9・鈍く光る救いの手
平岸米光は人生に辟易していた。
地頭はそれほど悪くはなかった。
しかし、親の教育が褒められたものではなかった。
要領も顔立ちも良い次男ばかりを溺愛し、米光のことは、虐待──とまではいかずとも、なかば、ほったらかしに近い形で育てられた。
幼稚園児の頃は、どこか不器用な子という印象しか持たれなかった。
小学生になってもその印象は変わらず。
口下手で、のろまな男子。そのくらいの認識しかされなかった。
彼の人生にゆゆしき問題が起きたのは、中学に入ってからである。
二年生になった直後から、素行のそこそこ悪い、いわゆる不良のなり損ないみたいな連中に目をつけられた。
以前にターゲットにしていた男子が家庭の事情で転校したため、新たな獲物として狙われたのだろう。
放課後に呼び出され、こづかいを恵んでくれと言われた。
「無いよ」と言っても聞く耳を持つような少年達ではない。
何度も殴られた。
数日後、教師に相談したが、自分の監督責任になるのを嫌がり、まともに取り合おうとはしなかった。
親に言っても「男なんだから、逆にそいつらにガツンとやってやれ」と、何の助けにもならないアドバイスが返ってくるだけ。
学校に行けば、金をせびられ、殴られる。
体に青アザを作るために登校するような毎日。
米光が引きこもりになるのに、そう時間はかからなかった。
両親はというと、そんな彼に対し、学校に行け、逃げてどうすると、うわべだけの言葉を他人事のように繰り返すばかり。
ついに、彼は家を出た。
家捜しして(といっても親の部屋のタンスなどを開けただけだが)見つけた金を持ち出し、とりあえず電車に乗った。
どこでも構わないが、海が見たい。
そう思いながら米光少年は、行き先のわからぬ電車に揺られ、気持ちよくうたた寝を始めた。久しぶりの穏やかな眠りだった。
夏休みの始まる、半月ほど前のことである。
それから一ヶ月ほどが経過した。
海辺の公園で、米光は寝泊まりしていた。
持ち出した金は節約してはいるが日々減り続け、反対に、これからどうしたらいいかという不安は、じわり、じわりと、増していた。
帰れば、またいじめられる日々が始まる。
今はまだ夏休みの途中だから家にいてもいいが、夏休みが終わり、新学期になれば学校に行かねばならない。
「どうしたら、いいのかな」
ぽつりと呟く。
あたりには誰もいない。
深夜の公園には、米光の他には、人っ子一人いなかった。
そのはずだった。
ごとり
重い音が、聞こえた。
硬く重いものが、ゆっくりと置かれた音だった。
「?」
むくりと起き上がり、音のした場所を見る。
「……………………えっ」
そこに、
米光がゴロ寝していたベンチの端にあったのは、
「…………拳銃?」
そう。
まぎれもなくそれは、一丁の、本物の拳銃だった。
「誰が、こんなものを」
キョロキョロと周りを見渡すが、人の姿はない。
今夜のことを思い返す。
自分がこのベンチに横になった時には、こんなものは影も形もなかった。絶対になかった。間違いない。
なら、何者かが今置いたのか。
しかし誰もいない。
「本物?」
つついてみた。
硬い。
やはり本物なのだと、米光は確信する。
「お化けの、仕業……いや、そんなわけないか。ハハッ」
米光が笑う。笑うのも無理はない。
見ず知らずの少年に拳銃を与える幽霊なんて怪談物としては三流もいいところである。だいたい、どこで怖がれというのだ。
「警察に届けるのもな……」
いくら自分に関心が薄いとはいっても、流石に捜索願は出しているだろう。警察になど行けば、飛んで火に入る~だ。
なら、無視してしまうか。
「…………」
しかし、目が離せない。
テレビや映画でしか見たことのない、一生関わることのないはずの物が、目の前にあるからだろうか。
妙な興奮が、米光の胸に灯った。
実物など見たことも触ったこともない米光には、それは、次第に素晴らしく価値のある代物に思えてきた。
八方塞がりな自分の人生に気持ちの良い風穴を空けてくれる、魔法のアイテムに。
そんなおかしな理屈と期待に突き動かされ、米光は、亀の歩みくらいの速度で手を伸ばし、拳銃を掴み──
潰れたコンビニの裏。
何人もの少年が、空き缶やゴミクズの散乱するアスファルトの上に倒れ、もしくはへたりこんでいる。
いずれも手足や腹から血を流し、無傷な者は一人もいない。
「や、やめろよ、やめてくれっ」
「うるさいなぁ」
ぱぁん
「あぐっ!」
やめてくれと言った少年の肩に弾丸が命中する。発砲したのが誰なのか、それは言うまでもなく、この場で一人だけ平然と立っている少年──平岸米光だ。
米光が失踪してから、なんと、捜索願は出されていなかった。
「一時の気の迷いだろう。いずれ金が底をつけば泣く泣く帰ってくる」とタカを括った両親は学校に休学届を出すだけにしておき、いじめの事実を隠したい担任も、その判断に乗っかったのである。
そして、実際に戻ってきた。
両親は米光を叱りつけ、説教をし、夏休みが終わったら復学しろと命じ──それだけで、話は終わった。
必要なことだけ伝えた、あっさりとしたものだった。
父親も母親も、彼に対しての心境は、心配などではなく、わずらわしさだけであったからだ。息子との再会に、涙ぐむことすらなかった。
一方、不良のなり損ないから不良のなりかけへと順調に成長(?)しつつあった少年達は、不安がっていた。
不安とは何か。
それは、今回の件がもし大事になって自分達が追及されたらどうしようという、実に身勝手な保身である。
そんな不安を抱えながら、夏休みを自堕落に過ごしていた彼ら。
そこに、ある情報が飛び込んできた。
自分たちがターゲットにしていたあいつが帰ってきたという情報が。
それを聞いた彼らは、いっそ、そのまま関わるのをやめればいいものを、
「あいつのせいで夏休みを嫌な気分で過ごしてしまった。慰謝料をふんだくってやろう」
などと愚かな結論を導きだした。
そして、外出した米光を待ち伏せして、人の目の届かない潰れたコンビニ裏へと連れ込んだのである。
金を落とすサンドバッグにすぎないと思っていた相手に、自分たちが射撃の的にされることも知らず。
「便利だなぁ」
何発撃っても、弾が無くならない。
銃声が響いても誰も気にしない。
警察も両親も、見て見ぬふりをしているかのように、自分が持ち帰ったこれに対して何も言わない。
「やっぱり魔法の武器なんだろうな、これ」
ただの銃にしか見えないのに、本当に凄い。こんなものが、この世にあったなんて。
「た、助けて。許してくれっ!」
「もういじめないから。頼む、どうか頼むっ……」
「うぅ、わ、悪かったよぉ……お願い、お願いします……」
口々に、僕をいじめていた奴らが、みっともなく命乞いをする。
実に、本当に気分がいい。
今なら何だろうとできそうだ。
こいつらの脳天に弾丸を撃ち込むくらい、なんてこともない。
人を殺すなんて簡単だ。僕ならたやすくやれる。やれるやれる。余裕だね。
「助けてほしい?」
全員が、血だらけになりながら首を縦に振りまくる。
「でも、後で大人に告げ口されたら困るし……」
「そっ、そんなことしない。そんな情けない真似なんか、し、しないから」
「ああ、そうだ、そんな汚いチクりなんかやらない、やりませんっ……」
「へえ」
「嘘じゃない。ほ、本当だから、やめてくれ。殺さないで……!」
「ふーん」
いちいち余計なことを言うね、君たちって。
「あのさ……君たちに殴られたり、お金を要求されたことを、以前に僕は先生に伝えたんだけど……なら、僕は情けなくて汚いチクり野郎なのかな?」
「!?」
「ち、違っ」
「もういいよ」
僕は、そろそろ順番を決めることにした。
どいつからあの世に送るかの順番を。
──処刑場と化した、コンビニの裏。
いよいよ泣き叫ぶ少年達。
狂気と愉悦に溺れる少年。
そんな明暗分かれる彼らを、拳銃を通じて、ある女性が眺めていた。
アサルトマータが一体、ミスショットが。




