3.小さな閃き
洞窟の空気は、どこまでも冷たかった。
華岡大地は岩壁にもたれたまま、
動く気力すら失っていた。
視界の端では、小さなスライムが相変わらず震えている。
その姿が、今の自分と重なって見えた。
「……どうしろって言うんだよ」
誰に向けたわけでもない呟きが、虚しく反響する。
異世界。
ダンジョンマスター。
魔物。
現実離れした単語ばかりが並ぶ中で、
唯一の味方がこの頼りないスライムだという事実。
生き延びられる未来が、どうしても想像できなかった。
指輪に意識を向ける。
だが表示されるのは、無情な現実だけだ。
【DP:残量わずか】
【召喚:不可】
「……詰んでるな」
乾いた笑いが漏れる。
その時だった。
こつん、と軽い音が足元に響いた。
視線を落とすと、
小さな石が転がっている。
顔を上げると、スライムがこちらを見ていた。
恐る恐る、しかしどこか期待するような動き。
「……お前が投げたのか?」
問いかけると、
スライムはびくりと震えながら、
もう一度近くの小石に体を伸ばした。
ぷに、と包み込むように石を持ち上げ、
ぎこちない動作で大地へ向かって放る。
大地は反射的にそれを受け取っていた。
「……おぉ?」
思わず声が漏れる。
決して強い力ではない。
だが軌道は妙に正確だった。
試しに、石を投げ返してみる。
するとスライムは慌てながらも、
体を変形させてそれを受け止めた。
そして再び投げ返してくる。
「……へぇ」
何度か繰り返すうちに、
二人の間に奇妙なリズムが生まれていた。
投げる。
受ける。
また投げる。
まるで――
簡単な遊びのようだった。
だがその単純な動作の中に、
大地は確かな可能性を感じていた。
器用貧乏。
何でも出来るが、突出しない特性。
つまり裏を返せば、
どんな動きにも対応できるということだ。
「……ちょっと試してみるか」
大地は周囲の石を集める。
三つ。四つ。
手頃な大きさのものを選んだ。
「ほら、これ持てるか?」
差し出すと、
スライムは戸惑いながらも体を伸ばし、
器用に石を包み込んだ。
「いいぞ。そのまま……」
ゆっくりと石を宙へ放る。
一つ、二つ、三つ。
スライムは必死に体を揺らしながら、
それらを落とさぬよう受け止める。
最初はぎこちなかった。
だが次第に動きが滑らかになっていく。
石が宙を舞う。
淡い光を受けて、軌跡を描く。
その光景を見た瞬間。
大地の脳裏に、ある記憶が蘇った。
満員の客席。
鳴り止まない拍手。
舞台の上で輝く演者たち。
サーカス。
「……そうか」
胸の奥で、何かが弾けた。
戦えないなら、戦わなければいい。
強くないなら、強さを求めなければいい。
魅せればいいのだ。
人の心を動かせばいい。
スライムが石を落とし、
びくりと震える。
だがその姿すら、大地には
どこか滑稽で愛おしく見えた。
「お前……もしかして」
ゆっくりと笑みが浮かぶ。
「舞台向きなんじゃないか?」
洞窟の暗闇の中で、
小さな光が生まれようとしていた。
それはまだ希望と呼ぶには頼りない。
だが確かに――
未来へ繋がる“閃き”だった。




