4・痛み分け
「認めませんわ!」
お姫様が叫ぶ。
路上に転がる首だけのスパイラルが、負けを認めまいと叫ぶ。もう勝負ついてるから。
「まだ生きてんのかよ」
これには驚かされる。
しぶとさ凄いな。こんなんなったら俺でも生きてられるかどうか怪しいぞ。
でも案外大丈夫かもな俺。胸元にトンネル開通しても元気だったし。
ま、大丈夫だとしても、こんな風にはなりたくないけどね!
「そもそも生きてなどいない」
「え?」
おかしなことをディバインが口走った。
『生きていない』
それはどういう──
「なんてこと! なんて忌々しい! 手際の良さしか取り柄のないあなたごときにわたくしが!」
首だけでよく喋るもんだな。
どうやって発声してんだ?
「わめいたところで現実は覆らん。貴様はここまでだ」
「──それはどうかしらねぇ?」
スパイラルの首が、ニタリと笑った。
どすりという、重い音。
厚みと弾力のある塊を、貫いた音。
そんな音が、聞こえてきた。
ディバインの腹部から。
「ぐはっ……!」
「今度こそ、隙ありだったわねぇ! ホホホホホホホホッ!」
やられたな。
わめいていたのはやけを起こしてヒステリックになったのではなく、注意をそらすため──か。
首無しのままの、スパイラルの胴体。
そいつがディバインのほうにドリルを(正確にはドリルのように動く槍というべきか)向けていた。
しかしドリルそのものは消えていた。
あるのは柄のみ。
回転する危険な凶器は、ディバインの腹部に命中し、背中まで貫通していた。
「ぐっ、まさか、ここにきて飛ばしてくるとはな……!」
「オホホホ、わたくしが、ずっと同じ手の内しかない二流のアサルトマータだとでも思っていらしたの? マヌケなお馬鹿さんだこと!」
「ふ、ふん、確かにこれは油断した。しかしだ、このくらいでは私の胴を破壊するには足りん!」
その通りだ。
ディバインの言うことは正しい。
ドリルの太さはかなり細めだ。あまり悠長に太くしていたらトドメを刺されると判断したのだろう。太さの直径は一メートルどころか十センチくらいしかない。
だが。
「二発目を撃ってくるより先に貴様を分割…………うぅっ!?」
人間でいう、へそのあたりを貫いたドリルが……ぎゅる、ぎゅると、回りだしたのだ!
「ホホホ、その状態で回転しながら巨大化させたら、果たしてあなたはどうなるのかしらねえ?」
「貴様っ……!!」
「脱落第一号は、どうやらあなただった──」
「はいちょっと失敬」
ディバインの腹に突き刺さり、まさしく文字通り暴れ回ろうとしたドリルを掴む。
「あら? どこのボクかは知らないけれど、愚かな真似はおやめなさいな。指や手が千切れ飛びますわよ?」
「そ、そうだ。手が無くなってしまうぞっ」
「そうでもない」
強く掴む。
回転を、無理やり押さえ込む。
「そら、痛いかもしれんが耐えてくれよな」
すぐさま引っこ抜く。
「ぐうっ!」
ディバインが低く呻いた。
痛いのかどうかまではわからないが、なにやら、ショックはあるようだ。
かえしもついてなかったので、抵抗もほとんどなくドリルを抜くことができた。
抜いた勢いで、肉片……いいや、破片のような細かいものが無数に散乱する。
けれど、赤いものは一滴も流れなかった。ドリル使いのお姫様が首を落とされたときと同じだった。
血液のない人間などいない。
致命傷を受けて血の海を作らない人間などいない。
スパイラルだけでなく、これでディバインも、人の形をした何かだということが確実なものになった。
アサルトマータとか言っていたが……自動的に動く人形──オートマータのマータと同じ意味なのかな。アサルトはよくわからん。
なら、こいつらは、アサルト人形ってことでいいのだろうか。
まあわからないからそうしとこう。今はまだ、それでいい。
抜いたドリルから手を離す。
足元に転がったドリルは、また回りだすものかと思ったが、全く動かない。
停止していた。
「……わたくしのドリルを素手で押さえ込むなんて、意外な伏兵でしたわね。人は見かけによらないとはこのことかしら。冴えない見た目のわりに力自慢だこと」
冷静さを取り戻した、スパイラルの声。
まず俺は彼女の首が落ちている場所に目を向けた。
ない。
…………ない?
なかった。
何回見てもない。
代わりに、その場所からずっと離れたところに、スパイラルが立っていた。
片手に、ドリルの柄を持ち。
もう一方の手に、切り落とされた自分の首を抱えて。
「決着をつけてもよかったのですが、まだ舞踏会は始まったばかり。焦らず騒がず、ここは痛み分けにしておきましょうか。──では、ごきげんよう」
逃げる──と見せかけて、ディバインにまたしても細身のドリルを発射するスパイラル。
あっさりと銀の剣ではじかれた。
でも、向こうもそれは百も承知、やる前からわかっていたのだ。
スパイラルは、牽制のドリルを撃ち出した次にはもう逃げ出していた。脱兎のごとくってやつだ。
「……追いかけたいが、やめておくか……」
後を追うそぶりを見せたものの、やはり深追いはまずいと、ディバインは思いとどまった。
「そうだな。それが無難だよ。そのダメージではね……」
あちらも首が胴と繋がってないが、こちらは腹に大穴だからな。
しんどそうではあるが、痛くて死にそうだとか、そんなことはないみたいだ。
あのお姫様の調子なら、どうせ近いうちにまた挑んでくるに違いないだろう。無理してまで今決着をつけることもない。
その時に俺も参戦するかどうかは、気分次第だが……でもどうせ戦うことになるんじゃないかな。いつものようにさ。
ああ、それとだ。
「いつまで箱かぶってんだよアンタ」




