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4.ラステリ

洞窟の空気は、相変わらず冷えきっていた。

だが華岡大地の胸の内には、

先ほどまでとは違う熱が灯っている。

目の前では、小さなスライムが石を抱え込んだまま、

不安そうにこちらを見上げていた。

「……よし」

大地はゆっくりと立ち上がる。

身体はまだ重い。

状況も何一つ好転していない。

それでも、何かを始めなければならないと

本能が告げていた。

「もう一回、やってみよう」

石を三つ拾い上げる。

スライムの前に置くと、

彼はびくりと震えながらも体を伸ばした。

「怖くない。さっき出来てただろ」

優しく声をかける。

ぷるぷると揺れながら、

スライムは石を一つ持ち上げる。

その動きは相変わらず滑らかだった。

まるで身体そのものが

重力や衝撃を計算しているかのように、

無駄がない。

「いいぞ……そのまま」

大地は一つ目の石を宙へ放る。

続けて二つ目、三つ目。

最初は混乱したように体を揺らしていたスライムも、

やがてリズムを掴み始めた。

石が空中で弧を描く。

淡い光を受けて、静かな軌跡を残す。

洞窟の暗闇の中で、

小さな舞台が生まれつつあった。

「すごいな、お前」

思わず本音が漏れる。

戦えない。

強くもない。

だがこの器用さは、確かに才能だった。

大地はさらに石の数を増やす。

四つ、五つ。

難易度が上がるほど、

スライムの動きは必死になっていく。

それでも、落とさない。

落としたとしても、

次の瞬間には軌道を修正して拾い上げる。

「……努力型か」

その姿に、かつての自分を重ねる。

才能ある演者たちを陰から支え、

観客の歓声のために走り回っていた日々。

ふと、大地は気づいた。

「……そういえば」

名前がない。

呼びかける時も、

説明する時も、

ただ「スライム」としか言えない。

それはあまりにも味気なかった。

「お前、今日から団員だろ」

小さく笑う。

「なら名前が必要だな」

思考の奥底に、

一人の人物の記憶が浮かび上がる。

かつて本で読んだ、伝説のジャグラー。

史上最高と称され、

常識を覆す技術を築いた男。

「……ラステリ」

その名を口にした瞬間。

指輪が、微かに光を放った。

同時に、スライムの体が震える。

「え?」

次の瞬間だった。

――マスター。

頭の中に、声が響いた。

幼い少年のような、

頼りなくも真っ直ぐな声。

大地は思わず周囲を見回す。

だが洞窟には誰もいない。

視線の先で、

スライム――ラステリが

おそるおそる揺れていた。

「……お前、か?」

――はい……たぶん。

戸惑ったような返答が、

再び頭の中に響く。

念話。

そう理解するまで、

数秒かかった。

「名前を付けたからか……?」

呟くと、指輪がもう一度光る。

どうやらこのダンジョンでは、

名付けが契約の深化を意味するらしい。

「……すごいな」

思わず笑みがこぼれる。

戦力としては頼りない。

だが仲間としては、

この上なく心強かった。

ラステリは小さく跳ねる。

その動きはどこか嬉しそうで、

先ほどまでの怯えが嘘のようだった。

――ぼく、がんばります。

その言葉を聞いた瞬間。

大地の胸の奥に、

確かな決意が芽生える。

「……ああ」

ゆっくりと頷く。

「一緒にやろう」

洞窟の暗闇の中で、

石が再び宙を舞う。

それはまだ、

誰にも見せられない小さなショー。

だが確実に、

未来へと続く第一歩だった。

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