01|女神様のオシカケ面接:おはよう勇者の時間です
「勇者……勇者ヨ、目覚メルノデス」
どこからともなく、聞いたことのあるようなセリフが聞こえてくる。凛とした、美しい声が、脳内に直接語りかけてくる。
すげー。ついに俺にも来たか、この日が。
巷に溢れる、チートで無双。そろそろ来るかと思ってたぜ。俺も楽して稼ぎたい。それより楽して眠りたい…………グぅ……。
「勇者ヨ、目覚メナサイ」
勇者かぁ。
よく考えたら勇者って大変だよな。休みないもんな。周りの目があるからそうそうだらけてらんないしな。その点俺は今日、バイト休みだからな。今日は思う存分寝るぜ。まだまだ寝るぜ。夜まで寝倒すぜ。
「オイ、目覚メロッテ」
柄の悪い女神だ。
あー、かわいい女神様ならなぁ、目覚めないこともないよなぁ。いや、ダメだな。起きたら夢も覚めてしまうからな。ハハハ、愚にもつかないぜ…………グぅ……。
「オイコラ、目覚メロッテバ」
ユサユサ。
ひんやり柔らかい何かが、布団の上から足を揺さぶってくる。
つねってくる。
叩いてくる。
立ち仕事で足が怠いんだよな。あぁ、もっと……もっと強く……。女神、ぐっじょぶ……ぐぅっ……じょぶ……グぅ…………。
「オイコラ、イイカゲン目覚メロッテバカ!」
足の上にあった心地よい圧が消え、トンタタトンと、軽快な足音が遠ざかっていく。
もう一方の足を差し出して待っていた俺は肩透かしを食って、少しがっかりしていた。
ら、台所の方から、カンカンカン甲高い金属音が聞こえてきた。徐々にこちらへと近づいてくる。
アレはもしや、伝説のスキル「フライパンにおたま」じゃないか?
あの古の目覚まし技法を会得せし者だというのか⁉
なんてな。
そんなもので俺を起こせると思うなど、愚の愚、愚の骨頂よ…………グぅ……。
ふと、意識が浮上した。いつのまにか、耳元で繰り広げられていた古の呪術的覚醒舞踊騒音が止んでいた。
スゥーーーーーー……。
そよ風が俺の頬を撫でていく。
まるで春の女神がそっと吹きかける、祝福の吐息のようだ。どちらかといえば吐息というより、吸息って感じだな。そんで俺は休息…………グぅ……。
はた、と、そよ風が途絶えて一拍の後、
「オイィゴルラァアッ! 目覚メロォオッテバカガァアアーーーーーーーッ!!!!!」
強烈な怒声は俺の脳を貫通し、鼓膜は内側から破壊された。俺はもんどり打って床に落ちた。
布団が縋るように足に絡まり、なんとか俺とベッドとを繋いでいた。
心臓は衝撃にドコドコと波打ち、それに激しく相槌を打つように肩が激しく上下する。
しかしカーテン越しに頬に触れる金色の陽の光は、まだ目覚めるべき時ではないと、俺に告げていた。
早朝の光。希望の光。そして、二度寝の光である。
俺は諫めるように胸の辺りを撫でながら、ベッドの上に戻り、布団を被った。
それにしてもやかましい夢だった。急激に血圧が上がったのか頭がクラクラする。女神まで見える。やれやれ、俺は幻覚を遮るように布団を引っ張り上げ、再び横にな
ることができなかった。
突如、ボンッという風圧とともに、俺を包んでいた柔らかな温もりが消え、背中が露になった。四月とはいえ、布団なしではまだ寒い。
片手で布団の行方を探りながら、何事かと薄目を開けると、布団は磔刑に処された如く天井に張り付いていた。
「ソナタ、ワタクシヲ愚弄スル気カ」
このときようやく、脳の外から声が聞こえていたことに気づく。
ただでさえ狭い部屋に、長い裾をはためかせ、何者かが立っている。その背には朝陽も霞む後光が差している。
俺はついに幻覚を見ているのだった。連日の激務(数か月前)の後遺症に違いない。この状況を受け容れられない俺の手は、依然、布団を探し空を彷徨っている。なんと憐れなことか。
「誰が幻覚か」
目の前の幻覚は、俺を白い目で見据えて言った。幻覚もまた、幻覚であることに気づいていないのだった。なんと憐れなことか。いとをかし。
「そなたも磔になりたいか」
幻覚がそう言い終わらぬうちに、俺は急に自分の身体が軽くなった気がした。
信じられない。
こんなに身体が軽く感じられるのはいつぶりだ?
とか言ってる場合ではないのだった。俺は確かに宙に浮いていた。
ベッドから数十センチは高い位置にいる。目の前の幻覚、もとい、幻覚モドキ(ややこし)がその手をヒラヒラ上下に振るごとに、俺もクヮン、クヮンと上下に振られ、目覚めて早々、三半規管がやられている。
「すみません」
「うむ。現実から目を背けるでない」
「吐きそうです」
言った途端、俺はボゲッとベッドの上に落ちた。
「ぎ、も゛、ぢ、わ゛、る゛、い゛」
「ようやく、話を聞く気になったようですね」
青い顔の俺に、幻覚モドキが微笑みかける。あぁ、なんという神々しさ。女神のようだ。
「……女神だと言うておろうが」
『女神』の前にモニョモニョと早口で何か言ったが、聞き取れなかった。
そもそも、そんなことはどうでもいい。俺はベッドから這い出てトイレに向かう。
ことはできなかった。
「では、最初からやり直しだ」
女神(幻覚モドキ)は、フライパンの餃子を皿に返す要領で、手のひらをくるりと下に向けた。
「お゛、ぇぇえっ、やめろ゛ぁおぅ……」
今まさにドアの取っ手を掴もうとしていた俺の身体は、ふわりと虚しく浮き上がり、弧を描くように宙で半回転させられ、布団の無いベッドに押しつけられた。
無残に天井に磔になったままの布団と向かい合いながら、俺は吐き気に耐えた。
この神聖な場所を汚すわけにばゆかぬ。トイレとはいわぬまでも、せめて床へ、床で吐かせてくれ。
「エェ、ゴホン」
幻覚モドキ(悪魔)の誤光が燦々と俺の目を眩ます。
「勇者……勇者よ、目覚めるのです」
そうか!
これは夢などではない。幻聴だ。
幻聴、幻覚に吐き気……、昨日何食べたっけか。煮込みハンバーグのマッシュルームか?
「失礼な奴だな。あれは長野県産の良質なシメジである」
そうなのか。疑って悪かったシメジ。
じゃあ、チーズの方。
「返す返すも無礼な奴だな。あれはスティルトンチーズではないぞ。日本の工場で造られた、安心安全真心入りプロセスチーズぞ。オランダ産ゴーダチーズとイギリス産チェダーチーズから作られておる。個神的に社名が気に入っているぞ」
そうだったのか……。
疑ってすまないチーズ。
「よくご存じだワン」
「そんなことより、そろそろちゃんとやってくれないか」
「……ハイ」




