嫌いな人の話
金茶の髪と、暗緑色の目。
その色彩の組み合わせに、思わず息を飲んだ。
彼は『違う』とわかっているのに、どうしてこうも心が騒ぐのか。
リヒャルト・アルヴァス。 現皇帝の弟。 ついでに言えば、シェスカの新しい上司。
『違う』ことはわかっていても、彼のことは好きになれなかった。
女みたいに綺麗な顔も、さして筋肉などなさそうなのに剣技が一流なところも。
そして、何より。
―――初めまして、『イリーナの魔女さん』?
『紅の剣』に来た、初日のこと。
あの綺麗なお顔に何を考えているのかわからない微笑を浮かべて、あの男は言ったのだ。
思い出すだけで腹が立つ。
さすがに異動初日から問題を起こすわけにもいかず、理性を総動員させて耐えたのだが。
『イリーナの魔女』
畏怖や侮蔑といった感情とともに吐き出されるその名が、シェスカは嫌いだった。
少なくとも、今の上司と同程度には。
かつてイリーナという名前の国があり、その滅亡に多少なりとも関わった。
ただそれだけだというのに。
どうして、よりにもよって、こんな――――――
「―――姉様? もしかして、お疲れですか?」
心配そうにうかがうイリアにはっとする。 最愛の妹との貴重な時間だというのに、なんであんな男のことを考えなければいけないのか。 冗談じゃない。 今度会ったら殴ってやろうか。
「もしかして……『隊長』さんのせいですか?」
黙ったままのシェスカに、イリアは更に言葉を重ねる。 『隊長』さんというのはリヒャルトのことだろうから間違ってはいない、が。
「あの人に聞いたの?」
それをこの子が知るはずがない。 あの人にでも聞かない限りは。
「っ、あ、ご、ごめんなさい……!」
「怒ってないよ……イリアには、ね」
まったく、あの人はいつもいつも余計なことをしてくれる。 リヒャルトのことを言わなかったのはこの子に心配をかけないためだというのに、あの人はそれをわかっているのだろうか。 ……おそらく、わかってやっているのだろう。 そういう人だ。
厄介で面倒で忌々しくて、けれどイリアの役には立つ。
そうでなければ、とうにこの家への出入りを禁じている。
(本っ当の面倒な人……!)
正直、リヒャルトと同等だ。