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7.ソル・フロール

夜の広場に生まれた小さな歓声は、

大地の予想を超える速さで村の中に広がっていった。

ラステリのジャグリングショーが終わったあとも、

子供たちは興奮冷めやらぬ様子で、

何度も「あれすごかった!」「石が星みたいだった!」と騒いでいた。

その笑顔を見ているだけで、

華岡大地の胸は妙に熱くなった。

たった十人。

されど十人。

観客の数は決して多くなかった。

だが、自分たちの舞台を見て、

確かに笑ってくれた人がいた。

それだけで十分だった。

――マスター、みんな笑ってました。

頭の中に響いたラステリの声は、

昨日までよりずっと弾んでいた。

「ああ。お前が頑張ったからだ」

そう返すと、

ラステリは嬉しそうに小さく跳ねた。

広場に残っていた子供たちは、

なおも興奮気味にラステリを囲んでいる。

「ねえ、明日もやるの?」

「もっと見たい!」

「次はぼくも手伝える?」

矢継ぎ早の声に、

大地は思わず笑った。

「やるよ」

その一言で、

子供たちの目が一斉に輝いた。

「本当!?」

「やったー!」

その歓声を聞きながら、

大地は胸の奥でそっと思う。

……これだ。

これこそ、自分が見たかったものだ。

豪華な舞台装置も、

満員の客席も、

派手な照明もない。

それでも、

たった一つの芸が人の心を動かす。

その事実が、

何より嬉しかった。

翌日。

まだ日が高いうちから、

広場の近くには小さな人影が集まり始めていた。

昨日来てくれた子供たちだ。

その表情には、

疲れた村の空気には似つかわしくないほどの期待が宿っている。

だが、昨日と違うのはそれだけではなかった。

子供の後ろに、

大人たちの姿もあったのだ。

母親らしき女性が、

半信半疑の顔でこちらを見ている。

腕を組んだ父親が、

「本当にそんなに面白かったのか」とでも言いたげに立っている。

水を分けてくれた少女も、

今日は母親の手を引いてやって来ていた。

「……広まるの、早いな」

思わず苦笑する。

――ぼく、きょうもがんばります。

ラステリの声は、

昨日よりほんの少しだけ頼もしかった。

「ああ。今日は一歩先に進もう」

大地はしゃがみ込み、

ラステリの高さに目線を合わせる。

「ただ見せるだけじゃない。

 今日は、みんなを巻き込む」

――まきこむ?

「一緒にやるんだよ。

 観るだけじゃなく、参加してもらう」

サーカスの魅力は、

ただ技を見せることだけではない。

観客を舞台へ引き込み、

一緒に空気を作り上げることにある。

大地はそれを、

誰よりも知っていた。

夜。

再び広場に人が集まる。

昨日より明らかに多い。

子供たちの数は変わらないが、

その後ろには親たちがいる。

全部で二十人を少し超えるくらいだろうか。

大舞台にはほど遠い。

けれど、

今の自分には十分すぎる観客だった。

大地はいつものように一歩前へ出る。

右手を上げ、

目にかかった前髪をかき上げる。

指輪の奥で、

星空のような光がゆらめいた。

「──さぁ、開演だ!」

淡い光が広場を包む。

粗末な踏み台と灯り。

だが昨日よりも、

その光は少しだけ強く見えた。

最初の演目は、

もちろんラステリのジャグリングだ。

石が宙を舞う。

一つ、二つ、三つ。

昨日よりも動きは滑らかで、

不安げだったラステリの体には

確かな自信が宿り始めていた。

子供たちが歓声を上げる。

「すごーい!」

「きのうより上手い!」

そこで大地は、

あらかじめ拾っておいた小さな木の実を手に取った。

「今日は特別だ。

 手伝ってくれるお客様を募集する」

ざわり、と子供たちの空気が変わる。

一斉に手が上がった。

「はい!」

「ぼくやる!」

「わたしも!」

その中から一人の男の子を前に呼ぶ。

最初は緊張していたが、

周囲の子供たちに背中を押され、

おそるおそる舞台の近くまでやって来た。

「この木の実を、ラステリに向かって軽く投げてみてくれ」

「えっ……大丈夫?」

「大丈夫だ。

 うちの団員を信じてやってくれ」

そう言うと、

ラステリはぴしっと体を震わせた。

男の子が木の実を投げる。

ラステリがそれを受け止める。

さらに石と混ぜて宙に放る。

一つ、二つ、三つ、四つ。

おおっ、と

今度は大人たちからも声が漏れた。

昨日までは半信半疑だった親たちの顔に、

確かな驚きが浮かぶ。

そこからは早かった。

子供たちを次々に参加させ、

ラステリは落とさず、乱さず、

木の実も石も自在に操っていく。

緊張していた子供も、

途中からは笑顔になっていた。

広場には、

昨日とは比べものにならないほどの笑い声が広がった。

そのたびに、

大地の指輪が熱を帯びる。

胸の奥へ流れ込んでくる感覚。

これが感情。

これがDP。

数値を見なくても分かった。

迷宮が、喜んでいる。

ショーが終わる頃には、

子供たちはすっかりラステリの虜になっていた。

「また見たい!」

「明日もやって!」

「次はもっとすごいやつ!」

その声に、

大人たちも苦笑しながら頷いている。

「あんた、本当に大したもんだな」

「こんな村で、こんなに笑ったのは久しぶりだ」

その言葉は、

大地の胸に深く染みた。

翌日。

三度目の夜。

広場には、ついに村人たちのほとんど全員が集まっていた。

子供も、大人も、老人も。

昨日は来なかった者たちまで足を運んでいる。

小さな開拓村。

貧しく、余裕もなく、

笑うことすら忘れかけていた人々。

その全員が、

今はこの小さな舞台を待っていた。

大地は、

広場を見渡して息を吸う。

たった数日で、

ここまで来た。

もちろん、

まだ何も成し遂げていない。

舞台は小さく、

出来ることも少ない。

けれど確かに、

ここに“サーカス”は生まれていた。

「ラステリ」

――はい、マスター。

「今日は、この村の全員を笑顔にする」

――……はい!

その返事には、

もう怯えはほとんどなかった。

大地は前へ出る。

村人たちの視線が集まる。

夜風が吹く。

星が瞬く。

右手を掲げ、

前髪をかき上げる。

「──さぁ、開演だ!」

光が広がる。

舞台が生まれる。

歓声が起こる。

その夜、

ラステリはこれまでで一番のジャグリングを見せた。

石。木の実。細い枝。

投げ、受け、弾き、回し、

まるで踊るように宙へ描いていく。

途中からは子供たちだけでなく、

大人も手を叩き、

老人まで目を丸くして見入っていた。

笑い声が上がる。

拍手が鳴る。

驚きの声が重なる。

その全てが、

大地の胸を震わせた。

ああ、そうだ。

自分はこれがやりたかった。

人の心が動く瞬間を作りたかった。

歓声の真ん中で、

誰かの明日を少しでも明るくしたかった。

ショーが終わったあと、

広場には大きな拍手が残った。

昨日まで疲れ切っていた村人たちが、

今はみんな笑っていた。

それを見た瞬間、

大地はようやく確信する。

この世界でもやれる。

いや――

この世界だからこそ、

やれることがある。

村人たちに囲まれながら、

大地は静かにラステリへ語りかけた。

「団の名前を決めよう」

――だんの、なまえ?

「ああ。

 俺たちは、もうただの迷い人とスライムじゃない」

大地は夜空を見上げた。

この村に初めて灯った笑顔。

暗い場所に差し込んだ温かな光。

そして、これから咲かせていきたい無数の笑顔。

そのイメージが、

自然と一つの言葉になった。

「ソル・フロール」

ラステリが小さく揺れる。

――それって、どういう意味ですか?

「太陽と、花だ」

大地はゆっくりと答える。

「暗い場所を照らして、

 人の心に花を咲かせる。

 そんなサーカス団にしたい」

ラステリは一度だけ大きく跳ねた。

――すてきです。

 ぼく、ソル・フロールのラステリです!

その声があまりにも嬉しそうで、

大地は思わず笑った。

村人たちの笑顔。

仲間の声。

小さな舞台。

最初の成功。

全てを胸に刻みながら、

大地は静かに前を向く。

ここは始まりの場所だ。

けれど、終着点じゃない。

もっと多くの人に届けたい。

もっと多くの笑顔を見たい。

そのために、

自分たちは旅に出る。

「行こう、ラステリ」

――はい、マスター!

その返事は、

もう最初の頃の弱々しいものではなかった。

夜の風が、

新しい旅立ちを祝うように吹き抜ける。

こうして。

最弱ダンジョンマスターと、

ビビりなスライムの小さなサーカス団

**《ソル・フロール》**は、

最初の舞台を成功させた。

これはまだ、

大いなる物語のほんの始まりにすぎない。

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