6・迷わず吹けよ、吹けばなおるさ
またしても何も知らないまま事件に巻き込まれる天外優人さん十六歳
俺はユート。
彼女はディバイン。
互いの名前もわかった。
顔もわかった。
素性や目的は、まだ聞いていないが、それは後回しだ。
そろそろ治療に取りかかるべきだろう。
まだ他に、六体も同類がいるらしいからな。
そいつらが、いつここを嗅ぎ付けてくるかわかったもんじゃない。一蓮托生になりかけている今、こいつを本調子にさせるのは難しいかもしれないが、傷だけでも塞いでおかないとな。
治療というより、この場合は修理と言うべきかもしれないけど。
「その穴、塞ぐアテはあるの?」
「あることはあるが、すぐさま修復完了──とはいかん。私は再生系のスキルに秀でてないからな」
「具体的にどう癒すんだ?」
「自己修復だな。完全に機能停止していなければ、いずれは復元される」
「なんか時間かかりそうな物言いだな」
「そうだな。このダメージなら……修復完了まで三十分はかかるだろう」
「三十分」
「そうだ。大地や大気のマナを吸い寄せ、破損した部分を修復する。ただパーツをくっつけるだけなら数秒でいいが、失われた部分を再構成するなら、そのくらいは必要だ」
ディバインはきっぱりと言い切った。
これを、遅いとみるか、早いとみるか。
ほっといても三十分経過したら穴が空いてた腹が元通りになると考えれば、破格の能力ではある。
でも今は時間が惜しい。
この先どうするか決めかねているが、何があってもいいように、すぐに直ってほしいのだ。
ならどうするか。
「ひとつ提案があるんだけどさ」
あるアイデアが浮かんだ。
「なにかな? 親切な少年の提案だ。喜んで聞かせてもらおう」
「その傷、治療できるかもしれない」
ディバインが目を丸くした。
そんな顔もできるんだな。
きょとんとした顔も、可愛らしく美しかった。
「本当にそんなことができるのか」
「あくまで、かも、の話けどな。まずは最後まで聞いてくれ」
俺の推測に、ディバインが黙って耳を傾ける。
「……何度か、人間相手に、悪いものを祓うための良い『気』を吹き込んだことがある。さっきの説明だと、あんたの身体を修復するのに、そこらの自然のなんちゃらが……」
「マナだ」
「そう。マナが必要なんだよな?」
「ああ」
「ひょっとしたら、俺が『気』を吹き込むことで、マナを一気に流し込むのと同じ効果が得られるんじゃないか……そう、思いついたんだけど、どうだろう」
「……ふぅむ…………」
腕を組み、ディバインが考え込む。
「……わからん」
組んだ腕の上に胸を乗せてから、わずか数秒間の思案だった。
「わからんが、成功する可能性は高そうだ」
「そうなの?」
「話を聞いた感じだと、世界に満ちるマナと同様にキミの気とやらも、活力の源たる力であることに変わりないかもしれない。多少の差異はあれど」
「効能はほとんどいっしょだけど、材料が違う……みたいなことか?」
「その解釈でいいはずだ」
こくりと、ディバインが頷いた。
「だったら早速やるとするか」
オッケーも出たしさっさとやろう。
本人か近親者の許可を得てからやらないと怒られるのは間狩や八狩のへそに吸い付いた時に経験している。減るもんじゃないだろうにな。
このレオタード剣士はそんなこと気にするような繊細には見えないが、でも脚を軽く噛んだときにお怒りだったからな。
俺は懲りずに同じこと繰り返すアホではない。学習し、成長する怪物なのだ。
「横になってくれ。仰向けに」
「うむ」
俺としてはうつ伏せでも別にいいのだが、仰向けになってもらった。
この体勢だと俺のほうを見ることができるからな。
うつ伏せだと背を向けてるに等しいから俺が何をやるか見えないし、それによる不安や緊張は、わずかでも生まれるはずだ。それって、治療にマイナスになっても、プラスにはなりはしないんじゃないかなと思う。
患者の容態だけでなく、メンタルも気遣う。
そんな名医気取りの俺がやることは、医術とは遠くかけ離れた、息を吹き込むだけの単純な行為だったりする。
人工呼吸より雑だ。
こんなもん治療にかこつけた猥褻行為だろと言われたら反論できない。実際、やるだけやりまくった後みたいな汗だく汁だく肉大盛りの姿をさらした患者も一人いる。
あれからどうなったか知らないが、連絡もこなければ間狩も何も言ってこないところをみると、再発は起きてないんだろう。
俺としては、またあの味を楽しめるなら喜んで遠出して再治療するがね。
「んじゃ始めるよ。リラックスしてくれ。痛かったり不快だったりしたら我慢しないで言ってな」
「ふん、私はたやすく泣き言を抜かすほど脆くないぞ?」
「そーいうことじゃなくてね」
もういいや。
認識のズレはほっといて吹き込みを始めよう。
俺は、ディバインの腹部にある傷そのものに顔を近づける。
これまでと同様に、しかし今回は『回復しろ』『元に戻れ』と念じながら、息を吹き込んでいく──
数分後。
そこには息も絶え絶えなディバインの姿があった。
汗を流してはいるが、やはり人間ではないせいか、匂いも熱気もない。おかげでこの鯨さんの中が蒸れなくて済んだ。
血は流さないのに汗は流すし息もするんだな。
お腹の穴は塞がっている。
傷が治るとか破損が修復されるというより、無傷だった頃の状態に巻き戻されたような奇妙な回復の仕方だった。
「ふっ、ふーっ…………うぅっ……うっ、うぐ」
ディバインは、右腕で顔の上半分を隠し、荒い息を吐いている。
頬は赤く染まっていた。
血が流れてないのにどうやって染めてんだろうか。わけのわからない存在だ。
「声出してもいいって言ったのに」
最後までディバインは我慢した。
凄い忍耐だった。
それでも、とうとう我慢しきれなかったのか、裏返った声で「もう駄目」と言うと、叫びながら体を反り返らせた。
何が駄目でどうなったのかについては聞かないでおこう。俺でもそのくらいはわかる。なんなら聞かなかったことにしてもいい。
こうして、
箱入りレオタード剣士は大幅な時間短縮でボディを復元したのである。




