ウィオレス反乱の鎮圧
ウィオレス―――ローゼリア北部にある都市。 元は独立した国であったが、3年前の戦争でローゼリアに降伏した。
「……申し訳ありません、隊長。 もう一度言って頂けませんか」
『紅の剣』に配属されて、およそ1ヶ月。 シェスカは比較的ここに馴染んでいた。 基本的に『紅の剣』の人間は、軍を嫌っているからだろう。 敵の敵は味方―――は、少し違うかもしれないが。
とはいえ、目の前にいる金茶の髪の男―――リヒャルト・アルヴァス―――とは相変わらずだ。
むしろ更に悪くなったかもしれない。
「ウィオレスで反乱が起きたので、ちょっと鎮圧してきてください」
おつかいを頼むような気軽さで命令を出す上司をどうして好きになれるだろうか。
「……鎮圧、ですか」
「えぇ。 カリスマ性のある1人のリーダーが率いる百人程度の集団です。 リーダーさえいなくなれば問題ないでしょう」
「軍の動きは?」
「リーダーがどうやら魔法をそれなりに使えるらしく、役立たずです」
ニコニコと、暴言を吐くときさえも笑顔なのだ、リヒャルト・アルヴァスという男は。 まったく信用ならない。
今回の命令だって、自分の隊の魔法使いを見せびらかそう、ぐらいにしか思っていないだろう。
嫌な奴、と心の中で呟く。 さすがに口に出すわけにはいかないが、これくらいは許されるだろう。
「リーダーや反乱軍の生死は問いません。 ただし、手柄は―――」
「―――軍には渡すな、ですよね?」
『紅の剣』に入隊してから何度も言われてる言葉を返すと、満足そうな笑みを浮かべる。
この男、寝てる時すら笑ってるんじゃなかろうか。 ふと浮かんだ想像を慌てて消し去る。
なにそれ怖すぎる。 否定しきれないところが特に。
「出発はいつですか?」
「今です」
「……は?」
「ですから、今です。 ここからウィオレスまではどんな早馬でも1日はかかりますからね」
「ふざけんなこの腹黒野郎」
「え?」
「……了解いたしました、隊長」
とうとう口に出してしまった罵倒文句はなかったことにする。
***
「まーた無茶言われたのか?」
隊長室から出ると、今度はニヤニヤ笑っているハークと会った。
(何なんだ今日は……最悪すぎる)
顔をしかめたシェスカに気付いていないのか、気付いた上でスルーしているのか―――間違いなく後者だ―――ニヤニヤ笑いのまま話しかけてくる。 呪われろ。
「安心しろよ、イリアには言っとくからさ」
「……隊長のこと話したの、アンタだって聞いたんだけど」
イリアの情報源である『あの人』ことハーク・ガーウィン。 平民出の『紅の剣』副隊長。 特殊魔法を3つも保持しているすごい人であるが、シェスカにしてみればただのロリコンだ。
当時12歳だったイリアに恋をした、22歳独身男性。
あれから5年経つが、恋は相変わらず続行中らしい。
あの子の気を引くためなら人を殺せるような類いの男。 イリアを傷つけることはないだろうから近づくことは許しているが。
「あぁ、話したよ。 心配そうな顔もかわいかったなー」
「死ね。 あの子はどんな顔しててもかわいいに決まってんでしょ!」
「全力で同意する。 ……で、何か伝えておくことは?」
ハークの言葉に、イリアの顔を思い出す。 何が一番あの子を心配させないか。 かつ、この男の邪魔をできるか。
隊長の用意した馬にまたがり、ハークを見下ろす。
言うべき、ことは。
「3日で帰る!」
オーケイという声を遠くに聞きながら、シェスカは駆け出した。