨宮刑事にやり込められたらしい白バイ隊員は、渋々の態でそう言いながら、彼が警察署を出て行くまで恵里奈の父親に釘を刺そうとしていた。
「さて…娘さんもお疲れでしょうからお父さん、気を付けてお帰りくださいね?」
雨宮刑事は最後まで冷静で、そして優しい態度を変えなかった。
「やっぱり、ボディーガードを雇わないといかんかな!?」
「ボディーガード!?」
帰り道、車の中で木戸奈津夫は娘にそう言った。
いつも冷静で温和なダンディズムを感じさせる父親は、今や犯罪におびえる気の小さい男になっていた。
それだけ、娘の事を大事に思っているという事だ。
僕もこういう事があって、蓮葉のことが心配になってきていたから、その心情はよくわかる。
「でも、さすがにそれは大袈裟だよ、お父さん…」
「大袈裟なものか!お前の一生がかかっているんだぞ?ボディーガードくらいつけたっておかしくないんだぞ?」
「うんうん、ありがとうお父さん。だけど、いつもいつもボディーガードの人が後ろをついて回っていたら、わたしの気がおかしくなっちゃうよ…」
僕のその言葉に、木戸奈津夫は無言で考え込んでいた。
今ボディーガードなんて着けられてしまったら、何をするにしてもやりにくい事この上ない。
何とか父親の考えを変えさせないとまずいな…。
恵里奈の家に戻ると、姉がガレージまで走ってきた。
エプロンをつけているところを見ると、夕食の準備でもしていたのだろうか?
「恵里奈!!大丈夫だったの!?」
「うん、大丈夫だった。ありがとね、お姉ちゃん」
すると姉の明菜は、助手席から降り立った僕をきつく抱きしめた。
「…よかった!…本当に…よかった!!……」
恵里奈の姉は、僕を抱きしめながら静かに泣いているようだった。
本当に素晴らしい家族だ。
姉の作ってくれた夕食は、正直に言ってあまりおいしくはなかった。
「ごめんね~。なんか落ち着かなくてさ…砂糖も塩もわからくなっちゃってさ…あはは…」
「なに、恵里奈も無事だったんだ。このくらい、なんでもないさ?なあ…恵里奈?」
「そうだよ、甘い卵焼きなんて久しぶりだし、これはこれで美味しいよ?ありがとね?」
そう…卵焼きが多少甘すぎるからって、食べられないものじゃない。
里芋とイカの煮つけが甘酸っぱくたって死ぬものでもないし、甘い焼き魚があったっていいじゃないか?
姉の、妹を思いやる気持ちが、この料理にはたくさん詰まっていた。
僕は、一応今回の事件について、語れる事をすべて語った。
犯人は、戸田圭一といって六日前に出所し、一年半ほど前に自分の身体を傷つけたのと同一人物であること。
他にも出所してから三人の女性を拉致監禁し、そのうち一人の女性の交際者を殺害していること。
共犯者が他に四人もいたことなど、話して支障がない部分だけを押さえて恵里奈の家族に伝えた。
「でも、よく無事に帰ってこれたわねぇ?ほとんど奇跡じゃない?」
「そ、そうだね…」
「でも、考えようによっては良かったわよね?恵里奈を襲ったその『腐れ外道』、もう二度と刑務所から出てこれないんじゃない?人まで殺してるんだから…。もしかしたら死刑かもね?そうよ!絶対に死刑だわ!!死刑に決まってる!!…あ!そうだ!!恵里奈もその三人の女の子を助けたことになるんだから、表彰されるかも知れないわよ?すっごいじゃない?恵里奈!!」
「おいおい…明菜、よさんか。女の子が『腐れ外道』なんて言葉を使うんじゃない。それに、恵里奈だって、まだ完全に落ち着いてる訳じゃないんだ…もし万が一にでも間違いがあったら、こんなふうに話もできなかったのだから…なあ?」
能天気な明菜に軽く釘を刺して、僕の方を見る父親。
…まだ落ち着いていないのは、あなたの事では?お父さん?…。
でも、それは仕方の無い事だろう。
僕も蓮葉が同じ目にあったら、この父親と同じ気持ちになるに違いない。
「おお、そうだった。すっかり忘れていたが、昨日の夜話した家政婦さんの件な、今朝知り合いの所で手配をしておいた。明日の朝から来ていただくことになっているから、覚えておいてほしい」
「えっ?どんな人?どんな人?」
姉が興味津々の態で父親に詰め寄る。
「それが、私にもわからんのだ。一応しっかり仕事のできる人を頼んでおいたのだがね。会社のつながりがある家政婦派遣会社に頼んだから、どういう人が来るのかまでは分からんが、まあ、私の所におかしな者を派遣することはないだろう…。あ、それとな、もし気に入らない場合は人を変えることも出来るらしいから、何か不都合があるときは遠慮なく言いなさい」
「なあんだ…そっか?じゃあ、明日の楽しみって事ね?」
家事から解放されるのは正直言って助かる。
自分の自由になる時間が多くなれば、それだけ恵里奈を解放してあげられる時間も早くなるだろう。
僕も明日が楽しみになった。
本当に、どんな人が来るんだろうか?
この時、未来を知ることなど到底できない僕には、このあと、僕たちにどんな未来が待っているのかなど想像することさえできなかった。




