3・箱かぶりの騎士と突貫姫
「いただきいいぃぃぃ!!」
ドリルの使い手が吠えた。
確実に仕留めた。
そんな確信に満ち満ちた、喜びの声だった。
「──ふっ。馬鹿め」
それに対し、レオタード剣士は鼻で笑った。
やられるはずがない。
確信など持つまでもなくわかりきっている、凛々しき罵倒の声であった。
「皿の上のケーキじゃあるまいし、誰がそんな簡単にいただかれるものか」
必殺のドリルとその使い手は、レオタード剣士の頭部を箱ごと粉砕しようと突っ込み──
銀の剣に、簡単に防がれた。
「なっ!? なんでですのぉ!?」
「おお、凄いね」
「ふふん、そうだろうそうだろう。私は凄いのだ」
両手ではなく、片手持ちのまま。
剣の切っ先をドリルの先端に突きつけてである。これは並大抵の受け方ではない。本当に凄いことだ。
ぎゅるぎゅると狂暴に回転していたドリルは、微動だにしない銀の剣を打ち砕くことができなかった。
一番太い部分だと直径が一メートルを超える、円錐形の物体。
それが、細身の西洋剣に止められている。サイズも重量もドリルのほうが明らかに上だろうに押し込めないのだ。
それどころか、反対に剣の切っ先で押さえつけられ、その激しい螺旋回転を停止させられてしまった。
どんなやり方で止めてんだろ。
パワー?
テクニック?
スキル?
これだけでは、まだ判別は難しいな。
「ぐぐぬぬぬっ」
「誰かと思えばやはり貴様か」
ドリルの持ち主。
それは金髪ロールのもみあげを顔の左右から伸ばした美少女だった。
歯ぎしりしながら両手で柄を持ちドリルを押すが、レオタード剣士の剣は不動のままだ。
ティアラという名称だっただろうか、かわいい冠のようなものをちょこんと頭に載せ、衣服はいかにもお姫様というドレスに、足元はヒール高めの赤い靴。
ベタすぎるほどにベタな装いである。
「ぐぐぐっ、き、気づいていたんですの!?」
「当たり前だ。同類の、ましてや貴様のような感情の揺れ幅が大きすぎる者を、察知できないはずがなかろう? まあ、本当に不意を突かれていたとしても、貴様程度なら、難なくさばけたがな」
「ぬうぅ、相変わらず口の減らない……!」
バチィンという、金属同士の強く擦り合う音。
互いの武器が弾かれた。
反動に逆らわず、むしろその慣性に従い、どちらも後方に下がる。
箱かぶりレオタード女剣士と、ドリル持ちお姫様は、数メートル背後に飛んだ。
(課金衣装着てる女キャラ同士かな?)
そんな表現がしっくりくるくらい、こいつらは手持ちの武器と衣服がミスマッチを起こしている。
会話のやり取りからして知り合いのようだ。
でも仲良しではないらしい。
類は友を呼ぶ──とはいうが、まさか橋を壊してやって来るなんてな。
「スパイラル、他の六体はどうした?」
「さあ? わたくしも再起動したのはつい数日前ですのよ。彼女らについては、さっぱりわかりませんわね。わかっていたら先にそちらを壊しに向かってますわ」
「そうか。では、聞き出せることはもうないな。破壊しても差し障りなかろう。このディバインが直々に引導を渡してやる」
スパイラルとディバインか。よし覚えた。
「ホホホ、そうたやすくできると思って?」
「私はできないことは言わないタチだ」
「不意打ちひとつ防げたくらいで、その態度。救いようがないほど傲慢なこと」
「本当のことを言ってるに過ぎん」
「その前にいい加減箱脱げよ」
「さあ、今度は私のターンだな。貴様相手では苦戦のしようもないのだが、あっさり壊してもつまらない。少しは食い下がってくれよ?」
無視された。
さっきの俺の言葉には返事を返していたのだから、聞こえてないことはない。
「何を格上気取りしてますの……!?」
あ。
怒った。
「ちぎれ飛んでドリルの錆になってしまいなさい、この痴女!!」
お姫様──スパイラルが前方に飛ぶ。
ほぼ同時にレオタード剣士──ディバインも同じく前に飛んだ。
「誰が痴女だ!」
(おまえじゃい)
朝から外でする格好じゃないだろ。
出るところは出て引っ込むべきところは引っ込んでる恵まれたプロポーションの女性が、レオタードだけ着て橋の下にいるんだぞ。十八禁作品のゲリラ撮影かよ。
「美と劣情の区別もつかぬポンコツが!」
エロ剣士が銀の剣でドリルを切りつける。
バキィンッ!
回転の勢いのほうが勝ったのか。
銀の剣はドリルに傷を負わせることもできず、弾かれてしまった。
再び距離を取る二人。
さっきよりも間合いが詰まっている。
スパイラルが満面の笑みを浮かべ、高らかに笑う。
「ホホホホ、まともに当たらなければこんなものですわ。なぁんて非力なこと。所詮、あなたごときの『聖光』など、わたくしの『烈渦』には及びもしませんのよ。オホホ、ホホホホホホッ!」
おーおー、よく笑うわ。
勝ち誇るのはまだ早くないかね。
「もう勝ちが決まった気でいるのか。だから貴様は馬鹿だというのだ」
「な、何ですって!? よくもそんな減らず口を……!」
「減らず口かどうか、しかと確かめるのだな!」
またしてもディバインが飛んだ。
「懲りないですわね!」
銀の剣をドリルにぶつける。
弾かれる。
ぶつける。
弾かれる。
ぶつけて、
ぶつけて、
さらにぶつける。
弾かれて、
弾かれて、
これでもかと弾かれる。
「しつっこい女ですわね! 何度やろうとわたくしの──」
スパンッ!!
ドリルの、先端から三分の一くらいが、
斜めに斬り飛ばされた。
「おお!? とうとうやったか!」
「ば、馬鹿な!? あり得ませんわ! こんなどうして、わたくしの『烈渦』がっ!?」
「ふん、そんなこともわからんのか」
馬鹿にするのを通り越し、哀れむようにディバインが言う。
「これだけ何度も繰り返せば、いくら高速回転していようと、角度もわかるというものだ」
そうなんだ。
……なら、さっき切っ先でドリルを止めたのも、その角度とやらによるものなのかな。
「ま、まぐれですわ! この程度のやり取りだけでそんなことが!」
金の光が、スパイラルの腕からドリルの柄、斬り落とされたドリルへと流れ、渦巻いていく。
数秒でドリルは復元された。
しかも、ひと回りもふた回りも大きく、さらに回転の勢いも速めて。
「ホホホ、二度のまぐれはありませんわよ! 今度こそその胴体をねじ切って──」
スパパパパンッ!
瞬時に、銀色の線が宙に走る。
直ったのもつかの間、より太くなったドリルが、いくつもの破片になってバラバラに路上に転がった。
早業だった。やっぱりまぐれじゃなかった。
「大きさや速さが多少増そうが、焼け石に水だったな」
そうだね。
「お、おのれっ! ディバイィィィィィイン!!」
二人が交差する。
ディバインは、ドリルをまた復元しようとしたスパイラルに駆け寄り、そのまますれ違った。
すれ違う瞬間に閃めいた、一筋の銀の光。
「こんな、この、わ、わ、わたくしが……」
よろよろと、スパイラルが数歩、前へ動く。
四歩目で、お姫様の首は、斬られたことをようやく思い出したのか、どさりと落ちた。




