2.最初の絶望
洞窟の空気は、時間の感覚を奪っていく。
ぽたり、ぽたりと落ちる水滴の音だけが、
自分がまだ生きていることを証明しているようだった。
華岡大地は、岩壁にもたれながら深く息を吐いた。
右手の指輪は、相変わらず淡い光を放っている。
それが夢ではない証拠のようで、逆に現実味を奪っていた。
「……ダンジョンマスター、ね」
呟いてみても、実感は湧かない。
むしろ胸の奥に広がるのは、不安だった。
この世界がどこなのか。
人はいるのか。
食べ物はあるのか。
何より――
自分はどうやって生きていけばいいのか。
指輪に意識を向ける。
すると、再び頭の中に文字が浮かび上がった。
【DP:10】
【召喚可能:下位魔物】
「……召喚」
その単語だけが、やけに重く響く。
迷宮の主として生きるなら、
魔物を従える必要があるのだろう。
だが戦った経験など一度もない。
舞台は作れても、命のやり取りなど想像もつかない。
それでも――
何もしなければ死ぬだけだ。
「……やるしかないか」
小さく呟き、目を閉じる。
召喚対象を探るように意識を集中させると、
一つの存在が浮かび上がった。
【スライム】
「……一番弱そうなのが来たな」
乾いた笑いが漏れる。
しかし選択肢はそれしかなかった。
大地は覚悟を決め、召喚を実行する。
足元に淡い光の円が広がる。
洞窟の空気が一瞬だけ震えた。
そして――
ぷるん、と小さな塊が現れる。
透き通った体。
丸いフォルム。
スライムだった。
「…………」
「…………」
沈黙。
スライムは、大地の姿を見るなり
びくりと体を震わせた。
次の瞬間、
慌てて後ずさりし、
岩陰へ隠れるように身を寄せる。
「おい……」
呼びかけても、反応はない。
むしろさらに震えが強くなっている。
どう見ても――
怯えていた。
「なんだよ、それ……」
思わず力なく呟く。
その時、頭の中に新たな表示が浮かぶ。
【特性 : 器用貧乏】
「……は?」
一瞬、意味が理解できなかった。
器用貧乏。
何でも出来るが、何も突出しない。
つまり――
弱いということだ。
目の前のスライムを見つめる。
確かに動きは妙に滑らかだ。
小石を避ける動作も無駄がない。
だがそれだけだ。
攻撃力もなければ、
威圧感もない。
ただ震えているだけの存在。
「……これが、俺の最初の戦力か」
胸の奥が冷えていく。
ここは異世界だ。
魔物も、危険も、山ほどあるはずだ。
その中で自分に与えられたのが
この、頼りない小さな生き物。
笑いが込み上げてきた。
だがそれは、喜びではなかった。
「……詰んでるだろ」
洞窟の天井を見上げる。
舞台を失い、命を落とし、
辿り着いた先で待っていたのはこの現実。
生き延びる未来が、
まるで想像できなかった。
スライムは、相変わらず震えている。
その姿が、今の自分と重なって見えた。
洞窟の奥で、
華岡大地は初めて
この世界での絶望を知った。




