ex.ひとの火とながい夢
むかしむかし、まだ世界がいまよりずっと小さかったころ。
人々は名前もない土地で、風といっしょに生きていました。
おなかがすけば森へ行き、狩りをして。
土をたがやしては、おいもの芽が出るのを待ちました。
けれど冬の寒さはきびしく、病気もあって。
あしたを生きられないひともたくさんいたのです。
それでも、人はあきらめませんでした。
石をけずって刃をつくり、火をおこし、
次の子や孫のために、少しずつ「生きる知恵」をのこしていきました。
そうして長い長い年月がたち、人々はひとつの大きな国をつくりました。
それが「ヴァルディアン」王国です。
人々は働き、笑い、そして学びました。
新しいものを生み出すことを喜び、生きることのたいせつさを知っていきました。
けれどある日、北の山の向こうからきた旅人が言いました。
「山のかなたには、ふしぎな民がすんでいる」
その民は、とてもながいあいだ生きられる力を持っていたそうです。
百年も、二百年も生きることができると。
人々はうらやましがりました。
「そんなに長く生きられたら、どれだけたくさんのことを学べるだろう」と。
でも、まもなく気づきました。
その民は、あたらしいことを何ひとつしようとしませんでした。
まいにち、ずっと、同じ魔法をくりかえし。
ただ自分たちの命を長らえることだけを願っていたのです。
そして、もっともこわいことに──
死んだひとの「たましい」までも使おうとしていました。
おじいさんの「たましい」を、小さな子どもの中にとじこめる。
それを「すばらしい」こと言い、笑って祝っていたのです。
その話を聞いたヴァルディアンの王さまは、たいそうおそれ、そして悲しみました。
「死は終わりではない。
やがて新しい命を育む、世界のめぐりのひとつなのだ」と。
王さまは山の向こうの国に使いを出し、言いました。
「子どもたちの「たましい」をいじめるのは、やめてください」
けれど、あちらの王は笑いました。
「おまえたちのような短い命にはわかるまい」
こうして、ふたつの国は戦うことになりました。
だけど、戦いは、すぐに終わりました。
そのあとに広がったのは、沈黙と涙でした。
倒れていたのは、大人だけでなく、子どもたちの姿もあったのです。
彼らは戦いを選んだのではありません。
大人たちに「たましい」を押しつけられ、戦わされたのです。
王さまは剣をおき、空を見あげて泣きました。
「子どもは、子どもとして生きるべきだ。
未来は、未来を生きる者のものなのだから」
それからというもの、
ヴァルディアンの王の血を引く者たちは、
立派な大人になるまでは町でふつうに暮らすようになりました。
人々の中で笑い、働き、涙を知り、
生きるということの大切さを学ぶために。
──だから、この国では今でもこう言うのです。
「命は火のようなもの。
短くても、だれかの心をあたためることができる」