6.小さな始まり
夕暮れがゆっくりと沈み、
村は静かに夜へと飲み込まれていった。
粗末な木造の家々の隙間から、
ぽつり、ぽつりと橙色の灯りが漏れ始める。
昼間よりも人の気配は少なく、
どこか張り詰めた空気が漂っていた。
華岡大地は、
村の中央にある空き地に一人立っていた。
広場と呼ぶにはあまりにも簡素な場所。
地面は固く踏み固められ、
雑草がところどころに顔を出している。
それでも視界は開けていた。
夜空の星が、よく見える。
「……ここでいい」
小さく呟く。
豪華な舞台など望めるはずもない。
観客席も、照明も、音響もない。
だがそれでも――
舞台は作れる。
そう信じていた。
足元では、
スライムのラステリが不安そうに揺れている。
――マスター……
ほんとうに、やるんですか?
その声は震えていた。
「やるよ」
大地は迷わず答える。
「俺たちは今日、
この村に恩をもらった」
昼間の光景が脳裏に浮かぶ。
乾いたパンを分けてくれた老婆。
ぎこちなく笑った青年。
水を差し出してくれた少女。
決して余裕がある人々ではなかった。
それでも、
見知らぬ自分を受け入れてくれた。
「だから、返したいんだ」
静かに言う。
「笑顔を」
その言葉を聞いたラステリは、
小さく体を震わせながらも頷くように揺れた。
大地は村の家々を回り、
今夜ここで見世物をすることを伝えた。
だが反応は様々だった。
「見世物……?」
「そんな余裕はないな……」
困惑する声。
戸惑う表情。
それでも、
誰一人として無下に断る者はいなかった。
「時間があれば行こう」
そんな言葉を何度かもらいながら、
大地は再び広場へ戻る。
夜は完全に訪れていた。
風が冷たく、
星がやけに近く感じる。
心臓が少しずつ高鳴り始める。
舞台直前の感覚。
それは異世界でも変わらなかった。
「準備はいいか、ラステリ」
――はい……がんばります。
その返答に、
大地はほんの少しだけ笑った。
その時だった。
遠くから足音が聞こえる。
一つ、また一つ。
暗闇の中から現れたのは――
子供たちだった。
年端もいかない小さな影が、
恐る恐る近づいてくる。
やがて十人ほどが集まった。
「ほんとに何かするの?」
「魔法?」
「お化けじゃないよね?」
無邪気な声が、
静かな夜に響く。
大人の姿はほとんどない。
ほんの一瞬、
胸の奥に不安がよぎる。
これでいいのか。
これが最初の舞台なのか。
だがすぐに思い直す。
人数は関係ない。
「……観客は観客だ」
むしろこの小さな舞台こそ、
自分の原点にふさわしいのかもしれない。
大地は一歩前へ出る。
子供たちの視線が一斉に集まるのを感じた。
右手をゆっくりと上げ、
目にかかった前髪をかき上げる。
黒い指輪が、
夜空の星を映すように輝いた。
「──さぁ、開演だ!」
その瞬間。
足元に淡い光の円が広がる。
小さな灯りが空間を照らし、
地面から粗末な踏み台が現れた。
子供たちが一斉に息を呑む。
「うわ……!」
その中央へ、
ラステリが躍り出る。
体はまだ震えている。
だが逃げようとはしない。
大地は静かに石を三つ置く。
「最初の演目――
ジャグリングショー」
石が宙へ舞う。
一つ。
二つ。
三つ。
ぎこちない動き。
それでも確実に、落とさない。
軌跡が夜空に光を描く。
やがて子供たちの表情が変わる。
不安が消え、
驚きが生まれ、
そして笑顔が広がっていく。
「すごい……!」
その声が聞こえた瞬間。
指輪が強く脈打った。
温かな何かが胸の奥に流れ込む。
迷宮が、
初めて“感情”を受け取ったのだと理解した。
大地は確信する。
――この道でいい。
小さな舞台の上で、
石は輝き続けていた。




