喫茶店の二人
朝日が昇る中、駆ける少女が一人。
古風な始まりを匂わすように、食パンを咥えて走る。
風にたなびくスカートは短く、中に折り込んでおり華奢な風体から正しく想像のつくまま細くも肉付きのいい脚が伸び、2本の足を前後しながら学校へと向かっている。
階段を上がりきり、教室までダイブ。
教卓が目の前に来る位置までスライディングした後に、チャイムが鳴り出す。
少女は顔を上げ教師に期待を注ぐ。
「久知系、遅刻だ」
久知系 空為。少女の名前であり、遅刻した人に対する蔑称とされる。
一限放課、休み時間
「だー遅刻しちゃったよぉぉぉ」
「アハハっそんなのいつものことじゃない」
空為の友人、上黒 日菜(通称ジョーク)が笑う。二人は日本に於いて婚姻が不可能なキャラだ。
「えぇぇぇぇぇ。私超頑張ったのに。間に合う努力したんだどー」
「それは知らないよー。寝る前まで含めて間に合う努力と言うんじゃない?だから間に合ってないんだろうし」
「相変わらずジョークは厳しめだし、私の味方いないのぉ」
そうは言うが頭では理解しているようだ。
気分を切り替える様に話題を振る。
「そういえばさ。今日ってテストなかったっけ?」
「あ、数学が小テストあったような」
水を得た魚is私。
「それそれ。勉強してきてー………るか。」
私、全く勉強してない。
飛んで火に入る夏の虫as as私………。
水を得た魚な話題は某消費期限5分のスイーツより鮮度が短かった。
自分から突っ込み気分を落としに掛かった手腕を評価したいね。などと謎理論を出し自分上げをして二度落ちたテンションを戻していた。
「あはは、私は昨日詰め込んできたよ〜。キュウさんは………教えようか?」
蜘蛛の糸!
するとジョークがテスト範囲のページを開きながら教科書を出してくれた。更に解説まで付けてくれるなんてこんな機会はそうない!
「ごめん!ありがと!お昼は一緒に購買行こ!」
「いいよいいよ奢らなくても」
お礼を申し上げ提案するも華麗に躱される。
久知系は心に沁みる優しさを想い、感極まり口走った。
「神ですか!」
「なら私のことをジョーちゃんって呼んで?」
しかし、前から言われ続ける呼び名の変更を申請される。
「えー、無理!」
無理なものは無理。だってジョークがハマってんだから。
そのことは伝えず彼女に目を向ける。
「何も奢らないから購買来てくれない?」
「……いいよー。」
何を感じているのか彼女本人ではないので知らないが、態度には出ていたので心の素直さをいじらしく思う。
今日の予定はほぼ終わった。
そう考えつつ歩くのは放課後の帰り道。
ジョークには買ったお菓子を一口わける形でさりげなくお礼を済ませた。遅刻した今日の学校も楽しく一日を終わらせただろう。
さて、残る今日の予定その一。
「ここにしまったんだった」
ジョークにお礼をした時に購買で買ったたい焼きと一緒にしまっていたメモ帳を取り出す。
「………あーはいはい。予定その一、忘れる前に予定のメモ整理〜」
追加した予定と終わらせた期限前の予定に線を追加しすぐ閉じる。
そして予定二つ目の大本命。
予定、と言うよりも日常の如く習慣化した時間。それは承知の上で『予定』としてる。話してくれない本当の意味で心を許し合ってはいないから。
自然体でいられるような『日常』には、まだなっていないから。
「今日こそ聞かせてくれるかなー」
わかりきっていても期待する他ない。
近頃よく寄り道する方へと向かって行く。
「どもー私だよ」
店の前まで行き、呼びかける。ドアにはノックを2回。
すると、ここ“加古喫茶”の店長が出てきた。
「こんちゃー加古さん。いつもの用だよ」
「困ったな、また君か」
店長こと加古 推にこそ私は用がある。でなければここまで易々と釣られるわけがない。
困っている店長は20代前半で、まだ大学生と言っても通用する若さをした、まあまあの好青年。そこはどうでも良いけど、そろそろどうしてこの店を開いたのか早く教えてほしい。今のところそれ以外に興味はないのだ。
「うーん、取り敢えず入って」
「はーい」
ドアには営業時間終了の看板をかけてドアを閉じた。
「好きな席に座って良いよ」
「じゃーここ」
いつもと同じ席を選び、注文もしていない馴染みのキャラメルとスコーンのコンビが配膳される。この甘さがさいこぉなんだよねぇ。
「これで良いんだよね?」
「うんうんあってるあってる」
そう言いながらスコーンを頬張る。うまし。
続いて、口に入れたスコーンが持って行った水分をキャラメルで補給。あんまい♡
「ほんと、幸せそうに味わうね〜」
こっちまで嬉しくなる、そう付け足しつつ声をかけてくる。
「そりゃあ程良い甘美さがあるスコーンとか別ベクトルの甘さでありながらスコーンの邪魔をせず相乗効果してくるところとか色々最高なんですっ!普段働かない表情筋も勝手に動いちゃうもんなんですよぉ〜」
笑って応対する加古さん。
黄金の味わい方をする私。
二人はこのひと時を満喫していた。
「ご馳走様です!」
「はい」
会計を済ませて、本題に入る。
「そろそろお話頂けませんか?」
初歩的にであるが斬り込みにかかり、
「ふぅ。何度か言わなかった?また来店をお待ちしておりますって」
当然に受け流される。
「そろそろ常連さんになってきてるし」
譲歩を望むも、
「いやー新作の開発でもして楽しませないとなー」
適当にあしらわれ………。
「誤魔化さない誤魔化さない」
嘆息する。何度もしてきた会話。
これまでと同じく口を割らない加古さん。
不満が募り好奇心もここまでくればストレスの厳選にもなるだろう。しかしそれを堪えて、また声をかける。
「どうしてもですか」
「どうしてもだねー」
「せめて、バイトを雇わない理由くらい話してくれてもいいんじゃないですか?」
「………いやぁ。“彼”に誓ってるから無理な相談かなぁ」
「ほら!それですよその昔何かありましたみたいな良い方!それが本っ当に気になって、気になって仕方ないんですよ!」
思わず捲し立ててしまったが、久知系空為には耐えきれない。致し方ないことだ。
このムーブを会うたびされればこうなるだろう。
そろそろシャキッとしてお話しやがれください。
「ごめんね、まだ話せないんだ」
儚げなその表情、そこに心惹かれる人も居るのだろう。…………。
「………まそうですね。じゃ、また今度聞きますよ。来ますね!」
「あーまだ諦めないんだね。またのご利用をお待ちしております」
二人はあくまでも店員さんとお客さん。
仲は程々に良く、過去を突っつき合うが一番気楽な距離感を保ち続けている。
店長の隠し事は気になるが教えてくれる日は来ないだろう。
久知系はそう思いながらたい焼きを取り出して齧りつくのだった。