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剣と剣~剣士物語~

作者: 蒼親

 みなさん、こんにちは。蒼親と申します。

 よろしくおねがいします。


 この短編は、小生が運営するWEBサイト「若高亭」にて、過去に掲載したものです。

 これは『ダルコラム・ストーリーズ』として描き続けているいくつかの小説の内、「第一章」という位置付けになっております。現在は、「第二章」以降も「若高亭」に掲載しています。

 この話は、個人的に、短く、比較的分かりやすくまとまっているほうだとおもいます。

 

 ご意見・ご感想、お待ちしております。

(1)剣士


 刀光と剣影が交錯し、ふたつの影が月下に踊る。

 二人の剣士が、互いの得物に火花を散らして切り結ぶ。

 一人は布の服に革製の軽甲をつけ、両刃の長剣を時に片手、時に両手で持って縦横無尽に跳ねまわり、巧みな技で前後左右からの攻撃を繰り返す。

 名はロダ。草原の民の戦士。

 いま一人は硬い鱗で覆われた肉体に、さらに鉄製の甲冑を着込み、太く長い尻尾と強靭な両足とで大地をがっしりとつかんで不動の体勢を取っている。巨大な鉈のような大剣から繰り出される一撃はただ一振りで地に穴を穿つほどである。

 名はアグル。鱗の民の戦士だ。

 種族も戦法も異なってはいたが、両名の力は全くの互角。二人とも一流の剣士だった。

 二人は旅をしていた。お互いに何の関わりもない旅だった。しかし、ともに剣の道を志し、技を競う相手を探す旅の途上である。腕自慢を見逃すわけはなかった。

 一目見ただけで、お互いの実力を知った。そして、お互いに今の自分に最も必要な相手であることを悟った。すなわち、実力伯仲の相手である。何をどうしたのかは二人にも分からない。ただ、気がつけば町はずれの荒野にやってきており、互いに剣を抜き合わせていた。

 初めての勝負が既に一年ほども前。以来、数度に渡り、引き分けと再戦を繰り返していた。

 日が沈むと同時に開始された今回の戦いは、ただ月のみを観客に、すでに数刻の間、途絶えることなく続けられている。

 明けない夜がないように、終わりのない勝負もまた存在しない。

 この二人の戦いにも、終焉は訪れた。

 高々と振りかぶられたアグルの剣が、唸りをあげてロダに迫る。しかし、驚異的な素早さを持つロダをとらえるには至らず、剣の届かない距離まで離れることを許してしまう。両者の間に一定の間隔が生まれる。

 それまで片時も休まずに動き続けていたロダは、一瞬立ち止まり、長剣を水平に構えると同時に突進する。渾身の突きである。

 対するアグルは、再び大剣を大きく振りかぶり、大地ごとロダを真っ二つにしてくれんと、必殺の一撃を繰り出した。

 二人の発する気合いが大気を震わせ、交錯する剣の閃きが、夜空に冴える。

 勝負は決した。

 しかし、地に倒れたものはいなかった。

 ロダの突きは、アグルの鉄の鎧を突き抜けたものの、強靭な肉体を突き通すには至らず、切先をわずかに肉にめり込ませたに過ぎなかった。

 一方のアグルの剣もまた、ロダを両断することはなく、ただ大地に突き刺さったのみであった。

 一瞬の間。

 青白く冴える月の下に決闘を行った両者は、互いに剣を引いた。

「やれやれ、また引き分けか・・・」

 ロダが腰に帯びた鞘に長剣を収めながら言う。

「いや、私の負けだ。貴公の突きに腰が引けて、剣先が鈍った」

 アグルが丁寧な言葉で応ずる。

「何をいってるんだ。俺の方こそ、踏み込みが足りなくてあんたの鎧しか貫けなかった。さすがは鱗の民。硬い体だ」

 命のやり取りをしていたにもかかわらず、二人とも実に呑気なことを言い合っている。これこそ互いに互いを認め合い、納得ずくで決闘を行った戦士の会話と言えるだろう。

「まぁ、いいか。次に会った時こそ決着を付けよう」

 右手を差し出すロダに、同じく右手を差し出したアグル。

 剣士と剣士の固い握手が、更なる精進の末の再開を約していた。

 



(2)依頼


 旅の途中、港町セストに立ち寄ったロダ。

 数日の滞在を予定し、その間に船を捜すつもりであった。

 東方の島国に伝わるという伝統の剣技を研究しに行こうと、東周りの船を求めていた。

 セストはこの大陸の西側沿岸にある町にしては品の良いほうだ。しかしそれでも、貧民街はあるしそこには当然のように悪いものが充満している。夜ともなれば、その傾向はより顕著となる。

 ロダは、ある意味では最も馴染みのあるその気配を意図的に避けて、悪くもなく良くもない空気の中をさまよう。

 なるべく剣技のこと以外は考えないように、他の厄介ごとに巻き込まれないように。

 しかし、持ち前の正義感は揺るがず、消すこともできない。

「やめてください! はなして!」

 女の悲鳴が聞こえてきた。

 ロダの鋭い感覚が、正確に悲鳴の聞こえた方向を特定する。同時に足がほぼ無意識的に動き、気が付けば目前に四人の男に取り囲まれてもがいている女が現れていた。

「いいじゃねぇか、すこしくらい」

「わるいようにはしねぇさ」

 男たちは口々に勝手なことを言っている。その言葉のうち、意味が正確に判別できるものは半分くらいしかなかった。

 要するに酔っているのだった。

「やれやれ、どこに行ってもこれか…」

 自身も決して裕福な生まれとはいえないロダは、少年時代からこういったことを目の当たりにしてきていた。見慣れた光景にため息をつきつつも、そこはそれ、手馴れたもので、何の気負いもなく酔っ払いに近付いていく。

「こらこら、おっさん達。若いお嬢さんにそんな態度をとると嫌われるぞ」

 ロダは、腕を掴まれている女に目配せをする。女はそれに気が付き、余分な事態を招かぬよう、息を潜めて成り行きを見守る。賢い女のようだ。

 これに対して酔っ払い達は、実にお粗末だった。完全に泥酔しており、自分達の目の前にいる男が剣を帯びていることも、極限まで鍛え抜かれた肉体を持っていることも理解できていないようであった。

「やれやれ…」

 ロダは再びため息をついた。

 そして、口から泡を飛ばして大声に叫ぶ酔っ払い達に視線を移すと、一足に間合いを詰めた。

「ほら、さっさと寝ちまいな」

 正面、右、左、そして女の背後。四人いた男達に順番に鉄拳を食らわせる。

 素早い動きだった。

 四人の酔っ払いはもちろん、その様をしっかりと見ていたはずの女にさえ、ロダの動きを正確に捉えることはできなかっただろう。それを示すように、女も呆気にとられたような顔をしている。

 事はまさに一瞬で終わったのだった。


「じゃ、気をつけて行くんだぜ」

 ロダは自分のマントを整える女の様子を見、外傷はないようだと判断した。マントの女、といっても年齢的にはまだ娘といっていい風情で、十代を出てはいないだろう。

 年頃の娘が、あまり治安がいいとはいえない下町に一人でやって来ている事に幾分か気をひかれるものの、人にはそれぞれ事情があるのだし、と自分で納得をするロダ。娘に背を向けて宿を探すために歩き出す。

 そこへ…。

「待ってください!」

 後ろから声がかかった。

「あの、あなたは剣士殿ですね?」

 ロダは振り向いて娘を見た。

「そうだが…。それが?」

「私の話を聞いてくださいませんか?」

 娘は目に涙を溜めていた。体も震えている。

 男たちに取り囲まれ、恐ろしい目にあったにもかかわらず、男を呼び止めなければいけないというのは、なかなか辛い事だ。しかし、娘の目には、その辛さを乗り越えるだけの決意の色があった。

 ロダは、娘の目を見た瞬間、振り返ったことを後悔した。

(まずい。この状況で何か頼まれたら、よっぽどの事じゃない限り断れんな…)

 ロダの勘は鋭く、的確だった。

 その娘には確かに頼みごとがあり、その内容は、腕に覚えのある剣士ならば、おいそれと断れるようなものではなかったのだ。

「実は、私の住んでいるソマロア村が盗賊団に狙われているらしいのです」

 娘は名をジェナといい、戦いの女神に仕える侍祭であるという。

 侍祭とは、神官の位の一つで、神殿を預かる司祭のところに住み込んで仕えることを主な仕事にしている者のことだ。

 ジェナは十七歳というから、ロダが知る中では最も若い侍祭である。

「大神殿を通じて騎士団に通報してもらったのですが、明確な証拠がないのに騎士を派遣するわけにはいかないと断られました」

「証拠がないのか?」

 ロダとジェナは近場にあった、少し高級な酒場に入っていた。金はかかるが安全と静寂を得るには仕方のないことだった。

「実のところ、村人には狙われる原因が全く分からないのですが、行商を生業にしている方が、村から山二つ離れた渓谷で、盗賊たちが村を襲撃する予定であるという話を聞いたそうなのです」

 ジェナが言うには、その行商人はソマロア出身で信用の置ける人物であるという。

 その行商人が、そうとは知らず、盗賊団に布や革などの雑貨を納めたころ、ソマロア村の詳しい位置を聞かれた。慎重に探りを入れたところ、どうやら手勢を引き連れて襲撃するつもりらしいと判断したのだった。

「行商の方はその知らせを村にもたらすためにかなり無理をなさったらしく、村長の家で臥せっていらっしゃいます」

 あまりにも激しい疲労に見舞われると寝込んでしまう事があるが、この行商人も、その症状であるという。

「あんた達はその行商人の話を信じたというわけか・・・」

 素朴な村人達なのであろう。同郷人に対して可能な限り信頼を貫こうとする。そんな様子がジェナの話からも伝わってくる。

「とても良い人達です。私は、子供の頃に教団に拾われた孤児なのですが、ソマロア村を故郷と思っております」

 ジェナの瞳には優しげな光があった。

 ロダはその光を眩しく感じた。ロダは決して冷徹な男ではない。それどころか、常から仁義を重んずる剣侠として生きてきた。だが、実のところ彼にとって、他人の持つ心の底からあふれてくる様な明るさ、時として、ただ明るいというだけでなく、目を背けたくなるような、焦げ付くほどの強い光のように思われるのだった。

「ですから、貴方の様な剣士殿を探していたのです」

 要するに、村を守るための自警団として腕の立つ者を探していたという事のようである。

 ジェナの言葉を聴き、ロダは考えた。受けるべきか、受けざるべきか・・・。

「警備隊は? マストラ山に、牙の民の山岳警備隊がいなかったか?」

 マストラ山とはソマロアから東に進んだところにある大きな山だ。そこには牙の民と呼ばれる頑健な肉体と高い戦闘能力を持つ人々が自治区を形成している。マストラの山岳警備隊といえば、大陸でもそれと知られた実力を持つ戦闘集団であった。

 このマストラ山は、ソマロアとは谷一つの距離にある場所で、決して近いとは言えないが、牙の民にとっては遠くないはずである。

「騎士団と同様でした。確証がなければ隊は派遣できないそうです……」

 ジェナはうなだれた。

 行商人が知らせをもたらしたのは二日前だという。

 今日までに、考えられる手は全て実行してみたようだが、結局は最寄りの町に出て腕自慢を募る事しかできないという結論になったらしい。

「なるほどな」

 ロダは顎に手を当て、伸び始めた髭をなぞった。

 そして考えた。

 だが、改めて考え始めたときに気が付いた。これまでの話を聞き、既に答えが出ていた事に。

「分かった。出来るだけやってみよう」

「ほ、ほんとうですか!!」

 ロダが言った途端、ジェナが掴みかからんばかりに身を乗り出してきた。

 あまりにも不意をついた突然の行動であったために反応の遅れたロダは、座っていた椅子ごと後ろに倒れる事になった。

「ぐはぁ!!」

 盛大に背中を地面にぶつけ、一瞬、呼吸が止まる。

「あ、す、すみません。大丈夫ですか?」

 涙を浮かべるほどに咳き込んだロダだったが、ジェナの心配そうな視線を受け、やや無理やりに呼吸を整える。

「ああ、なんともない。それよりも、この件は本格的な依頼として受けるが、いいか? 俺の流儀でやらせてもらう事になるぞ」

「構いません。私たちにもある程度の用意はあります」

 真剣な顔で語らう二人。

「報酬はきちんともらうことになる。俺は腕を必要以上に高く売るのは好きじゃないが、安売りもしない。それと、一番重要なことがある」

 ロダは、あえて金銭的な話を省いた。

 ごまかそうというのではなく、山間の農村に高額の報酬などは最初から期待していなかったからである。もともとロダ自身、金儲けや高名心などに縁がなく、興味も無いので、報酬に関してはどうでもいいとさえ思っていた。

 ただ一つ、どうしても要求しなければいけないことがあった。

「相手の盗賊団がどんな規模かは分からんが、場合によっては村人全員で逃げ出す事になる。それを覚悟しておいてくれ。命は何よりも大切だからな」

 万感の思いの篭ったロダの言葉を聞き、ジェナもまた蒼白になりながら頷いた。


 それから数刻後、夜明けの山道をロダとジェナが歩いていた。

 目的地はソマロア村。

 丸一日の行程であった。




(3)村


 ソマロア村に到着して間もなく、まずロダが案内されたのは戦女神シグの神殿であった。

 この女神は、勇気を持って戦う者に加護を与え、最後まで諦めない強さに祝福を与えるといわれている。戦士はもちろん、様々な事柄に挑戦しようと志す者達の全てから信仰を集める、大陸でも最も有名な神の一柱である。

「ゴレノ司祭。ただいま戻りました」

 ジェナが重厚な造りの神殿の扉を開ける。

「ああ、ジェナ。無事でよかった」

 中にいたのは既に老齢に達した司祭であった。

 ジェナは、ロダを司祭に引き合わせるとすぐに村長の下へと向かった。ロダは少し休んだ後に来てほしいとのことだった。

「このような無理を聞いていただいて、感謝します」

 ゴレノ司祭は、神への祈りを唱えながら、ロダに向かって頭を下げた。

 ロダは一瞬ひるんだが、司祭の人柄に好感を持った。

「いや、正直、戦女神の侍祭から頼まれては断れませんよ。なにしろ戦乙女もかくやというほどの美人ですからね」

 おどけた調子で言う。

 ロダの言葉を聴いたゴレノ司祭は、ちらりとジェナの去った方向を伺い、次にロダを見て、にやりと笑い、言った。

「ふふふ、自慢の侍祭ですぞ。くれぐれも手をお出しにならぬように」

 小さな村の小さな神殿に、豪快な二人の男の笑い声がこだました。


 しばらくして、ゴレノ司祭に付き添われ、ロダはソマロア村の長、コレトスの家に入った。

 そこで驚愕の光景に出くわした。

「アグル!」

 巨体を窮屈そうにかがめ、天上に頭を付けながら立っていたのは鱗の民アグルであった。

「草原の民ロダ、意外に早く再開したな」

「そうだな。……、で、どうする。約束通りに続きをやるかい?」

「その件なのだが、私から提案がある。一時休戦としないか。約束は一時的に保留という事にして。

お互いに特殊な状況におかれているようでもあるし」

「いい提案だ。賛成するよ」

「貴公ならばそう言ってくれると思っていた」

 ロダとアグルは硬く手を握り合った。

 そのときアグルが片目をつぶり、頷いた。

 ロダは、何度かのアグルとの戦いの中で、鱗の民には表情というものがほとんどないということを学んでいた。より正確に言うならば、草原の民と鱗の民とは、全く異なった感情表現を行うということだ。

 典型的な人間である草原の民は顔に表情が現れる。一方で、別名リザードマンとも呼ばれ、全身を硬い鱗で覆われた、二本足で立つトカゲのような姿をしている鱗の民は、顔に表情がほとんど現れないのだ。

 よって、別のもので感情を表出させる。それが目をつぶって見せたり、尻尾を振って見せたりという手法なのである。

 今回の場合、片目をつぶるというのは、喜びの表情の一つである。

「お二人は、お知り合いなのですか?」

 ジェナが言う。

「ああ、まぁ、お互いに技を競い合う好敵手といったところかな」

「うむ、そのようなものだろう」

 ロダとアグルは互いに目を見合わせ、頷きあう。

 その光景を見て、ジェナ、村長、ゴレノ司祭の三人は、なにをどう思ったか、より一層の信頼を覚えたらしかった。

「ところで」

 ロダが部屋の中にいる人々を見渡して言った。

「セストの町でも思ったんだが、あんた達は誰彼構わず腕自慢に声をかけていたわけじゃなさそうだな」

 それに村長が答えた。

「私達も、最初は誰でもいいと思っていたのです。まず時間が無いことが一大事でしたので。ただ、良く考えてみると、誰彼構わず腕自慢を、ということになると、無法者を集める事にもなりかねません。そうすると、最終的に盗賊団を内に引き込むのと変わらないことに気が付いたのです」

 村長の言う事は最もだった。村の防衛のために雇ったはずの用心棒が、盗賊に寝返ったりした場合は笑い話にもならない。

「私は、戦女神の神殿に行ったところ、この村の話を聞いたのでやって来た」

 アグルは、大きな町に設置された大神殿を収める高司祭からの紹介状を持参したのだという。

「あんたらしいな。正式な派遣ってわけかい」

「そのようなものだ」

 ロダはアグルの大剣が壁に立てかけられているのに気がついた。

 剣というよりは鉄板と言った方がしっくりくるような、実に凶悪な獲物である。

 その巨体に興味をそそられつつ、ロダは言った。

「ジェナにも言ったんだが、いよいよ、というときは村を放棄しなきゃならん。その準備はすぐに出来るか?」

 村長が答える。

「はい。実は村を守ろうという話と、村を放棄しようという話は同時に進行していました。村人としては可能な限り村に残りたいのですが、あまりにも危険が大きすぎますので…」

 村長は現実的な考え方のできる人柄のようだった。しかし、そうは言っても、農村の経営者にとって、土地を放棄する事は死にも等しい。何しろ経済や暮らしの基盤を全て土地に依存しているのだ。

いかに命の危険があるからといっても、村の放棄が苦渋の決断となるのは当然のことだろう。

「この村に自警団は?」

 アグルが言った。

「若者や猟師を中心に、一応形式的なものはありますが、実際に村を守れる程度かというと…」

 ぐるる、とアグルの喉が鳴った。村長は何事かと首をすくめてうろたえた。

 すかさずロダが言った。

「ああ、気にしないでやってくれ。今のは鱗の民の感情表現の一つで、それは参ったな、って感じのヤツだ」

 だろ? と、ロダがアグルを伺うと、巨漢のリザードマンは大きくゆっくりと頷いた。

 それにほっとした様子の村長が、続ける。

「それでは、自警団の団長を呼びましょう。ヨトンと言って猟師を…」

 村長が言いかけたとき、突然、家の扉が吹き飛びそうな勢いで開かれ、転がるようにして数人の男が入ってきた。

「そ、村長、大変だ!!」

「おお、ヨトン。いま君の話を…」

「そんなことより聞いてくれ! 奴らが来た!!」

 その場に冷たい空気がなだれ込んだように感じられた。

「奴らと言うと、盗賊団か?」

 ロダはヨトンという猟師に詰め寄った。

「あ、ああ。村から西に行った山の中腹辺りだ。まだ距離はあるが、大勢来てる。木こりのサルマが知らせてきたんだ」

 ロダはアグルを見た。また、同時にアグルもロダを見ていた。

「行ってみよう」

「うむ」

 二人は武器を手に取り、山へと向かった。




(4)敵


 山の中腹に、盗賊の陣地はあった。村まではおよそ半日といったところか。早朝に村を出たロダとアグルがここにやってきたときには既に昼近くなっていた。

 ロダとアグルは茂みに潜みつつ、様子をうかがうことにした。

 陣地の中心あたりに、大きな焚き火がおかれ、森の獣の肉が無造作に焼かれていた。無法者たちは昼間から酒盛りを行っているらしい。人数はざっと見て四、五十人。全て野党と考えるとかなりの大所帯だ。

 その中に首領と思しき、一際目立つ鎧甲冑の男がいた。

 漆黒の鎧に漆黒のマントを羽織り、同じく漆黒の頭環を頂いている。脇に立てかけられた剣は、柄拵えも鞘も黒で、禍々しい気配が漂っていた。

「あの黒い剣士が首魁のようだ。あの鎧と剣からはただ事ではない気配がする」

 アグルが眉間にしわを寄せ、右手で左のほほを撫でた。ただ撫でたのではなく、何かのまじないのようだった。

「なんてことだ、奴はギルースじゃないか」

 ロダは、盗賊の首領が、自分のよく知る人物であったことに驚いた。

「知っているのか?」

「ああ、俺の兄弟子だ。師匠に破門にされ、どこかへ去ったはずだったんだが…」

 ロダは剣の柄に手をかけた。

 その剣は師匠から受け継いだものだ。

「アグル、ここにいてくれ。奴と話をつけてくる」

 ロダは、何か言いかけたアグルを振り返ることなく、茂みを迂回して、反対方向から盗賊の陣地に入り込んだ。

「ギルース!」

 酒を飲み、仲間と話し込んでいた黒衣の剣士に近づき、呼び掛ける。

 ギルースはロダを認めると、目を丸くして、次にひどく冷酷な笑みを浮かべた。

「これはこれは、死んだはずの男に再び会えるとは」

 武器を持って立ち上がろうとした盗賊たちを、ギルースは片手で制した。やはりこの男が首領らしい。ロダは目に力を込めてギルースを見つめた。

「なぜあの村を狙う」

「ほほう、察するに、村の人間に雇われたか。相変わらず卑しい稼業を続けているようだな」

 ギルースは口元をゆがめながら言った。

「昔のよしみで教えてやろう。俺の仲間の一人が、あの村の出身でな。村の中心にある井戸に黄金を隠したのだ」

「黄金だと?」

「そうだ、しかもただの黄金ではない。『大量の』黄金だ」

 くくく、と、ギルースは喉の奥で笑う。

「それを奪おうというのか?」

「勘違いしてもらっては困る。あの黄金は俺のものだ。奪われたのは俺。自分のものを取り戻しにきただけさ」

「それならばなぜこんなに大勢の手下を連れてきた。自分ひとりで行けばいいだろう」

「俺もはじめはそのつもりだったさ。しかし問題が起こったんだよ」

「もんだい?」

「そうとも。俺から黄金を奪って逃げたそいつが、どこかに黄金の話を漏らしたらしくてな。関係のない有象無象が集まってきてしまったのさ」

「それがこいつらか?」

 ロダはあたりを見渡した。

 一見して腕の立ちそうなものは少ないようだった。気位と実力の高いギルースにならば、有象無象と呼ばれても仕方がない。

「違う違う。こいつらは俺の部下さ。有象無象はもう始末したよ」

「始末した…。まさか、殺したのか?」

「今そう言わなかったか? ははは、ははははははははっ!」

 ギルースの哄笑が響く。

「きさま、ついに堕ちる所まで堕ちたか!」

 ロダは、かつての兄弟子に、修行時代の面影を見ることができなかった。師の弟子の中でも最も秀でた才能を持った剣士であったはずなのに。

「だまれ!」

 ロダの言葉に、ギルースは目を見開き、歯を剥き出しにして叫んだ。

「俺をこんな風にしたのは誰だ? お前と師ではないか! たった一度の失敗を責め立てて、俺を追い出したのはお前たちだ!」

「その一度の失敗が、決して行ってはならない失敗だったんだ! 盗賊に身を落としてもまだわからないのか!」

「だまれだまれ! 貴様などは汚らしい暗殺者のくせに、なぜ師から剣の継承を許された! なぜ俺ではなかったのだ! 俺の悔しさが分かるか、貴様に!!」

「まさか、そんな理由で、あんなことを…」

「そうとも、十分な理由だろう!!」

 二人の剣士がにらみ合う。

 その場に充満する剣気のあまりの凄まじさに、周りの盗賊たちも固唾を飲んで成り行きを見守っている。

「ふ、まあいい。今回は見逃してやろう。さっさと帰るんだな。村人は逃がさんが…」

「なぜだ。なぜ村人を襲う必要がある? 黄金を持ってどこへでも行けばいいだろう!」

「それがそうもいかないのさ。俺の黄金は、あそこにあるだけじゃない。あそこにあるのは半分さ。残りの半分は、まだヤツが持っている。俺から奪ったアイツがな。アイツをおびき出すための餌にするのさ。村人をな。そうさな、半分くらいかな。残りの半分は見せしめに殺すんだ。まぁ、もちろん

生かしておくのは女だけだけどな! あはははははは!!」


 ロダは憔悴しきっていた。

 盗賊の野営地から離れ、村へ戻る途中である。

 ほんの短い間、あの男と会話したにすぎない。そう、本当に短い時間だったはずなのに、ロダの心と体は、何時間も剣を振っていたかのように疲れ切っていた。

「ロダ…」

 アグルが声をかけてくるが、それに応ずる気力さえなかった。

 視線だけを向ける。

「私は耳がいいほうでな」

 暗にギルースとの会話を聞いていたということである。

 ロダの心に、さらに黒いものがのしかかる。

 剣と剣で結ばれた、自分とアグルとの友誼に傷がつくような思いがした。

 しかし、聞かれたからには話さなければならない。それが最低限の礼儀のような気がした。

「俺は盗賊ギルドの中で育てられたんだ。親がいなくてな。それで、たまたま俺を育てた爺が、そのギルドの中でも指折りの暗殺者で、自分にはそれくらいしか教えられないから、と言って、俺に技術を叩き込んだのさ」

「なるほど、それであれほどに素早い剣を使うようになったのか」

「まぁ、爺と剣の師匠とが知り合いで、いつの間にか剣を学ぶようになっていたんだ。剣法は師匠から学んだが、確かに身のこなしなどは爺から学んだものかな…」

 ロダは、力のない笑みを浮かべた。

 育ての親を恨む気持ちはない。むしろ良く育ててくれた。しかし、生きてきた方法が、今となってはロダの心に暗い影を落としていた。

 なんの目的もなく、欠片ほどの誇りもなく、ただ依頼されたとおりに人命を奪っていた自分。正面から挑む戦いに目覚めた現在から見れば、過去の自分の、なんと醜いことか。

「私は、鍛冶師なんだ」

 唐突にアグルが言った。

「なんだって?」

 ロダは一瞬、意味が理解できなかった。

「私は鱗の民の中でも赤鱗と呼ばれる一族に生まれた。赤鱗というのは、両肩から背中にかけての鱗が赤いのが特徴で、鱗の民の中でも特に膂力が強い。普通の武器を使うと、自分の力で潰してしまうのだ」

「ははぁ、だからそんなバカでかい剣を振り回しているのか」

「うむ、そのようなものだ。普通の武器ではだめなので、自分で自分に見合った武器を作ることにしたのだ。鱗の民には戦士が多い。そして赤鱗には戦士であり鍛冶師でもあるものが多い」

 なるほどなぁ、とロダはうなずいた。

「うむ。人生とは一つではない。二つ、あるいは三つ、もしかしたらもっと多くのものが、複雑に入り混じっている」

 アグルの目には、限りなく真摯なものが煌めいていた。

「私が戦士として技を磨き、鍛冶師として自らの武器を作るように、入り混じった人生とは、互いに助け合っている」

 ロダは、アグルの目に吸い込まれていくような感覚を覚えた。

「お前の人生もまた、私の人生と変わらないのだ」

 一方だけでは成り立たない。様々な要素があってこその人生である。

 そう言われた気がした。

 ロダは、目の前にいる鱗の民の戦士が、自分が思っているよりもずっと高い年齢であることに思い至った。鱗の民は、草原の民よりも数十年、あるいは百年、長く生きる。その分だけ、重厚な人生を送るのだろう。

「そうだな。…、暗殺者だった俺、剣士の俺。どっちの俺も、俺には違いない」

 ロダは目の前が開けたような気がした。

「戻ろう。奴らも早々に動き出すだろう」

「そうだな。急いだ方がいいだろう」

 二人は森の中を駆け戻った。




(5)決戦


 村に戻ったロダとアグルは、村長の家に入るなり作戦を協議し始めた。

 協議、とはいっても、既に大まかな方針は決まっている。

「防衛戦ってのは、砦や城塞都市、あるいは最初から防衛を念頭において作られた集落で活用して初めて有効に働く戦術だ。この村では使えない。残念ならがらな」

「では、私達はどうしたら…」

 ロダは即席に作られた村の見取り図を検分しながら言う。それに対して、いよいよと時節が迫ってきた事を感じた村長が、湧き上がる震えを抑えるようにして言った。

 その場には、村長とゴレノ司祭、ジェナ侍祭の他に村の自警団の主だった面々が参加していた。

「盗賊団の陣地は村の西側に位置している。こちらに手勢が無いことは既に知られているだろうからおそらく、彼奴等はそのまま直進してくるだろう。自警団には、村の周辺に狩猟用の罠を張り巡らせてもらいたい。西側以外にだ。そして、最終的には退路確保をやってもらわねばならない」

 アグルが言う。その言葉に、猟師のヨトンが反応する。

「罠を西側に取り付けないのはなぜだ? 奴らが西から来るなら、西に集中させた方がいいんじゃないか?」

 ヨトンの疑問はもっともである。

 ロダが答える。

「防衛用の罠だったらそれでもいいんだが、狩猟用の罠じゃ大勢の人間を引っ掛けるのは難しい。だったら、入り口を狭めて、防衛しやすいように誘導するために使った方がいい。罠のある、もしくはあるのかないのか分からない道を通るよりは、罠のなさそうな道を通るだろうからな。それに、アグルも言ったが、奴らはこっちが碌に戦えないことを知ってる。さっさと村の中心まで行ってお宝を拝みたいはずだ。だから、罠の少ない道を用意してやれば、飛びついてくるはずさ」

 ロダが言い終わると同時に、数人の若者が部屋に飛び込んできた。

「あったぜ。凄い量の金貨だ」

 若者は、手に持っていた数枚の金貨を卓の上に出して見せた。

「多すぎて、どれだけの価値があるのか、さっぱりわからねぇ」

 村の中心に位置する古井戸を調べに行っていた自警団員である。

 全身がふるえている。

 人生のうちで見たこともない大量の財宝を目の当たりにして興奮しているのだろう。

「あの井戸は、私が若い頃に枯れてしまい、使わなくなってもう二十年になります。子供が落ちると大変なので、蓋をして、そのまますっかり忘れていました」

 村長は、若者が持ち帰った金貨の一枚を取り上げて見つめた。

「過ぎた財貨は災いの元。通常ならば私も、この金貨を欲しいと思うのでしょうが、今はただ、どこかへ消えてなくなってほしいと願うばかりです」

 こうして、ギルースの話が本当であった事が分かり、村人は新たに恐怖を覚えていた。

 村中に通達がなされ、村長の家やその傍に人々が集まっていた。

 村長の家は村の東側にあり、盗賊団が攻め込んでくると見られる西側からは一番遠く、森へ逃げる際にも都合がいいため、村人は手に持てるだけの家財を持って集まったのである。

「ロダさん、我々はどうなるのでしょう…」

 村長が不安そうにつぶやく。

「……、状況は厳しい。俺たちに出来る事も少ない。だから、村の人たちには決断してもらわなければならない」

 ロダは村長を正面から見据えた。

 村長も、その視線を受け止めた。

 アグルは、二人の動向を見つめた。

 村の行く末について、三人の頭の中では、既に結論が出ていた。


「だめだギルース。こっちにも罠がある」

 ギルースの率いる盗賊団は、当初、村の北側から進入する予定だった。

 部下の一人が罠に気付き、報告してきたのが一刻ほど前。山のように積まれた罠のせいで、すでにかなりの時間を浪費していた。

「ちっ、姑息な手を…」

 ギルースは部下の報告を聞いて舌打ちした。

 実際のところ、罠による被害は皆無だった。しかし、罠をよけて森を通るのはとにかく時間がかかったのである。

 ギルースは迷った。いまソマロア村にいる中で腕が立つ者は、かつて同門の士であった剣士のみだが、これからはわからない。すでに周辺の集落に応援を要請しているだろうし、悪くすれば騎士団からも援軍がやってくるだろう。決断を迫られた。

「よし、罠の無い道を探せ。やつらは待ち受けているだろうが、所詮は烏合の衆。蹴散らしてやる」

 ギルースの檄を受け、盗賊団は一斉に動き始めた。


 村は静まり返っていた。

 それは嵐の前の静けさであり、誰もがそれを感じ取っている。

 村の入口を示すための木製の門が、開け放たれている。もともと、誰かを締め出すためのものではなく、単に入口であることの他に役目を持たない、簡素な門である。

「やれやれ、まさかこんなところで戦うことになるとはな」

 ロダは独りごちた。

「意義のある役目ではないか。誇りを持って戦えばいい」

 アグルは低く言った。

 その表情は、やはり読み取ることができない。だが、全身にまとう空気が、彼もまた戦の予感に高ぶっていることを物語っていた。

 村人は村長の家の周囲におり、その周りを自警団が守っている。

 ロダは戦いを村の入口付近に集約し、村人が逃げる時間を稼ごうと考えていた。

 当初、盗賊団の襲来を防ぐ方法を検討したが、敵の人数が多いことと、敵の目的が村人の殺害にあることなどを考え、村の放棄を選択せざるを得なかったのだ。

「奴らが、この村にはたくさんの助っ人がいると思ってくれればいいんだが…」

「それは希望的観測だな。あのギルースという男、遠目からだったが相当の切れ者だ。この村に助っ人を頼むほどの財力が無いことくらいはお見通しだろう。それよりも私は、助っ人が貴公一人だけであると思ってくれることを期待している」

 ロダとアグルはそれぞれに自分の得物を手入れしながら会話していた。

 長剣を砥石で研ぐロダは、丁寧に刃を合わせていく。これを怠ると、剣から鋭さがなくなり、ただの鉄の棒と化してしまう。

 一方のアグルは、大剣に砥石をこすりつけて研いでいく。がりがり、と鋼鉄と石がこすれる音がする。

「なるほどな、やつらが俺一人に意識を集中させてくれれば、あんたが動きやすいわけだ」

「うむ。貴公が矢面に立ち、私が奇襲をかければ、稼げる時間も多くなるだろう」

「よし、とりあえずそれで行こう」

 二人は頷き合って、それぞれに行動を起こした。

 ロダはそのまま、村の入口に残り、アグルはいずこかへ姿を消したのである。

 鱗の民は生来の狩人であるという。一旦気配を立ったアグルを見つけ出すのは難しい。事実、ロダもアグルの正確な居場所は分からなかった。

 それから一刻ほどの後、ロダの眼前に盗賊団が現れた。

 てんでバラバラの装備、陣形もちぐはぐで、統率も何もあったものではない。しかし、それが返って不気味さを際立たせていた。

「やれやれ、さすがに四十対一ってのはまずかったかな……」

 ロダは舌を出して唇をなめた。

 実に壮観であった。

 四十人の盗賊が、手に手に凶悪な武器を持ち、今にも襲いかからんと機会をうかがっている。

 ロダの背筋を冷たいものが走る。しかし、そこは歴戦の強者。湧きあがる恐怖を即座に自分の意思の支配下に置き、平常心を保つ。

「ほほう、逃げずに待っていたとはな」

 ギルースが進みでてきた。

「まぁ、報酬をもらっているからな。それに、有象無象にやられるつもりはない」

 ロダはギルースに片目をつむって見せた。

 そして、手にした長剣とは別に、腰に帯びていた短剣を鞘ごと取り出す。

「これを覚えているか?」

 ギルースにも見えるように、短剣をかざす。

「ふむ。見覚えがないが、なんだ?」

 ギルースは、あごに手を当て、気取った態度をとっている。しかし、その顔には純粋に疑問の色があり、真に短剣の由来についての心当たりがない様子だった。

 ロダは一瞬両眼をつむり、小さく祈りの言葉を唱えた。ロダ自身は何の神も信仰してはいない。だが、「彼ら」は神を信仰していた。

「お前が火をつけた神殿から持ってきた短剣だ。あの時の放火で十五人死んだぞ。知っていたか?」

 ギルースは衝撃を受けた顔をした。しかし、それも一瞬のことで、またすぐにふてぶてしい表情に戻った。

「十五人か。思ったよりも多かったが、まぁ、仕方がないな」

 ぎりっ、と歯のきしむ音がする。

 ロダが歯をかみしめたのだ。

「そうか。まぁ、お前の答えは分かっていたが…」

「だったら聞くなよ。お前は昔からそうだったな。そうやって、無駄なものに意味を求めていた」

「無駄なものほど、価値がある。様々な価値がな」

「ふ、俺はいらないね、そんな価値。俺が欲しいのは、黄金さ」

「そうか、そうだったな…」

 ロダは、長剣を水平に構えた。

 ギルースは漆黒の剣を天に掲げる。

「もう気付いていると思うが、俺の剣は魔剣だ。鉄の鎧も紙の如く切り裂くぞ」

「当たらなければ意味はないだろう。そしてお前の剣は俺には当たらない」

 ロダは静かに、ギルースを見つめた。

 その落ち着いた態度が気に入らなかったのか、ギルースのこめかみに一筋の血管が浮き出る。

「そうだな、なら、俺以外の剣を当ててやるさ」

 いけ! と、ギルースは、ロダに盗賊たちをけしかけた。

 迎え撃つロダの動きは素早かった。正面から来た敵に剣を振りかぶる隙も与えず、一振りに斬り捨てると、右、左、また右、と一歩ずつ踏み込んで、一息に四人を斬り倒した。

 う、と盗賊たちがひるみ、その足が止まると、ギルースが目を血走らせて叫んだ。

「何をしている! さっさと殺せ!」

 ギルースは、ロダには構わず黄金を取りに行く心積もりのようだった。

「剣士としての誇りも失ったか!」

 自分と戦え。そんな意味を込めてロダが叫ぶ。

「ふん、言ったろう。俺はそんなものはいらん」

 ギルースは歩みを進めた。

 その時であった。

 恐ろしい咆哮とともに、アグルが竜巻の如く斬りこんできた。

「ぐおおおおおおお!」

 大剣を、膂力に任せてぐるぐると振り回し、寄ると触ると薙ぎ倒した。

「な、なんだあいつは!」

「ばけものだ!!」

 盗賊たちは思わぬ伏兵にすっかり浮足立った。

 驚いたことに、アグルの振り回す大剣は、一振りで二、三人をいっぺんに斬り飛ばしていた。盗賊たちは恐慌をきたし、わあわあと喚いて場を混乱させた。

 その機に乗じて、ロダも剣速を早める。

 敵陣の中央に向けて、長剣を縦横に振りながら、しかし的確に急所を狙い、敵を仕留めていく。

 たった二人の剣士にいいように翻弄され、アグルの突撃の衝撃から盗賊たちが立ち直るまでに、その数は半減してしまっていた。

「くそっ、なんだあいつは!」

 ギルースが叫んだ、そして、逃げようとする盗賊たちを鼓舞するために、自らがアグルの前へと躍り出た。

「くらえ!」

 咆哮を上げて迎え撃つアグルに、魔剣の一撃を叩き込むギルース。その恐怖の魔剣は紫色の煌めきを放ち、アグルに迫った。

 アグルは、上半身を反らし、剣先を避けたかに思われた。しかし、次の瞬間、アグルの左腕が宙を舞った。

「ぐああああっ」

 血飛沫が舞う。

 しかし、アグルは果敢だった。

 残った右腕で、周りにいる盗賊どもを薙ぎ払い、返す刃で再びギルースに斬りつける。

 唸りを上げて迫る大剣に、たまらずギルースも飛びずさり、距離をとる。

「おのれ、化け物め!」

 魔剣を構え直し、再びアグルに迫るギルース。

 しかしそこへ、ロダが稲妻の如く斬りこんだ。

「お前の相手は俺だ!!」

「くっ、邪魔だ!!」

 ギルースの魔剣が紫色の煌めきを放つ。

 ロダの長剣と、ギルースの魔剣が交差する瞬間、ロダは見た。

 魔剣の刃がまとう紫色の霧のようなもの。それがすっと伸びて、剣の刃のように鋭く硬く変化したのである。

 あっ、と思った時には遅かった。

「ぐぅっ」

 ロダは右足に焼けるような痛みを感じて、地面をごろごろと転がった。

 剣と剣は、正確に交錯した。魔剣自体の刃はロダには届いていない。しかし、魔剣のまとう紫の霧が刃となってロダの太股を深くえぐったのだ。

 傷は骨まで達しているかに思われた。

「はははっ、見たか、俺の剣の威力を!」

 勝ち誇るギルース。その光景を見て勢い付く盗賊たち。

「ロダ!」

 叫ぶアグル。

 ロダは、足から溢れ出す血を見やり、一瞬顔をしかめた。

「くそ……。まだまだ」

 諦めなかった。

 いかなる時も、ロダは諦めなかった。

 厳しい修行、死と隣り合わせの旅、そして幾多の決闘。

「俺はお前とは違う。師の言葉の意味も知ろうとせず、逃げだしたお前とは違うんだ。だから!」

 だから立つ。

 体を立たせることはできなくとも。心を奮い立たせる。

「死にぞこないめ、止めを刺してやる!」

 魔剣を振り上げたギルースが、ロダの目前に迫る。

 必殺の間合いまであとわずか、というところで、ロダの脳裏に閃くモノがあった。それは封印したはずの暗殺剣の型。暗殺者時代に養父から受け継いだ必殺の一手。

 考えるよりも先に体が動く。生き物としての生存本能と、戦う者としての闘争本能に突き動かされて……。

 ロダは長剣を左手に持ち、跪いた状態から左足に体重を移して力をためる。そして、腰に帯びた短剣を引き抜き、ギルースからは見えないように、自分の背後に隠す。

 一瞬の後、傷を負った右足の痛みを無視して一歩踏み込む。同時に、右手に持った短剣をギルースの体目掛けて投げる。気合い一閃、傷ついた右足にありったけの力を込めて、前へと跳躍する。

 ロダの手を離れた短剣は、風を斬り、正確にギルースの眼前へと迫る。ギルースは、その短剣を自らの魔剣で払いのけた。

 そしてそれこそがロダの狙いだった。

 全身を錐のように回転させ、長剣を突きだす。ロダの得意技である『突き』は、どんな状況にも対応できるように研究されている。片足が使えない時の工夫も十分だった。

 限界まで「ひねり」を加えたロダの体は、体中の関節という関節が伸びて、通常よりも間合いが遠くなっている。さらに、回転によって正確に伝達された力は、切先に必殺の威力を与えていた。

 草原の民の剣が、魔剣士の首筋へと吸い込まれる。

 ギルースが短剣を払いのけた魔剣は、すぐには引き戻せない。ロダの投げた「神殿の短剣」は、正確にギルースに致命傷を与える軌道を描いていた。それだけに、ギルースも本気ではね退けなければならなかった。

 ロダの体が錐もみ回転をしながら地面に倒れこむ。一瞬の間の後、シュウシュウという、風が漏れるような音が辺りに響いた。

 それは、ギルースの首筋から噴き出す血飛沫の音だった。

 地面に倒れたロダは、すぐさま上体を起こし、ギルースの姿をその双眸にとらえた。

 ギルースは悪鬼のような形相でロダを見つめていた。そして、その口が開かれる。

「ロダ、あのとき、お前が陣地にやってきたとき……。なぜ、俺がお前を返したかわかるか?」

 ロダは答えない。

「分かってしまったのさ。勝てないとな。………、そう、お前には勝てない。真剣勝負ではな。木剣を使った稽古なら、いくらでも勝てたのになぁ」

「ギルース!」

 ロダは叫んだ。しかし、既に魔剣使いのその眼にロダの姿は映っていなかった。

 魔剣士は立ったまま言切れていた。


 翌日。

 村を救った英雄二人は、村長の家へと招かれた。

 ギルースが死んだ後、盗賊団は鬼気迫るロダとアグルの射抜くような闘志に当てられ、戦意を喪失して逃げ去った。生き残った盗賊の数は十二名だった。

 その後、戦の終結した様子を察知した村人が駆けつけ、ロダとアグルの傷の治療が行われたのだ。

「私の力では、傷の治療が精一杯で、足を元の状態に戻すことはできませんでした……」

 うつむき、気を落とすジェナに、ロダは軽い調子で笑いかける。

「なぁに、歩けるようになっただけでも有り難いことさ。感謝してる」

 そこへアグルが入ってきた。

 鱗の民の戦士は、片腕を切り落とされたはずだったが、奇妙なことに、両腕が何事もなかったかのように存在している。

「ちっ、便利な体だな、あんた」

 ロダが舌打ちする。

「鱗の民は生命力が強い。傷口がきれいなら、こうして『くっつける』こともできる」

 アグルは片方の目を半分だけ閉じて見せた。鱗の民特有の「笑い」の表情だ。

 それを見たロダも、口元をゆがめ、そして声を立てて笑った。

「お二人には感謝の言葉もない」

 村長に促され、外へ出ると、いつの間に集ったものか、村人たちが家屋の正面にやってきており、口々に礼や称賛の言葉を述べた。

 生来の無頼者を自任する二人であったが、さすがに照れくさくなり、互いに目を見合わせて苦笑した。

 その数日後、二人は引き留める村人を振り切って、再び修行の旅へと出発することにした。

 当初の契約にあった金品よりも、盗賊たちの黄金によって若干増えた報酬を受け取る。

 護衛の報酬を受け取っても、まだかなりの金貨が残ったが、あとは村の発展の資金にしてくれるようにと、村長に伝えた。

 二人の剣士は、互いに手を握り合い、再会を約した。

 その様子を見て、遠慮がちにゴレノ司祭が声をかけた。

「あの剣は、本当に私が封印してしまってよいのかね?」

 ギルースの魔剣のことである。

「ええ、そうしてください。そして、あいつの墓にしてやってください」

 ロダは結局、兄弟子への憐憫を捨てきれなかった。

 優れた剣士であったにもかかわらず、道を踏み外した男。一歩間違えば、自分もそうなっていたかもしれない。人間が誰しも抱く、もし自分だったら、という幻想が、ロダを離さなかった。

「分かった。他でもないあなたの頼みだ。彼の墓は、私が責任を持って建てておくよ」

 ゴレノ司祭は、微笑みを浮かべてロダに約束した。

 ソマロア村を出発し、新たなる地へと旅立つ二人。

「よかったのか、あれで」

 アグルがロダに言った。

「なにが?」

 ロダは右足を少しだけかばいながら、杖をついて歩みを進める。

「あの魔剣、もらっておけばよかったのではないかと思ってな」

「おいおい、戦士アグルとも思えない言葉だな。あんな剣に頼っていちゃ腕が鈍る一方だぜ?」

 アグルの言葉に、おどけた調子で応じるロダ。

 確かに魔剣の威力は絶大だ。ギルースの持っていた剣も、使い様によってはロダ自身の役に立つ事だろう。しかしロダは、魔剣を村に置いて行く事にした。それも、ただ置いて行くだけではない。戦女神の力で封印してもらう事にしたのだ。これによって、少なくとも数十年は、あの魔剣の力は封じ

られる事だろう。

 魔剣というのは、魔術によって生み出された特別な剣だ。特別であるがゆえに絶大な力を持っている。その力の大きさは、時に一人の人間には重過ぎるモノとなることもある。

 ギルースが魔剣の力に負けたのか、それとも、ギルースの心の闇が魔剣を呼び寄せ、それを操るに至ったのかは分からない。

 ロダは思った。

 自分とギルースの違いを、そこにこそ見出さなければならない。

 何事にも挫けず、立ち向かう。その決意を、魔剣に頼らない、という自らへの誓いとして打ち立てたのだ。だからこそ、魔剣を村に封印してきた。

「俺は俺の道を行く。そして、その道で何かを見つける。………、何が見つかるのかは分からないがな」

 ロダは言った。

 その表情は、晴れ晴れとした輝きに満ちていた。


 のちに、草原の民ロダは『片足の剣聖』と謳われるようになり、鱗の民アグルは『嵐の大剣使い』として大陸中にその名を馳せることになる。

 しかし、それはまた別の話………。



     ダルコラム・ストーリーズ 第一章 『剣と剣』 了

 剣戟を有するアクションのつもりで書きました。

 「悪党」というのが、なかなか上手く表現できず、単に「ちょっとおかしくなってしまった人」として小さくまとまってしまった気がしています。

 それに、「いくつかある物語の一つ」という位置付けが最初から決まっていたせいか、「後に続く」という意識が表に出ているような気もしています。


 反省点の多いものになってしまいましたが、ありのままに評価していただければ幸いです。


 今後ともよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] すごい。(一度にここまで書いたことが。) 話も面白いです。 [気になる点] もう少しキャラの心情描写があったらいいと思います。 [一言] 読ませていただきました。 なかなか面白いですね。 …
2012/10/03 17:01 退会済み
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