眠らせ男と、不眠の第三王子
「カシカ、抱き締めて眠らせてくれ」
「嫌だが???」
俺は上客相手だというのに、反射的に心底嫌そうに断っていた。
この世界には特殊能力を持っている人間がたまにいる。
それも大きな能力ではなくて、落とし物をしても必ず手元に返ってくる能力とか、蝶の声が聞こえるとか、かなり限定的であり、人によってバラバラだ。
王都ギリギリに煙草の店を構える俺も特殊能力持ちであり、必要なお客さんは煙草以外を目当てにやってくる。
客は年寄りが多かったが、最近では噂を聞きつけた高貴な方もお忍びで来たりする。
彼もそのうちの1人だった。
カランと、ドアのベルが鳴って暗がりの店の中に入ってきた先頭の男を一瞥して、俺はカウンターから出ることもなく新聞に目を戻した。
「煙草一本、銀貨一枚。高級煙草一本、金貨一枚だよ」
決まり文句を言いながら、新聞で顔を隠して思いっきり顰めっ面をした。
先頭の男と、間1人挟んで奥の男は、街の男を装っているが明らかに護衛だ。
そうなると、真ん中の守られている平民に変装できていないどう見ても金持ちの男は、高貴な方に違いない。
めんどくせええ…。
そういう奴ほど、能力を求めてくるくせに平民の店のくせにぼったくりやがってとか、平民に触りたくないとか言ってくるんだよなあ…。
煙草だけ買って帰ってくんねえかな。
「……煙草以外があると聞いたのだが」
先頭の護衛がこちらを睨みながら、低い声で言ってくる。
平民の店に自ら来ておいて、おもてなしもされないことをいちいち睨まないでほしい。
護衛はおそらく主人を尊敬しているのだろう。
主人に対して無礼だから、奥の男も俺を睨んでいる。
知ったこっちゃないが。
その主人はというと、こういう店がはじめてなのか真ん中にいながら器用にあちこち見ている。
興味津々といった様子で、護衛と違って怒りも見えない。
「はあ、うちは煙草屋ですが」
「貴様が特殊能力持ちなのだろ!?さっさと案内せんか!」
恫喝って、憲兵に突き出していいんだっけ。
まあ、どうせあちらの味方をされて終わりだけど。
「こら、こちらが訪ねてきたのだから、その態度は感心しないよ」
穏やかで柔らかくよく通る声がして、その声の主が護衛を越してにゅっと顔を出した。
「店主、申し訳ない。躾がなっていなかったみたいだ」
「…ええ、次からは平民の店に馴染む者をお連れくださると助かります」
「善処しよう」
高貴な方相手に結構なことを言ったのに、彼は微笑んだままカウンターに近づいてきた。
護衛が焦って止めようとしたが、それを制して俺に近づいてきた。
「ここに睡眠へ導く能力のある方がいると聞いてきたんだ。よければ僕に紹介していただけないかな?」
彼は客に値する人だ、と商人の直感で思った。
「奥にご案内します。ここは煙草臭いので」
そう言ってカウンターから出て、扉を開けた。
彼は何も言わずについてくる。
いい人なんだか、危なっかしいんだが。
奥のスペースは診療所の診察室のようになっている。
それを見て、客の目が輝いたのが見えた。
どうやら好奇心旺盛な金持ちらしい。
「俺が『安眠』の能力持ちのカシカと申します。お客様は、あなたでお間違いないでしょうか」
俺の口調がさっきよりも丁寧になったからか、ふふっと声を漏らして向こうから手を差し出してきた。
「いかにも僕が客だ。名は名乗れないが、悪く思わないでくれ」
「ええ、構いません。ここにくる方は皆そういう方ばかりです」
俺は握手には応じずに、一台あるベッドに腰掛けるように言った。
握手しない俺を後ろからついてきた護衛がますます睨んでくるが、気にせず目の前の客に答える。
「申し訳ありません、俺は10秒以上触れるとその相手を眠らせてしまいますので、その手にはお応えできないのです」
事情を説明すれば、護衛は苦々しげな顔のまま目を逸らし、当の本人は自分の手を見つめて破顔した。
「それは仕方がないな。君の能力の発動条件まではこちらも知らなかったんだ。気を悪くしたかい?」
「いいえ、大丈夫です」
そう答えると、彼は嬉しそうに笑った。
目の前の人は今まで見たどの客よりも平民を装えていないのに、誰よりも柔和だった。
「俺が触っている間は、眠りに落ちます。そこで横になっていただければ必要な時間までお付き合いします。触れていい場所はご自身でお決めになってください。料金は、銅貨一枚です」
俺は煙草と変わらぬ必要な分の説明だけして、ベッドの横の椅子に座った。
「随分安いのだな」
「初回料金です。能力を疑ったり、文句をつけてくる奴が多いので。ご満足いただけなければ、二度と来ないでもらえればうちとしてもそれでいいので」
「なるほど」
そう言って彼は躊躇いもなくベッドに横になって、俺を見上げた。
「目の上に手のひらを被せてもらうことは可能なのか?」
「えっ、……あなたがいいなら俺はいいですが…」
そんなこと言ってくる客ははじめてで、驚いたが本人がいいならいいだろう。
大抵の客は手をと言うし、平民に触れたくなくて爪だけしか許さんとか言ってくる奴もいるくらいだし。
この人、変わってるなあ。
「暗い方が眠れるかと。まあ、この店はそもそも暗いがな」
「ご希望なら従うまでです」
明らかな貴族様に逆らおうとは思えない。
だいたいこんな親切な客、うちの客になってもらえたらありがたい。
「その間、君はどうしているのかな」
「触れていないと能力は発動しませんので、触ったままですが」
「君はしんどくないの?体勢とか」
俺の心配を客にされたのも、はじめてだ。
びっくりして目を丸くしてしまうが、ふと自然と笑っていた。
「慣れていますので、問題ありません」
「では、2時間ほど頼みたい」
「承知いたしました」
彼が目を瞑ったのを見て、俺はその上に手のひらを置いた。
わざわざのせているのだから、温めるぐらいにはなればいいなと思いながら。
「おやすみなさい」
この能力が発現したのは、5歳の時だった。
生まれてすぐではなくてよかったなと思うが、幼少期は多少困った。
外で母さんは俺と手が繋げないし、抱き締めてくれる時も眠ってしまう。
それでも、母さんは変わらず愛情を注いでくれた。
俺を抱き締める時は決まって座ったあと、俺を膝の上にのせた。
10秒の間に腕を回して、そのまま眠りにつく。
眠っている間も、俺は母さんの腕の中で。
そうやって育ったからそこまで捻くれることもなく、この能力は誰かのために使いたいと自然と思うようにもなった。
母さんが「カシカと寝ると、次の日すごくスッキリなのよ」と言ってくれていたのもある。
だから貴族方に罵倒されようと、こんな胡散臭い商売をしている。
近所のジジババたちは、普通に喜んでくれるしな。
子育て中の母親なんかは、30分でいいからお願いしたいと駆け込んでくる時もある。
それなりに、役に立っていると思っている。
この人は、どうして眠れないんだろうか。
隠せていない金髪を見ながら、静かに聞こえる寝息を後ろに立つ護衛と見守った。
「……こんなに深く眠れたのは、久しぶりだ」
寝起きふにゃふにゃの彼は、ぼーっとしながらそう呟いた。
「お加減はいかがですか?久しく寝てない方は、普段と違うので体が重かったりしますが」
「うん、すこしだけ、でも、頭は異様にすっきりだ」
「それはよかった」
俺は立ち上がって、水を持ってきた。
先に護衛に渡して毒味させる。
それを護衛が、彼に手渡した。
「慣れた手つきなのだな」
「あなたみたいなお客様は多いので」
こんなに終始穏やかなままなことは少ないが。
「ありがとう。ここ半年、ろくに寝れていなくて、君のことを聞いて最後の頼みの綱として訪れたんだ。助かったよ」
とろけるような寝起きの笑みは、女が見たらきゃあきゃあ言いそうだし、彼を好いている奴は顔を赤くするだろう。
これは、女にモテそうだ。
そう余計なことを思いながら、俺は態度を変えずに注意事項だけ伝える。
「今回ここで眠れたからといって、今後が変わるわけではありません。俺の能力はあくまで応急処置のようなものです。本当にお困りなら、医者に見せるなどしてください」
そう言うと、彼はようやくはっきりとした表情で頷いた。
「わかった。ありがとう」
護衛から銅貨一枚をもらって、見送った。
次があったら、また眠らせる。
ここに来なくても済むなら、それが一番。
俺はまたただの寂れた煙草屋に戻って、カウンターの中に入った。
それっきりでも随分物腰柔らかい客だったなあと印象的だったというのに、彼はそこから週一で通うようになった。
護衛は初回とは別の、もう少し人当たりのいい奴に代わった。
「あのですねぇ…、そんなにうちに来ても治るわけじゃないんですよ」
「カシカのそばが一番安全で眠れる」
「つーか、暇なんですか。あんた、たぶん偉い人だろうに働かなくていいのか?」
「普段働いているから、ここに寝に来ている」
もう何十回も顔を合わせ、毎週会い、仕方ないとはいえその肌に触れる間柄になっては、俺も向こうも丁寧さが崩れるのは割とすぐだった。
貴族の客とは思えないほど気安いし、俺の態度もお咎めなしだ。
窮屈は苦手なので、正直助かるが…。
「ほら、カシカ。僕の手を握ってくれ」
「それは可愛い彼女とかに言うんすよ」
俺の言葉に、目こぼししてくれている護衛のうちの1人が堪えきれずに笑ったのを背中で感じた。
「僕の手を取っていい人間は、僕が決めることだよ」
まるでロマンス小説のヒーローみたいなことを言いながら、俺の手を取って微笑みながら眠りに落ちていった。
すっかり馴染みの護衛たちも、それを見て1人は座り、1人は煙草屋の方に行く。
通い続けるうちに交代制になったらしい。
「働きすぎて眠れないって、あんたどんな立場なんだよ…」
これ以上は想像したくないからしないし、眠っている相手からも護衛からも返事はない。
客の詮索などしないし、知らなくていいことだ。
俺の客がここにいる間は眠れればそれでいい。
今日も顔立ちの整った寝顔を見ながら、ただ能力を使うだけだった。
そんなある日、とうとうこの上客はおかしなことを言い出したのだ。
「なあ、触れるというのは手以外でも発動するのかい?」
「まあ、基本的には」
「へえ〜!」
その顔がやけにニヤけていて、嫌な予感はしたのだ。
「じゃあカシカ、試しに抱き締めて眠らせてくれ」
「フツウに嫌だが?」
もはや顰めっ面など隠せていなかったが、彼はケタケタ笑うだけだった。
「いいじゃないか、実験してみたい!」
「男に抱き締められる趣味はないんですよ」
「抱き心地が悪くても文句は言わないよ」
「そこじゃない」
俺たちのやりとりに護衛は微かに笑っていたが、肝心な本人は目を輝かせている。
…そういえばこの人、はじめて来た時、きょろきょろと楽しげに店の中見てたっけ。
あれだ、好奇心が発動すると後に引かないタイプだ。
上客はさっさとベッドの端によると、俺の腕を掴んで引っ張った。
馬鹿みたいに力が強くて、俺は背中をくっつける形で男の腕の中に収まっていた。
「うーん、やっぱり抱き心地はよくないかも」
「あんたねぇ…」
「ふあ、おやすみカシカ」
次の瞬間には後ろから寝息が聞こえて、げんなりしながら目の前にいる護衛を睨んだ。
2人して何もなかったように、いつもの配置につきやがった。
助ける気ゼロか。
今日は1時間だけなのが、せめてもの救いか……。
なぜかガッチリホールドされていて、身動きがとれない。
それにしても、こんな細身にあんだけの力って、護衛並みに強えんじゃねえの?
ただ平民では全く敵わなかった。
この人、ほんとに何者なんだ…。
1時間きっかりで俺は彼の腕を解こうとしたが全然動かず、護衛に正式に助けを求めた。
3人ががりで引き剥がし、ようやくベッドから降りられたのに、服の裾を寝ぼけてつかまえられた。
「お客様、起きてください」
「…んあ、カシカ、どこに行くの」
「時間だから逃げてるんすよ」
「カシカがずっとそばにいてくれたら、いいのに」
何言ってんだこいつ、頭大丈夫か?
眉を顰めながら顔を覗き込むと、儚げな微笑を浮かべていた。
女が色めき立ちそうな感じで。
「カシカがいてくれたら、僕は嬉しいって話。いっそ王城に連れて帰りたい」
その言葉に、時が止まって、ついでに俺の息も止まりかけた。
は…………、なんだって?
バッと護衛の方に振り返ったが、気まずい顔のまま何も言わない。
もう一度、金髪さらさら腹立つくらいに美形の男を見下ろして、たぶん制御できずに睨んだ気がする。
いや待て、王城って言っただけだ。
どの身分なのか、仕えている人間なのかは聞いていない。
このまま何も口走りませんようにという願いも虚しく、彼は素晴らしき笑顔で楽しそうに言った。
「第三王子付きの侍従扱いにして、僕の部屋にいてもらうとか有りかな?」
無しだろ。
すっかり目が覚めていそうな第三王子とかいう人は、相変わらずにこにこして俺を見ている。
服の裾は、つかまったままだ。
何も聞かなかったことにしよう。
店、畳んで逃げるか。
現実逃避した頭の中でこの気を許しすぎの上客をぶん殴って、何もなかったのように答えた。
「お客様、お帰りの時間ですよ」
了
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